ブスだった私が娼婦になるまで

20代前半の頃の私はブスだった。告白された経験はもちろんなく、デートに誘われたこともなし、異性が私に対して、可愛いとか仲良くなりたいとか思っている気配を感じたことすらなかった。

マッチングアプリでは当日待ち合わせ場所に着いた途端にドタキャンされたり、顔写真を送ってくれと言われて送った途端に音信不通になったり。
男性が全員30代前半の婚活パーティーに21歳で参加しても、好印象だった相手に〇をつけるシステムで私には1つも〇が付いていなかったり、大学生限定の恋活パーティーでは、10人以上男余りの中、フリータイムで私1人だけ余ったことすらあった。

当時の異性からの扱いを思い返してみれば、普通ではなくブスの域にいたことは明らかだった。女はブスでも穴モテがあるとはよく言われるが、穴モテの対象にすらならないレベルのブスだったのだと思う。

大学を卒業して社会人になっても、相変わらずモテなかった。40代以上の年上の男性からの好意は多少あっても、恋愛対象になりそうな同年代の男性からは好かれている気配がまったくなかった。

それでも、会社を辞めた20代後半の頃から、マッチングアプリや婚活パーティーなど異性が集まる場に出向くようになった。20代前半の頃よりは見た目がマシになっていたので、当時のようにフリータイムで1人だけ余ってしまうような屈辱的な出来事は無かったし、それなりに声もかかった。1度は彼氏もできた。ブスの20歳から普通の30歳になれたと思う。


そして30歳を過ぎた今、私は風俗嬢として働いている。

なぜ?と思う人もいるだろう。30歳なら、結婚・出産して家庭を持つにもまだ間に合う年齢ではあるのだから、ちゃんとした彼氏を作って結婚を目指したらいいんじゃないの、と思うのが普通ではないだろうか。


せっかくブスから普通になれたのに、普通の恋愛ができない理由


私には発達障害がある。発達障害のせいで、恋愛のみならず人間関係や仕事でも、これまで散々嫌な目に遭ってきた。それらの経験から、自分が普通に恋愛して結婚して子供を産んだとしても、幸せにはなれないことを確信するようになった。

発達障害は子供に高確率で遺伝する上、夫からハラスメントを受ける確率も非常に高いそうだ。

この記事の内容を要約すると、発達障害者が結婚しても幸せになれないなら、身の丈に合った相手とまともに付き合うメリットがそもそもない、ということだ。


とはいえ、発達障害だろうと、結婚して子供を産んで家庭を築き、幸せな生活を送っている人もいる。


それは、無能な発達障害者として社会の洗礼を受けて、結婚しても幸せになれないことを悟ってしまう前に、つまり若いうちに、適当な相手と付き合って結婚まで辿り着けたかどうかの差である。

付き合う→結婚する→子供を産むという流れに何の疑いもなかった若い頃に彼氏ができていれば、流れで結婚・出産していた可能性もあっただろう。

私にそれができなかったのは、やはりブスだったのが1番の原因だと思っている。

ブスは相手を選べない 


私は「彼氏を作ることに世間体が良くなる以外のメリットがない」と本気で思っていた。結婚などは特に、「自分ごときの身の丈に合った程度の相手と同居して、そんな相手の子供まで産んで育てるなんてありえない」と思っていた。しかしこの考えは、一般的な感覚からすると相当ずれているだろう。

普通の人は、好きな人と一緒にいると楽しいから、お付き合いをするのだ。そもそも恋愛とはそういうものだったはずである。そういう普遍的な概念が、私の中からはすっぽりと抜けてしまっていた。


なぜなら、私はブスだったばかりに、アクセスできる男性のレベルがあまりにも低すぎたからだ

大学生の頃、恋活パーティーで数人とマッチングしてデートはしたものの、ブスな私がマッチングできた男性はいわゆるチー牛だった。見た目もそれなり、おとなしい人でデートをしてもまったく楽しいと思えなかった。普通の友達ならまだしも、この人とお付き合いをしてスキンシップを取るなんてありえないと思った。私のようなブスで陰気なチー子とデートをしてもまったく楽しくないのは相手も同じだったようで、1、2回のデートで全員連絡は来なくなった。

仮に、彼らとお付き合いしたとしても、彼氏がいるという体で恋バナに参加できるくらいしかメリットはなかっただろう。ブスは相手を選べない。ブスだった私にとっては、自分が好きだと思える人と付き合う、という一見普通のことが夢のまた夢だったのだ。


また、若い時期を逃すと「好きだと思える人と付き合う」ことが圧倒的に難しくなる。

「見た目より中身が重要」というのは綺麗事で、恋愛感情の9割は、外見や話し方など、分かりやすく外に現れる部分で決まる。単純に若い方が男女ともに見た目が良いので、相手を好きになりやすいという単純な話である。 

風俗店で働いていて思ったのが、チー牛の分類に入りそうな男性でも、若いというだけでかなりマシに見えるのだ。逆に美男美女だろうと、おじさんおばさんになれば見る影もなくなる人もいくらでもいる。

さらに、年を取れば取るほどまともな人ほど既婚者になり、残念なおじさんおばさんしか市場に残らなくなる。若い頃に好きな人と付き合うことができなかったのは、人生においてあまりにも大きな損失だったことは間違いないだろう。


金銭を介さない世界も、そんなに優しいものではない


ブスだった若い頃にあまりにも嫌な経験をし過ぎてしまったために、金銭が絡まない普通の恋愛がそんなに良いものだとも思えなくなった。


男性はブスには見向きもしないことを、私は痛いほど知っている。可愛い子と話しているときと私と話しているときでは、男子がまったく違うテンションで違う表情をしていたのは鮮明に覚えている。

犬や猫に対して多くの人が可愛いと思うように、美人で明るい子なら誰でも好きになる。石原さとみや橋本環奈が職場にいたら、告白などのアクションを起こすかどうかは別として、ほとんどの男性が好意を持つのは間違いないだろう。

ほとんどの人が好きになってしまう、魅力的な人が存在するということは、その真逆もあるということだ。ゴキブリを好きな人はほとんどいないように、陰気なブスを好きになる人もほぼいない。

恋愛感情は美しいものでも尊いものでも何でもなく、実際はその程度の普遍的な感情なのだと思う。


美人の彼氏はイケメン、ブスの彼氏はチー牛。直接金銭が絡まなくとも、結局自分の値打ち通りの人が周りに集まって、値打ち通りの扱いが返ってくる。これは恋愛にとどまらず、社会の常である。


だから私からすれば、金銭と引き換えに性行為をすることが悪だという概念がない。
おじさんが若くて可愛い女の子に付き合ってもらえるはずがないことを自覚して、その価値の差を埋めるためにお金を払う。そしてお金のためなら、とそれを受け入れる女の子がいる。普通の恋愛も売春も本質的には同じで、すべてはとことん等価交換なのである。 


ブスで陰気で何をやっても鈍臭かった若い頃、恋愛や異性関係にとどまらず、同性からの扱いも粗末で、親や周りの大人もみんな冷たかった。何も良いところがない人は、周りから本当に何も与えてもらえない。これは普通の人には分からない感覚かもしれないが、すべてにおいてビリだった私にはとてもよく分かるのだ。

私はどうあがいても幸せになれない


アルバイトでも新卒で就職した会社でも、仕事において何をやっても私はビリだった。それでも、風俗嬢としてはビリではなかった。

私が気づいていないだけかもしれないが、幸い、お客さんに「うわあブスが来た」という反応をされた事はほとんどない。面接も年齢層が若すぎる店でなければ受かっているので、自分がそこまでブスではない事が分かったのがまず良かった。

貯金できるくらいの稼ぎはあって自由もある。昼職で散々罵倒され、誰にも相手にされなかった若い頃に比べるとよっぽどマシなのだが、貴重な若い時間を無駄にしたことが毎日頭をよぎり、常にイライラしている。

むしろ稼ぎが良かった日の方がムシャクシャする。
「30代の私ですらこれだけ値打ちがあるのに、もっと綺麗だった20代の頃になぜあんなに嫌な目に遭わなければならなかったのか」と。


垢抜けない身なりをしていた自分が悪かったのは分かるが、いくらブスとはいえ、24歳だった私に職場の40代のおじさんをあてがおうとした会社のおばさんはひどかったと思う。母からもとにかく誰でもいいからとりあえず付き合え、と散々言われ、「ものすごく優しい人かもしれないじゃんw」とその人を勧められた。

今と顔の造形は全く変わらず、むしろ今よりほうれい線もなく顔は若いのに、全く女の子扱いされず、誰からも誘われず、20歳も離れた男性と「お似合い」呼ばわり。見せ方を間違えると、人の価値はどこまでも落ちる。若い女性という社会的に最強の武器があろうとも。


結局、好きな人と結婚するという社会的な勝ちが手に入らない限り、この怨念が晴れることはないのだと思う。

昼職を普通にやれる頭があれば、今頃婚活していただろう。今からでも納得のいく相手と結婚できれば、若い頃にモテなかった怨念はチャラにできるはずだ。


しかし先述した通り、発達障害のせいで、結婚して子供を産んで家庭を持ったとしても、うまくやれる自信がまったくない。
まず、発達障害は子供に遺伝する可能性が高い。障害児の子育て、義両親やママ友との人間関係、夫のモラハラなど、考えただけで恐ろしい要素が多すぎる。

ストレスと給料のバランスを考えると風俗以上に良い仕事はないのだが、妻が風俗で働くのを許してくれる夫はほとんどいないだろう。理屈で考えると、まず風俗で働いている時点で結婚できる状態ではないし、結婚も子育ても私にはまったく向いていないと思う。


今の楽しみは、若くてイケメンの客が来た時くらいである。私が20歳の頃には彼らの穴モテの対象にすらならなかったのが、30歳を過ぎた今、こちらがお金をもらってそういう相手と関係を持てる。



私の場合、ブス以外にも発達障害という障壁が加わった結果、30歳を過ぎて風俗嬢の道を選ぶことになった。私自身からすれば今の生活がそこまで最悪というわけではないが、傍から見れば「悲惨な末路」と表現される人生を歩んでいるんだろうな、とは思う。


学校も職場も家族も全部大嫌いだった。これまでの受験や就活など、私が昼の世界で普通に頑張っても、まったく報われないことはよく分かった。生まれ持った顔の造形は普通だったのに、その唯一の武器さえ使いそびれて、20歳年上のおじさんにあてがってネタにされるほど足元を見られた。


風俗の仕事をするのはお金の為というのもあるが、若さを無駄にした執念に突き動かされている部分もある。私はもう、娼婦にしかなれないのだろう。




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