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仲間とともに、直感を信じて進み続ける。オルタナティブスクール「ヒミツキチ森学園」を立ち上げるまで

幼児教育に携わった経験から既存の教育に違和感を持ち、その答えを探すべくデンマークやオランダを巡った宮下千峰さん。日本に帰国する機内で学園の立ち上げを決意し、2年間の準備期間を経て、2020年春に神奈川県葉山にオルタナティブスクール「ヒミツキチ森学園」を開校しました。

立ち上げを決意したときから決まっていたのは、「自分のどまんなかで生きる」というビジョン。現在は、「人とつながる」「自分を知る」「学び方を学ぶ」「生きる力をはぐくむ」の4つの力を育むことを軸として学園を運営しています。

エネルギッシュに活動を続ける宮下さんに、学園設立までの経緯や大切にしている価値観をお聞きしました。

仲間とともに学園をつくる。大切なのは、“Lazy”でいること

ーー 会社員を辞めてからデンマークに行き、2017年からオルタナティブスクールの立ち上げに向けて動かれていましたよね。実際に、どのようなアクションをしたのでしょうか?

学園をつくるために何をすればいいのかがわからなかったので、とにかく知っていそうな人に「何からすればいいと思いますか?」と聞きまくりました。知り合いに「誰か面白い人知らない?」と聞いて、紹介してもらったらその人にすぐに会いに行きましたし、会社や団体にも行きましたね。すると、少しずつ仲間が集まってきたんです。

翌年3月に学園をつくる団体としてキックオフイベントをして、その日からプロジェクトチームを結成しました。その後も毎月イベントを開催して、「このプロジェクトに何か心に響くものがあれば、一緒につくりましょう!」と言って、仲間を集めることにエネルギーを注ぎました。

ーー どんなメンバーとともに進めるかは重要なことだと思います。仲間を集めるときの声のかけ方で、大切にしていたことはありますか?

私たちは、日本の教育を批判して学園をつくりたいわけではなく、みんなで共につくりたい」と必ずお伝えするようにしていました。私の場合は、公立学校も私立学校もオルタナティブスクールも、一緒になって地域の教育を底上げしたいと思っていたんです。

また、仲間になる人にはポジティブなエネルギーで関わってもらいたいと思っていたので、反対運動をしたい人や何かを打ち消したい人は少し避けていましたね。批判的な考えが強くなってしまうと、学園から発するメッセージも自分が意図しない方向で捉えられてしまう可能性があるなと思ったので、最初の頃は特に気をつけていました。

ーー 学園を立ち上げるとなると、やることはたくさんありますよね。それを、自分1人ではなく仲間を募ってやろうとしたのですね。

そうですね。実はそれまでの私は、自分でヘルプを出せない人間だったんです。学園をつくるには、「1人では何もできない」と認めるところから始めないといけないと思いました。最初は、自分のこだわりが失われるんじゃないかとか、自分のやりたいようにできなくなってしまうんじゃないか、と思うこともありました。でも、途中からそれが変化していきました。

教育に携わったことがある人たちだけで話していると、何となく話の方向が似てくるんです。でも、そこに教育ではないいろんな業種の人が混ざると、「それいらなくない?」と言われたりして、固定観念がひっくり返る瞬間があるんです。そんな化学反応がすごく新鮮でした。

ーー 業種や立場の違う人と一緒に学園を立ち上げる良さを感じられたのですね。とは言え、宮下さん自身が思い描いていたものもあると思います。それとは違う方向に進んでしまったとき、葛藤はありませんでしたか?

めちゃくちゃありました(笑)その中で軸として持っていた考えは、“Lazy(信じて見守る)”でいることです。オランダに行ったときに出会ったイエナプラン協会の方に、「私たちは Good teacher = Lazy だと思っているんだ」と言われたんです。どういう意味だろう?と、ずっとその言葉が気になっていました。

プロジェクトメンバーや子ども達と関わる中で、あれこれ口出しをしたくなったり、手を出したくなったりすることがあります。ですが、そこで介入するのではなく、まずはその人を信じて見守る。そのスタンスが、もしかしたら“Lazy”なのかなと思ったんです。

私があれこれ手を出したら、きっと出来上がるのは「ヒミツキチ森学園」ではなく、「ちほ学園」なんだと思います。つまり、私がつくりたいようにつくっただけの学園。それでは、一体なんのために学園をつくろうと思ったのかがわからなくなってしまうと思いました。今でも“Lazy”でいることは大切にしていますね。

クラファンで集まったのは566万円。仲間が自分ごととして発信してくれた

ーー 立ち上げや運営の資金は、どのように準備しましたか?

まず何にお金が必要かさえもわからなかったので、オルタナティブスクールを立ち上げた経験のある方々に相談させてもらいました。資金を集める方法はいろいろありますが、私達がやったのはクラウドファンディングです。多くの人にこのプロジェクトに関わって欲しかったので、それが一番実現できるかたちとして選びました。

ーークラウドファンディングでは、最終的に約566万円もの支援金を集められていましたよね。多くの方の心を動かしたからこそ集まった額だと思いますが、何がその結果を導いたのでしょうか?

決して私達だけの力で達成できたわけではありません。ともにプロジェクトを成功させようと動いてくれた方がたくさんいたんです。クラウドファンディングまでにイベントを繰り返し開催し、その過程で集まったプロジェクトメンバーは約300人。メンバーの方がいろんな人に会いにいって、ヒミツキチ森学園のメッセージを発信してくれたんです。

特に嬉しかったのは、メンバーの方が「学園の立ち上げを手伝っている」ではなく、「自分の学園をつくっている」とSNSに投稿してくれていたことです。自分ごととしてプロジェクトに関わってくれていることが嬉しくて、その投稿を見て涙が出ました。私達だけでは、絶対にそこまでの金額は集まっていないと思います。

学習指導要領を隅々まで読み、カリキュラムに取り入れることに

ーー ヒミツキチ森学園では、「本と作家」やアート・ミュージック・スポーツを含む「ごかんの時間」などが時間割の中に入っていますよね。カリキュラムは、どのように決めていったのでしょうか?

プロジェクトメンバーの中にカリキュラム部をつくり、10人くらいのメンバーで話し合いを重ねました。「自分のどまんなかで生きる」がコンセプトで、3つの柱「共創・対話・リフレクション」を大切にしてほしいという軸だけ伝えて、あとはお任せしました。

そしたら当時のメンバーから、「学習指導要領だけは絶対に使いたくない」という意見が出ました。日本の教育を否定するような雰囲気になっていったことに、すごくモヤモヤしましたね。悩んだ末、一旦初心に返ろうと思い、勇気を出してカリキュラム部を解散したんです。

もう一度、「なぜオルタナティブスクールをつくるのか?」「何のためにカリキュラムを考えるのか?」に立ち返って考えました。するとそのときのメンバーの1人が「学習指導要領を隅から隅まで読み解いて見たらいいんじゃない?」と提案してくれたんです。正直、「えー、これを全部読むの?!」と思いましたが、必要なことだと思ってみんなで読んでいきました。

その結果、学習指導要領に書かれていることは、私達がやろうとしていることとそんなに変わらないことがわかったんです。私達が向かっている方向と日本が向かっている方向は多分一緒なんだと思います。ただ、山の登り方がたくさんあるだけ。じゃあ、私達はどう登るのか?それを考えて、最終的に学習指導要領は使うことに決めました。何か不具合があったら、そのときにまた新たに考えようとだけ決めて。

入学前の面接は、価値観に相違がないかを確かめる場

ーー 校舎の場所は、なぜ神奈川県葉山にしたのでしょうか?

学園をつくると決めたとき、場所は三浦半島だと決めていたんです。これは直感としか言えません(笑)実際に三浦半島内を歩き、ここに根を下ろしたいと思いました。ただ、学園の校舎を決めるまでには紆余曲折がありましたね。今となっては、オルタナティブスクールという名前は少し耳にするようになりましたが、当時は知らない方が多く、最初に決めていた校舎の周辺住民の方からの理解を得ることができませんでした。

それから新たに校舎を探し、最終的に葉山にある今の古民家に巡り合いました。校舎が決まったのは、なんと学園開校の2ヶ月前。場所も決まっていないのに入学を決めていくれていたご家庭には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

ーー 入学希望者の選考は、どのように行いましたか?

入学前の面接は、今でも必ずするようにしています。何かの能力を測るためにやっているのではなく、お互いが思い描いているものに相違がないかを確かめるためにやっていますね。

オルタナティブスクールというだけで、その方が持っているイメージが先行してしまうことがあるんです。例えば、「勉強はしない」というイメージで入学されてしまうと、入学した後に「思っていた学園と違う」ということが発生してしまいます。あとは、保護者の方も一緒に学園をつくっていくことを大切にしているので、そこの価値観を確認するようにしています。一緒に学園をつくることに関してあまり楽しさを感じなかったり、ちょっと面倒だなと思っている方には、「もしかするとヒミツキチの方針とは合わない可能性があるかもしれません」とそのままお伝えすることもありますね。

実際のところ、私達が「これを一緒にやってほしい」と保護者の方に言うことはないのですが、保護者の間で自然に部活が立ち上がったりすることがあります。「庭部」では校舎の庭を綺麗にしてお花を植えてくれたり、「おやつ部」では子ども達と一緒におやつをつくって食べたり。運動会も、保護者は観覧席から見ているような感じではなく、がっつり中に入っちゃう感じです。一緒につくるというのはいろんなかたちがあって、実際に手を動かして何かをしてくれることもあるし、気持ちの部分で寄り添ってくれることもあります。

スタッフはみんな、自分の人生を面白がっている人

ーー スタッフ同士の仲の良さも伝わってきます。なぜそのような関係性が築けているのでしょうか。

学園メンバーとして一緒に学園を運営してくれている仲間は、このプロジェクト自体を一緒に面白がってくれる人なんです。私はそういう人と一緒に仕事がしたいし、学園をつくりたいと思ってきたので、そんなメンバーが自然と集まってきたんだと思います。

また、スタッフは週1回必ずリモートで働くようにしています。その時間はそれぞれが今の自分に必要な時間として使ってもらいます。良い関係でいるには、心の余裕も必要だと思っています。

一緒に勉強したり、キャンプに行ったりすることもありますね。定期的にそれぞれの”取説”の共有もします。これからやりたいことや得意なこと、ストレスや負担になっていることなど、自分自身のことを伝え合うんです。そうすると、お互いの知らなかった一面が見えてより関係性が深まりますし、それぞれの強みも活かすことができます。

「最終的にどうなりたい?」自分自身に問いかけて

ーー オルタナティブスクールをつくりたいと思っている方に向けて、メッセージをお願いします。

大切なのは、「なぜやりたいのか?」「それをやることで、あなたはどうなりたいのか?」ということです。それに尽きると思っています。私の肌感覚ですが、そこまで考えている人は、勝手に動き始めていますね。「何かやりたいな」と思いつつも進んでいない人は、まだ目的が明確になっていないんだと思います。本質を突き詰めた先に、きっと生まれてくるものがあるはずです。

私自身の最終的なビジョンは、この学園がある葉山という地から、そしていずれはこの三浦半島からたくさんの人と繋がりながら一つの教育のうねりを起こしていくことです。「ヒミツキチ森学園がどんな役割をしたら葉山で面白い循環を生み出せるだろう?」と考えながら、今は教育委員会や公立学校、地域の方とのご縁で繋がらせていただきながら、まちの中で面白い循環を生み出すことにエネルギーを注いでいます。いろんな方が繋がり合い、1つのチームとして町全体を豊かにしていきたいですね。

文:建石尚子、写真:本人提供

※ヒミツキチ森学園では、現在2023年度入学する新入生を若干名募集しています。生徒募集要項は下記です。応募には学園見学やプログラム参加が事前に必要となっていますので、興味のある方は早めにチェックしてみてください。



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