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炭谷俊樹は、なぜメディアを始めるのか?ー学びを探究するメディア「Q」創刊インタビュー

”探究学習”と聞くと、みなさんは何を思い浮かべますか? 最近耳にする言葉だけれど、「探究型の教育で育った子どもは実際どうなるの?」「そもそも探究学習とはどういうものなの?」と思う方もいるのではないでしょうか。
 
ラーンネット・グローバルスクールというマイクロスクールを23年前に神戸に立ち上げ、探究型の人材育成に取り組んできた炭谷俊樹。今夏より学びを探究するメディア「Q」を立ち上げ、責任編集を努めます。

23年間の探究学習の実践から見えてきたことは何か、そもそも「探究学習」とは何か。これからメディア「Q」でやっていきたいこととは。炭谷俊樹の言葉を届けます。

ラーンネットを23年やってみて得た、探究学習への確信

ー娘さんがデンマークで受けた教育に感銘を受け、ラーンネットグローバルスクール(以下ラーンネット)を立ち上げた経緯が著書「第3の教育」でも語られていますが、20年以上スクールを続けてこられて、改めて思うことは?

デンマークでやっているような子どもの主体性を認める教育、1人1人の違いを認める教育が日本に合うのかは、実際にやってみないとわからないと思っていました。23年間やってみてわかったことは、日本とかデンマークとか国や人種は関係ない。1人1人が個人として認められて、自分らしさを発揮できる環境をつくると、子どもはすごく楽しく生きられると実感しました。

日本の教育で当たり前とされているテストや競争などは、子どものやる気を削いでいる。テストや競争がなくても、好奇心や探究心はどんどん出てくる。それが確信となりました。ラーンネットの卒業生もどんどんリーダーシップや問題解決力を発揮して元気に活躍しています。

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ーラーンネットで探究学習してきた子どもは、どのような学校生活を送り、どのような大人になっていったのか、具体的なエピソードをお聞きしたいです。

たとえばフルスクールの1人目として飛び込んできてくれたYくんは、1年くらいかけて徹底的に穴掘りをしたんです。ラーンネットには「とことん」というそれぞれが好きなことを探究する時間があります。Yくんは大人が5〜6人は入れるような大きな穴を掘った。大人から見たら「なんで?」と思うかもしれないことも、本人がやると決めて取り組んでいくのは大事なことなんです。友達と協力したりしながら、自分で困難を乗り越えていく経験になった。他にも畳で柔道場をつくったり車を分解したり、やりたいと思ったことに取り組んでいました。

中学はインターナショナルスクール、高校はアメリカのボーディングスクールに行きました。英語で授業が行われる上智大学の国際教養学部に進学してGoogle、ドイツ銀行などでインターンし、今は外資系のコンサルティング会社で働いています。彼は「仕事とは、自分のやりたいことと会社の目的が合致すること。こういう考え方はラーンネットで学んだことが役に立った」と語ってくれています。

他にも、医者もいれば、イルカが好きでイルカの仕事をやっている人、アート系の分野で活躍している人、IT技術者など、いろんな人がいます。1人1人違うし、こういう仕事につく人が多いというのはないですね。

ー進学や職業選びなどのキャリア形成において、ラーンネットで大事にしている考え方のようなものはあるのでしょうか。

「自分の進路と職業は自分で選んでね」というのが原則です。人から「こうした方がいいよ」って言われてそうして、あとから「誰々に言われたから」「こんなはずじゃなかった」とは言わないでほしい、自分で選んだ進学や仕事なんだから責任を持とうねと話します。もちろん、選択のプロセスで対話の機会は多く持ちますし、本人たちが選択肢を得られる機会をつくるサポートはしますが、自分で決めることが大切です。進学後に苦労している子もいるけれど、納得して自分で選んだ道だから、文句を言っている子はいない。「親に言われて有名大学行ったけれど、何をやっていいかわからない」みたいなことは、全くありません。

ー「子どもだから大人が決めてあげよう」という接し方ではなく、「子どもだけどひとりの対等な人」として尊重されているのだなと感じます。子どもも、自分で選んで自分で責任を取っていく。受験などにあれこれ口を出してしまう大人のあり方と対照的です。

ラーンネットの卒業生も有名大学に入っている子も多いですが、それが目的ではありません。探究型の学力が高い子は、いろんなことに興味があり、知識もどんどん獲得して深めていくので、結果的には基礎学力も高い。「探究型の教育では基礎学力がつかないのでは、受験で困るのでは」と心配される親御さんもいますが、そんなことはありません。ラーンネットではプロジェクト学習とテーマ学習について発表する機会が年に5回以上あるので、6年間学校に通うと30回は探究してインプットしてアウトプットするという経験を積んでいる。どこに行っても大丈夫と送り出すことができます。

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「やりたい」「なんで?」を尊重するのが、探究学習の原点

ーもう少し”探究学習”というものについて深掘りしていきたいなと思います。今、あちこちのスクールや塾で「探究」「探究型」ということが言われるようになってきていますが、それぞれで少しずつ内容も違うように感じます。炭谷さんのおっしゃる”探究学習”とはどういうものでしょう?

1番大事なことは、探究するテーマを自分で選んでいるかです。その次に、選んだテーマについて自分が主体的に動き、工夫しているかどうかですね。よくありがちな例は、先生が「これを調べて」とテーマを与えてしまったり、「こんな風にアウトプットしてね」と子どもたちをガイドしてしまう。それでは探究の衣を着た”これまでの学習”です。

もちろん30、40人クラスの中で、自分でテーマを選ばせていたら収拾がつかないという現実的な状況も理解はできます。少人数のグループに分けたり、サポートスタッフや子ども同士で助け合う環境を作るなり、工夫していけるといいのかなと思います。学校が全部悪いわけでもないし、探究学習は全部が全部、学校が担わなきゃいけないわけじゃない。学校でできることと、学校外でできることを組み合わせて、子どもが自分のやりたいことを思い切りやれる環境をつくれるかが鍵だと思います。

ー少し歴史を遡ると、1970年代に「学歴社会」という言葉が一般化し、受験戦争の過熱化が問題になった。80年代に登校拒否や不登校が増え、その受け皿としてフリースクールが生まれました。フリースクールも既存のカリキュラムに乗っ取らず「自分のやりたいことを好きにやる」を大事にしているかと思いますが、探究型の学習はその流れを汲むのでしょうか。何か違いはあるのでしょうか?

ラーンネットでは、「全部好きにやっていいよ」ということはしていないんですね、学校なので時間割もあり、基礎学習もやります。「この時間は漢字の練習をしよう」「この時間は自分の好きなテーマを設定してやろう」という風になっています。なので、全部フリーでやっていいわけではなく、限られた時間や枠の中で、自分で選択していく。小学生の時に身につけて欲しい力はあるし、そのゴールイメージは持っています。自由は尊重するけど、放任ではない。

先生が上から教えこむような管理型の教育を”第1の教育”としましょう。そこに反発して生まれた「したいことは何をしてもいいし、したくなければしなくていいよ」という考え方は、一見優しく見えますが、全てを子どもにゆだねてしまうのは放任ではないかとも思うのです。最近は厳しく管理するのを嫌い、こういう考え方の親御さんも増えていますが、これは”第2の教育”です。探究学習は、子どもが自立的に生きていけるよう、大人は適切にサポートするという考え方です。私はこれを”第3の教育”と呼んでいます。

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ー探究型の学習は、大人側の関わり方や子どもへの眼差しが違うということですね。もう少し聞いていきたいのですが、先ほどのYくんの「大きな穴を掘る」という話は、すごいと思う一方、遊びにも近いと思うのです。”探究学習”と”遊び”の線引きはどこにあるのでしょうか。

探究する対象は、遊びででもなんでもいいんです。ただ、たとえばレゴやゲームをやって遊ぶにも、偏差値的なやり方と探究的なやり方があると思っています。事例で与えられた通りにお城を組み立てようとかは、正解に沿ってつくっているから、ある意味では受け身な遊び方なわけです。もちろん最初はそれでもいいのだけど、それを踏まえて自分なりの発想が広がって試行錯誤のサイクルがまわっていくのがクリエイティブだし、探究的な遊びだと思います。

ラーンネットでは「子どものできることに限界がない」を1つのコンセプトにしていますが、人は本来誰でも探究的なのだと思います。赤ちゃんがティッシュを一枚一枚と引き抜いているのも、「この向きで引っ張ったらどうなるかな?」とかあれこれ試している。やってみたい、触ってみたい、知りたい、なんでだろう。それは遊びでもあるし、学習でもあります。大人は様子をみながら、やりたいことをやれるようサポートしてあげる。家庭でも学校でもそれが考え方の原点だと思います。

探究学習を広めていくには、担い手が足りない

ー2020年教育改革でも探究型の学びに国としても舵を切り、ある意味では、時代が炭谷さんの取り組みに追いついてきたのかもしれません。ずっと現場の学校づくりに神戸で取り組まれてきましたが、今回メディアをやって広く発信していくことにしていったのはなぜでしょうか。

こういった教育について知らない人はまだまだ大勢いる。子どもたちがいきいきとできる教育があるんだよ、ということをいろんな人に知ってほしいですね。メディア「Q」にはコントリビューターとして様々な探究型の実践者が参加してくださっています。みなさん各現場で面白い教育に取り組んでおり、そういう事例をレポートしていきたい。今まで見ていた学校や自分が受けてきた教育とは違う世界があることを伝えていきたいです。

あとは実際にアクションをされている人を後押ししたい。教育現場で頑張ろうとされる方、ご家庭で自分のお子さんを育てている方、あるいは学校を新しくつくろうとされる方など、さまざまなアクションがあると思います。それぞれの現場で探究型の教育を実践する人がもっと出てきてくれればと思うのです。

ー私にも子どもがいるのですが、保護者としては、情報が多くてよくわからなくなっている部分もあります。あちこちで探究という言葉を聞くけど、どれが本当の探究なのかどうか、どれが自分の子どもには合うのか、どう判断すべきなのだろう、と。

みんな自分のやってることはいいと言いますし、探究という言葉もいろいろなレベルで使われるので、迷われる方も多いと思います。そういう時にガイドラインになるような考え方を示していきたいというのはあります。日本の教育を見て、デンマークの教育を見て、実際にラーンネットをやってきた視点からの判断軸があるので、それをお伝えしていきたい。もちろん自分以外の判断軸もあると思うので、教育現場で働いている方との探究対談などもやっていきたいと考えています。

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ーいろいろな方の探究観や取り組みを知ることができるのは、面白そうです。保護者の方に向けての発信だけでなく、探究学習の業界自体をもっと耕していきたいという思いもあるのかなと思いますが、どうですか。

もっと探究業界が大きくなり、探究学習が世の中に広まっていったらいいなと思いますが、それには子どもの探究学習の担い手が足りていない。子どもの探究学習をナビゲートする経験をしたことがある人は日本にはまだ少ないです。そういったことがやりたい人に探究ナビゲータ講座を受けてもらったり、あちこちの教育現場で実際にインターンをしたり、担い手になっていけるような機会を紹介していきたいと思っています。

異業種からの転職や参入がもっとあってもいいんですよね。「教員に一度なったらずっと教員」ではなくて、教員を経験してから別の仕事をしてもいいし、別の業界から教員になりましたというのでもいい。ラーンネットも異業種からの転職がほとんどですし、教員免許は必須ではありません。スタッフの兼業も奨励しています。週3や週4のスタッフもいて、ほぼ全員が他の仕事をしている。子どもに接するスタッフ自身が視野と経験を広げることで、子どもの視野も広がっていくと思います。

人任せではなく、教育を”自分ごと”にできる仲間を増やす

ーこれまで探究学習や教育業界についてお話を聞いてきましたが、ご自身が探究したいと思っている問い(Q)は、どのようなものなんでしょうか?

僕自身の問いは、「日本から世界に発信して貢献できることは何か」です。学びの世界は「北欧のこのスタイルがいい」とか「アメリカのこの学校がいま注目」とか海外事例の輸入ばかりなんですよね。そうじゃなくて、日本の教育のいいところを、もっと外に出していきたいなと。2010年から学長を務めている神戸情報大学院大学では、JICAと提携していて70ヵ国の留学生が探究学習に取り組んでくれていますが、「TANKYU」は海外からの留学生にも好評です。

「TANKYUには、日本人にしかない魂のようなものがあるな」というのは留学生も感じとってくれるんです。コンセプトは海外のメソッドとも近いかもしれませんが、実際に探究学習によってできたアウトプットの繊細さや几帳面さに、日本の独自性やポテンシャルがあるのではないかと思います。飽くなき追求精神というか。そういうことをもっと発信していきたいですね。

ー日本人の傾向として、教育分野に限らず、海外から輸入されてきたものを有り難がる傾向はあると思います。そのような中で、日本発の「TANKYU」が広まっていけばというのは面白いですね。炭谷さんからこのメディアに読者に問いかけたいQはありますか?

多くの人は「教育は大事だね」って言うけど、何もやらないんですよ。それが不思議です。「この学校に入れれば大丈夫だろう」とか「この塾にいれば勉強させてくれるだろう」とか人任せになってしまう人がたくさんいる。そうじゃなくて、「自分は何ができるか」を考えてほしい。

僕ももともとは別の業界で働いていて教育の専門家ではありませんでしたが、親としてデンマークで感じたことをもとに、自分ができることをやってきました。「これはちょっと違った」「やっぱりもっとこうしよう」という試行錯誤は、僕だけでなく誰にでもできることだと思うのです。

(写真:玉利康延、文:田村真菜)






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