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それぞれを活かされる場を、子どもやまちの人たちと紡ぐ。「いふくまち保育園・ごしょがだに保育園」が大切にしていること。

「いま通りかかったのは、ご近所の方。昔から公園の花壇を手入れしてくださっていて、いつの間にかお孫さんが生まれて、今は私たちの保育園に通ってくれているんです」

取材中に「こんにちは」と地域の方に声をかけたのは「いふくまち保育園・ごしょがだに保育園」の園長、酒井咲帆さん。保育園から直接遊びに行ける、隣接した古小烏(ふるこがらす)公園は、地域のみなさんと一緒に手入れされ、まちのお庭のようになっています。

地域とのつながりが希薄な園も多い中、いふくまち保育園では地域の方と顔が見える関係性を築いてきました。

2018年に福岡市中央区薬院伊福町で企業主導型保育事業としていふくまち保育園、そして2021年には2園目のごしょがだに保育園を立ち上げた酒井咲帆さん。2つの園の園長になるまでは、写真家として活動してきました。どのような経緯があって保育園を立ち上げることになったのでしょうか。これまでの経緯や大切にしていることを聞きました。

子育ての中で覚えた違和感が、きっかけに

—— 保育園を始めるまでは、写真家としてどのような活動をされていたのでしょうか。

大阪の専門学校で写真について学び、作品をつくったりギャラリーで勤務したりしていました。その後、子どもの居場所づくりに関する研究が行われていた九州大学の子どもプロジェクトへの参加をきっかけに、福岡へ移住しました。

そのプロジェクトの中で「まちづくりに関わりたい」と思い、地域の中で実践しようと2009年からまちの写真館ALBUS(アルバス)を運営しています。いろんな人が関わることのできる、公民館のような居場所をつくりたいなと思って、写真撮影だけでなく、ワークショップやトークイベントといった地域に開かれた企画を行ってきました。今も写真館と保育園を行ったり来たりしています。

—— 写真館自体もまちづくりの1つの実践だった中で、さらに保育園を立ち上げようと思われたのはどうしてですか。

子どもたちを含めたいろんな人が交流できる場をつくりたいと考えていたことと、自分が出産や子育ての経験から感じてきたことがきっかけとなり、保育園の立ち上げににつながっていったと思います。

第一子を出産してから、社会に違和感を覚えることが色々とあったんです。まず、法人の代表は育児休暇などを取る余裕も保障もない。働かなければ収入が減ってしまうので、私は出産8日目から働いていました。他にも、自営業で時間に融通が利くと思われてしまったのか、認可保育園は点数が低く落ちてしまい…。最終的に決まった園も、自転車で30分かかるところでした。

保育園に通い出してからも、子どもの成長を感じる余裕もなく朝早くから預けて、一番最後にお迎え。子育ての実感が乏しく、そのことに気がつける環境にもありませんでした。思うように子育てできない寂しさや違和感がどんどん強くなり、「他の人も同じことで悩んでいるかもしれない」と、2018年に「いふくまち保育園」を立ち上げました。今は2園で合計49名の子どもたちが通っています。

保育園の隣にある公園を運営。まちに開かれた風景をつくる

—— いふくまち保育園は、古小烏公園と隣接していて、地域との境目が曖昧なのがユニークですね。

子どもの送り迎えをしているときに、偶然いまの保育園の物件を見つけました。公園の隣の物件だったこともあり、風景として面白くなりそうな場所だな、と。これまで閉鎖的な園が多いことに違和感を持っていたんですが、まちに開かれた保育園の風景をイメージできたんです。

当時、公園は整備が行き届いておらず荒れ果てていたので、区役所に公園を掃除していいか聞きに行きました。そうしたら「すごく助かる」と言ってもらえて、掃除や剪定などをしながら公園を管理する「愛護会」という団体をつくることに。最初は娘や夫、友人らとハサミ一本から剪定を始めました。

私たちが公園を綺麗にしている姿を見て、地域の方も作業を手伝ってくれるようになりました。草刈りをしてくれたり木を切ってくれたり、花の苗をくれる方がいたり。徐々に公園が地域に開かれた場になっていくことを実感しています。

今は月に1度、保護者の方と一緒に花壇の手入れをする「土の日」があります。子どもも大人も愛護会の一員として、でも強制的にということではなく思い思いに公園の整備をしているんです。

—— いろんな方がオーナーシップを持って公園に関わっているのですね。

月曜日の朝は特にゴミが多く「掃除が大変だなあ」という声がスタッフから上がったこともあります。でも、続けているとまちの一部として自分も風景になっていることに気づく。自分ごとという意識すら消え、ただ気持ちいい。

町内とのつながりも沢山できて、いろんな人と相談しながら公園を運営しています。例えば、子どもたちが安心して動き回れるようにとコンクリートを剥がしたいとアイデアが出てきた際も、地域の方たちと議論を重ねながら、実現していきました。急に公園の姿が変わって、びっくりさせたり嫌な気持ちにさせたりしないようにというのも心がけています。

—— この古小烏公園は、今どのように活用されているのですか?

あくまでも公園です。どんな人でも24時間入れるし、利用に制限もありません。いふくまち保育園の園児が遊びますが、保育園に通っていない子どもたちもたくさん遊びにきています。

さらに地域の方も、月に1度ラジオ体操をする日があって、65歳以上の年配の方々が約50人集まっています。子どもたちも一緒に体操をして、お互いに元気をもらいあう大切な時間。

他にも、地域の方が遊びに来れるイベントを開いてきました。ハーブのお茶やセイタカアワダチソウの入浴剤、ひろったものでつくったリースなど、子どもたちが自分でつくった商品を公園バザーで販売し、結果的にお金について学ぶ機会になったことも。卒園した小学生が友だちと一緒に遊びに来てくれることもあって、いろんな世代の人たちが公園で過ごしています。

—— みんなで少しずつ関わりながら共有の場所をつくっていく。まさにコモンズですね。一方、様々な世代の方と関わりながらコモンズをつくっていくのは簡単なことではないと思いますが、何か意識されていることはありますか?

地域の方の思いをなるべくキャッチすることを大切にしています。そうやって、それぞれが活かされる場をつくることを心がけていますね。それと、スタッフと役割分担をしながら小さなことに気を配るようにはしています。いつも愛情を注いで下さる地域の方へ感謝の気持ちを伝えることも大切にしています。

子どもたちの「なんだろう?」から始まる保育

—— いふくまち保育園もごしょがだに保育園も、木の温もりが感じられ、空間デザインにこだわりを感じます。どのようにつくられていったのですか?

いろんな方の力を借りています。漆喰の壁は左官職人さんに塗ってもらったのですが、一面一面に違うデザインが施されています。家具やおもちゃにもこだわっていて、できるだけ長く使えるように修理や手入れができるものを職人さんにつくってもらいました。

園内には間伐材がたくさん使われていて、お気に入りの一本の木は部屋の中央にシンボルツリーとして存在しています。設計に関わってくれた設計士さんは、話をよく聴いてくれて私たちが関われる余白を上手くつくってくれる方だったので、保育者とも何度も話し合いができました。

保育者は建築家ではないけれど、みんなの意見が形になって空間がデザインされ、それが一人ひとりの自信につながっていったと思います。子どもと関わるうえで、まず大人がオーナーシップを持つことも大事なんですよね。

—— スタッフの方がすごく自然体で働いているのも印象的です。保育で大切にしているのはどんなことですか。

子どもたちの声をよく聴いています(声にならない声も)。子どもたちって、本当にいろんなことに気づくんですよね。「これは何?」と大人に問いを立ててくれるんです。「それってなんだろうね」と子どもたちの質問に答えていたら、本当に大切なことにたどり着くこともよくあります。

子どもたちの気づきに寄り添いながら、普段から子どもたちの興味関心を捉えるように心がけています。子どもたちの興味に合わせて保育の内容が変わることも。子どものやりたいことを聞いたり、子どもをよく観察するようにしています。

できることを活かす組織づくり

—— 組織を運営する中で大切にしていることはありますか?

スタッフとのコミュニケーションですね。私は異業種から保育業界に入ったので、これまでスタッフと違う意見を持つこともたくさんありましたが、できるだけ考えのプロセスを共有するようにしてきました。

あとは、すべてのスタッフに決算を報告するようにしていたり、日々の小さな積み重ねが、スタッフとの信頼関係につながっていると思っています。スタッフとの間に信頼が生まれれば、一緒にいろんなことを乗り越えていける気がします。

—— 保育園というと、保護者との関係性も大事なのかなと思います。なにか意識していることはありますか?

やはり信頼関係かなと思います。大切な子どもを預けて下さっているからこそ、より深い信頼が必要だと感じています。そのために、もっともっと相手が知れたり、お互いの興味や関心が深まるような環境をつくりたいな、といろいろ考えているところです。

園内には本好きのスタッフが持ってきた本を貸し借りできる図書コーナーをつくったり、私たちが子どもたちや保護者の方のことを知ることはもちろんのこと、私たちのことを知ってもらうことも大切にしたいと思っています。

—— 子どもも、公園に来る地域の人も、スタッフも、それぞれのよさを活かしていこうというスタンスが一貫していますね。

その人が活かされる場をつくれば、どんな人でも自らの能力を発揮してくれると思うんですよね。子どもたちの関係のつくり方って、喧嘩はするものの誰も排除しないじゃないですか。そうやって子どもたちから学ばせてもらっています。

極端に苦手な人がいると周囲の寛容さが変わることがあります。「できないことを指摘するよりも、できることを活かす場所をつくった方がお互いに心地よいね」とみんなで気づいたことは大きかったです。

どんなときでも、拠り所となる場所を

—— すでに素敵な活動をされていますが、これからやっていきたいことはありますか?

いまチャレンジしているのは、子どもの意見表明権など、子どもたちが持っている権利を伝える活動です。保育園を立ち上げてから、子どもたちを取り巻く根本的な課題に目が向くようになりました。

園のルールは子どもたちと一緒に決めているのに、小学生になるとすでにあるルールに従わないといけなくなってしまう。同調圧力によって自分の意見を言えなくなっている子どもたちの姿を多く見ています。

この課題にも切り込んでいかないといけないという思いから、子どもの権利を子どもに伝える活動を始めました。大事なのは、違和感に対して自分の思いや意見を言えること。心の中で思っていることを先生や保護者、友だちに伝えてもいいんだよということを、ツールを使いながら子どもたちに伝えています。

今は子どもを中心とした活動をしていますが、いつか介護や障害に関わる場もつくりたいと思っています。周囲の困りごとや違和感から、居場所を地域に増やしながら、福祉のまちになっていくといいなと。私自身も学び続けながら、人として成熟していきたいし、それが生きる喜びにも繋がっています。周りに吹いている風を信じて、これからも進んでいけたらと思います。

—— 酒井さん、今日はありがとうございました!これからの活動も応援しています。

(文:田中美奈 写真:田村真菜


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