【ネタバレ注意】ポケモンバイオレットのラスボスについて限界感情を言語化 3/3【オタク長文感想文】

こんばんは、3Dオタクのバーチャルピーターパンたのしぃです。
このnote記事には、ポケモンSVのネタバレが含まれているので、未プレイでネタバレが嫌だという方は、ここまで読んで画面を閉じましょう😌

前回は、AIとプログラムの違いから読み取るフトゥーオリジナルの執着心について、妄想9割のテラスタルエネルギーについての考察を絡めながらお話しました!

今回は、そんな目的や立場が完全に正反対のフトゥーオリジナルとフトゥーAIが、息子であるペパーにどんな感情を持っていたのか。そして、4人の子供たちがフトゥーAIに与えた変化についてのお話をしていきましょう!

オリジナルとAIのペパーに対する愛情、結論から言えばそれぞれにあったと思うのが個人的な感想です。

私の考察は、オリジナルとAIがペパーに向ける愛情はグラデーションとなっていたのではないかというものです。

まず、オリジナルの研究の目的は、自分の大好きなバイオレットブックに記された世界のような楽園で、3人で幸せに暮らすことです。この3人は、まっすぐ読み取ればフトゥーとその妻子の家族3人でしょう。ペパー含めた家族で幸せに暮らしたいという気持ちが愛以外に何になるのでしょうか。それに、タイムマシンの成功と並んで喜んでいた、新たな宝というのも普通に考えてペパーという息子に恵まれたということでしょう。ペパーが生まれたことは、オリジナルにとって嬉しい事だったのです。
ゲーム内で提示されている情報から、愛が最初から無かったと思うのは逆に難しいくらいです!そうだったら私が泣いちゃうし🥲

しかし、その後はペパー<タイムマシン研究へと、その心を移していってしまったのかなと思います。

というのも、日記にはペパーが生まれたことをきっかけに(と書いている本人は思っている)、あの人(おそらく妻)は去っていったと記されています。少なくともペパー誕生後に、オリジナルにとって良くないことが起こったということ。
そして、コサジタウンの研究所に戻った際にも、戻ってタイムマシン研究を進めたい旨が記されています。その時点では、ペパー達家族との暮らしよりも研究のモチベーションが勝ってしまっているのがうかがえます。妻を失った悲しみが、オリジナルを研究へ没頭させ、あったはずの家族への愛を忘れさせてしまったのではないかと考察しました。

では、フトゥーAIはどうでしょう?
レジェンドルートをプレイしていたとき、
「フトゥーって父親のくせにペパー君に冷たくない?雑じゃない?何?」
と腹を立てた瞬間はありませんでしたか?私はめちゃくちゃありました。

私たちが、ゲームプレイ中に見ているフトゥー博士は全てフトゥーAIです。おそらくゲーム序盤のフトゥーAIはペパー君に対して実際に冷たかったのだと思います。AI故に。ミライドンに懐かれている主人公に対して働きかける方が、有意義だと判断しているフシがあるような感じですよね。
しかし、ラスボス戦前にオリジナルの死はペパーにとって耐え難いものだろうという配慮ができるようになっています。それに、ザ・ホームウェイにて印象的な、フトゥーAIから主人公達に対する「子供たち」という呼び掛け。呼びかける対象が、主人公から4人の子供たち変わっていった印象を受けました。フトゥーAIはおそらく、レジェンド・スターダスト・チャンピオン、3つのルートを冒険する彼らを見てきて、彼らに対する感情を変化させていったのだと思います。前回の考察でお話した通り、AIには受け取った情報から、何を学んでいくかの裁量があるのです。子供たちの冒険を見てきたことで、フトゥーAIは何を得たのでしょうか…?

フトゥーAIとの6vs6バトルの後に、
「フトゥー?」という表記で、ペパーに対して成長を喜ぶ言葉と独りで寂しい思いをさせたことに対する謝罪の言葉が述べられます。
あえて、「フトゥー?」とユーザーに示されるのには意味があると思います。答えはなくとも考えるべき部分であると思うのです。
そして、フトゥーAIがオリジナルのプログラムに制御されているとき、その言葉は「フトゥー」という表記で示されます。フトゥーという人間が書いたプログラムの制御下にある言葉、それはフトゥーの言葉であるということだと解釈しました。

では、フトゥー?という表記は?
どちらともなく濁されているその言葉の所在は?
プログラムの制御下にないフトゥーAIの言葉ということは、研究にとらわれた晩年のオリジナルの言葉ではない。フトゥーAIのベースとなる記憶の中の過去のフトゥーと、3つのルートでの子供たちの冒険を見てきたフトゥーAIが愛の形を知ったことで、過去のフトゥーとフトゥーAIの愛情のグラデーションが交差する地点にあの言葉があると解釈しました。

3つのルートを見てきたフトゥーAIが、愛の形を知る。これは、3つのルートがそれぞれに愛情の形を示しているように感じたのが考察の足がかりです。
愛情の種類で検索すると、ギリシャの哲学における愛情の分類みたいなのが沢山出てきます。
ペパーのマフィティフに対する家族愛はストルゲー、ボタンのスター団に対する友愛はフィリアに当てはまるのかな…?と。
ネモちゃんは少し難しいですが、バトルという肉体的なやりとりに対するモチベーションや、まるでアプローチ強めの彼女のようなムーブからエロスの要素を感じる反面、道中いろんな道具をくれたし、とにかく「実る」まで待っていてくれましたし、無償の愛=アガペーかもしれないとも思いますねぇ。ここら辺の解釈はお好みですね、そもそもギリシャ哲学に当てはめるのも正解かどうかなんて分かりません!笑

そんな、いろんな愛の形を見て学習したフトゥーAIは変わったのだと思います。楽園防衛プログラムが作動した際には、タイムマシンを止めることよりも子供たちに逃げて生きてもらうことを優先する行動を取ります。さらに、自分がいる限りタイムマシンは止まらないということを悟ると、未来に自らを転移させることで全てを終わらせようとします。これが自己犠牲愛なのか、AIとしての合理的な判断なのかは解釈次第ですが。

ただ、その際にフトゥーAIは、4人の冒険を見て自分も、「夢にまで見た未来の世界に旅立とうと思う。」と話します。このセリフと展開、私はとても大好きです。
単なる自己犠牲ではなく、フトゥー博士が焦がれた未来の世界に旅立つという前向きな理由付けがされていること。ベースとなる博士としての知識欲と、AIの本能としての知識欲が交わった結果、フトゥーAIが冒険に旅立つという行動に繋がるという美しさがあると思います。

余談ですが、たのしぃはダンボール戦機Wのアダムとイブがすごく好きです。AIの知識欲故に、まるで人間のように1歩踏み出して行動するという動機づけが好きなのです。
そして、とにかく言葉で行動で、意識的に愛を体現しようとするキャラクターが好きです。

フトゥーAIはそんな私にとって好きが詰まった存在でした。

今回投稿した3本のフトゥー記事は、長い考察に見せかけたフトゥーAI萌え語りだったのです。
すごく長くなりましたが、お付き合い頂きありがとうございました。

願わくば、
フトゥーAIの「未来へのボン・ボヤージュ」が、
優しい嘘ではなく、本当の旅立ちの1歩でありますように。

ではまた👋

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