地方であっても、なんでもできる世界をつくる。田川市で経済が回る居場所づくりに挑む「いいかねPalette」
「この町に居ても仕方がないと都会に出て行ってしまう若者が、地方には多い。僕らがつくりたいのは、地方に暮らしていたとしても、自己実現できる世界なんです」
そう話すのは、福岡県田川市のなんでもできる場所「いいかねPalette(パレット)」を運営する、株式会社BOOK代表の青柳考哉さん。ここは2014年に廃校になった猪位金小学校が新しく生まれ変わった場所。遊んだり住んだり働いたりと、様々な使い方ができるいいかねパレットは、地域内外の人の自己実現を応援してきました。
学校でも塾でもない、無償から低額でアクセスできる、地域の学び場を紹介する「まちの探究サードプレイス」。第4回目となる今回は、青柳さんにいいかねパレットの取り組みや運営上の工夫、これから目指す未来について聞きました。
地方に、新しい仕事を生み出すハブをつくる
—— はじめに、どのような経緯でいいかねパレットが立ち上がったか教えてください。
働き方の選択肢が少なく、若者が仕事を求めて都会に出てしまうことが、田川市で問題になっていました。一方で、2014年に廃校となった猪位金小学校は、活用されないまま維持管理費にお金がかかる状況に陥っていて。それで、廃校を利活用して、新しい仕事を生み出すハブとなる場所をつくろう、と。
それから学校の管理運営団体を決めるプロポーザルがあって、僕ら株式会社BOOKが手を挙げたんですよね。そんな流れで、2014年に廃校となった猪位金小学校が、2017年4月にいいかねパレットとして生まれ変わりました。
—— 青柳さんは株式会社BOOKが立ち上がった当初は、東京で映像やコンテンツ制作の企画の仕事をされていたそうですね。どのような経緯でいいかねパレットに関わることになったのですか?
プロポーザルに通った後くらいの時期に「一緒にやらないか」と会社のメンバーから誘ってもらったんです。僕は猪位金小学校の卒業生でもあったし、株式会社BOOKも僕が子どもの頃から兄ちゃんのように慕っている人たちがやっていたんですよね。
もともと僕は、大学卒業後は田川市で仕事を探したんですが、見つからず東京に出たんです。でも東京でだらしない生活を送っていたのもあって、何かを変えなきゃいけないとも思っていました。田川市で暮らしていた父親の他界も重なって。それで「これも何かの縁かな?」と2017年にBOOKに入社して、田川市にUターンしたんです。
遊び・暮らし・仕事。それぞれの使い方
—— いいかねパレットには、どのような設備があるのでしょうか?
エントランスには、自由に弾ける楽器が置かれています。他にも、調理器具が揃ったキッチンや、ビデオゲームやボードゲーム、卓球を楽しめるリラックスルーム、マルシェや音楽ライブなどに使える中庭がありますね。体育館や教室、屋上もレンタルできて、特別な1日を過ごしてもらうことができます。
音楽関連の設備には、特に力を入れています。音楽を収録できるリハーサルスタジオ、録音した音源を編集して楽曲に仕上げるコントロールルームがありますね。人気Podcast番組の「コテンラジオ」もここで収録していたんです。
ドミトリーもあるので、宿泊してもらうこともできます。バーベキューを楽しんだり、セミナーをしたり、思い切り遊んだり...。長期滞在しているメンバーもいます。それぞれの目的に合わせて、遊んだり住んだり働いたりと、いろんな人がいます。使い方は無限大ですね。
—— 遊びに来るだけではなくて、暮らしている方や、働いている方もいらっしゃるんですね。
いいかねパレットで暮らしているメンバーは、教育現場で働いている方が多いですね。多様な人材を学校現場に教師として2年間送り出す「Teach For Japan」のプログラムに参加し、教育を実践するために田川市にやって来た人などがいます。
長期滞在のサービスを始めたのも、県外からやって来てくれた彼らに、「住む場所を探すのが大変だから、ここに住んでもいいですか?」と言われたのがきっかけでした。中には、いいかねパレットに住んで活動する中で、この地域をもっとよくしたいと市議会議員になった人もいますね。
あと、働いている方もいて、テナントを募集して、教室を事務所や店舗として使ってもらっています。引きこもり支援をしている団体さんに「ここで活動したいです」と言ってもらったり、「珈琲屋をやってみたい」と話してくれていた子がカフェを始めたり。学校のプールを活用したメダカ屋さんなんかもあります。
新しいことを始めるタイミングで、いいかねパレットを使ってもらうことが多いですね。いろんな過ごし方をしている方がいるし、食堂もあるので、土日だと50−100名ほどの出入りがあります。
一度は解散も。赤字経営から5年目で黒字になるまで
—— 地方で新たなビジネスモデルをつくるのは簡単なことではないと思います。経営する上で、難しさはありますか?
正直、経営にはかなり苦労してきました。僕の前に株式会社BOOKの社長を務めていた樋口が、元々音楽制作会社の代表をしていたこともあって、いいかねパレットは最初「音楽で地域を盛り上げる」というところからスタートしたんです。
それで、音楽に力の入れた設備をつくったり、クリエイターと音楽を求めているクライアントをつなげるオンラインサービスも開発したりしたのですが、地域の需要はそうなっていなくて。一番最初に問い合わせがあったのは、地域のスポーツ団体さんの合宿利用だったんです。
それで、急遽銀行や株主からお金を集めて、いいかねパレットに新しくベッドルームをつくったのですが、団体の利用も1年間に数回しかない。それでも、スタッフは10人以上いて人件費はかかる…。
そんな状況だったので、銀行からの融資や株主から調達していた活動資金は、どんどんなくなっていきました。それで、2017年4月に立ち上げたいいかねパレットは、2018年7月に一度解散になって、僕も含めた全社員がクビになったんです。
でも、樋口と僕ともうひとりのメンバーが残って、「組織を立て直そう」と。開発していた音楽のオンラインサービスは凍結させて、いいかねパレットの運営に集中することにしました。
—— Uターンから1年で、なかなか波乱万丈ですね。経営の立て直しは、どんな工夫をされてきましたか?
まず僕らは受託関係の仕事を増やしていきましたね。映像制作など、僕らができる仕事をどんどん引き受けて。それと、長期滞在のサービスを新しく始めて、いいかねパレットで暮らせるようにしたことも大きかったです。
テナントも少しずつ増えてきて、ずっと赤字でしたが、一昨年にやっと黒字を達成することができたんです。まだほんの少しですけどね。
「音楽事業だけで安定した収入を得るのは難しいな」と分かったものの、今もいいかねパレットでは定期的に音楽イベントを開催しています。立ち上げ当初から音楽を大切にしてきたし、いわば音楽は僕らのレガシー。音楽から派生して生まれる価値はすごく大きいし、直接的に大きな収入にならなくても、集客や施設の価値向上、地域振興の文脈ですごく大きい。なので、今も音楽事業を残し、アーティスト活動をしているメンバーに、音楽事業の責任者を務めてもらっています。
大事なのは、地域の人と対話すること
—— 新しいスタイルの取り組みだからこそ、地域の方の理解を得るのは簡単ではなかったのではないでしょうか。地域の方とはどのように関係性を築いていきましたか?
最初、僕らは「地域の人たちは何もわかっていない。僕らが東京流のビジネスを教えてやる」みたいなスタンスで地域に入っていったんです。だからこそ、地域の方にも「お前らは地域や田川のことを何もわかっていない」と思われていました。
でも、会社が倒産しそうになってみて、僕らの姿勢を見直していったんですよね。僕らみたいな外から来た人間って、ただ目の前のことを見て、合理的かどうか、効率が良いか悪いかで判断しがちだと思うんです。
でも、いくら悪しき習慣に見えることでも、地域には地域の文脈があるんですよね。合理的じゃないことをやっていたとしても、それを成立させないといけなかった歴史があるはず。そのことに気づいてからは、反省することが多かったですね。
そうやって僕らの姿勢を変えていくことで、だんだん地域の方たちも変わっていきました。いいかねパレットを利用してくださったり、僕らの話を聞いてくれることが増えていったんです。応援してくださる方も増えて「ちょっと知恵貸しちゃらん?」と声をかけてもらえるようにもなりました。
地元の校区活性化協議会さんと話してて「今年から一緒にお祭りができたらいいね」という話が出て、すごく嬉しかったですね。少しずつ、やっとここまで来れたな、と。最初は全然地域の方々と対話ができていませんでした。対話を重ねていくことの重要性に、地域の方々に気づかせてもらいましたね。
大人はもちろん、地域の子どもの居場所にも
—— 地域で活動を続けるうえで大切なのは、対話なのですね。
いいかねパレットに長期滞在しているメンバーが市議会議員に立候補したときも、僕が後援会長になって地域と関わりました。活動の中で地域の方と話す場面がたくさんあって、いいかねパレットのことを知ってもらっていることや、僕らを信頼してもらっていることを知りました。
同時に、まだまだ僕らの頑張りが足りていないと感じる場面もあって、いろんなことを学ぶ機会になりましたね。そうやって、少しずつ地域の方と関係性をつくっています。
—— 地域の子どもたちとは、どのように関わっていますか?
特に土日には地域の子どもたちがたくさん遊びに来て、楽器を弾いたり卓球をしたり、思い思いに過ごしています。子どもたちが参加できる音楽ライブやワークショップなどのイベントも開催していますね。
最近は、いいかねパレットの裏山を蘇らせるプロジェクト「裏山再生計画」もありました。猪位金小学校の卒業生が中心となったプロジェクトで、いいかねパレット内に入居しているアートNPO法人「アーツトンネル」と一緒になって開催したイベントです。子どもだちや地域の人たちと一緒に草木を刈ったり落ち葉を集めたりして裏山を掃除したんです。
かつて、裏山は学校の中で一番人気の場所だったんですが、廃校後は手入れができていなかったんですよね。裏山を子どもも大人も楽しめる場所にしようということで始まったのが裏山再生計画です。最近では、子どもたちが裏山で遊ぶ姿も徐々に見られるようになって、嬉しいですね。
進学して田川市を離れた子が、長期休みに戻ってきて顔を出してくれたりもします。そういうのも嬉しいなあと思っています。
地方であっても、経済が回る拠点をつくりたい
—— 大変な状況もかなりあったと思いますが、青柳さんは楽しんで取り組んでいる印象を受けます。 最後に、これからチャレンジしたいことを教えてください。
いいかねパレットに関わる人たちで、いいかねパレットを運営できるように仕組みをつくりたいですね。今は僕らが運営を担っていますが、テナントで入っている方や住んでいる方、遊びに来ている方で、もっと自治的にこの場が運営できるようになったらいいな、と。どうやったらそんな場所がつくれるか考えているところです。
それと、いいかねパレットをひとつの国のような場所、経済が回る場所にしたい。それは、地方であっても経済が回る場所を確立できたら、いろんな地域の人たちが僕らのモデルを使えると思うからです。
音楽や映像、ゲストハウスに飲食と、経済合理性だけを追い求めれば、僕らは都会で活動した方がいいと思うんですよ。市場も観光資源も少ない田川市でチャレンジする意味はないのかもしれない。でも、僕らはここ田川で活動を続けたい。日本中でも僕らの地元と同じような課題を抱えている地域はたくさんあるので、みんなで新たなモデルをつくれたらいいなと思っています。
地方で暮らしながらも音楽や好きなことはいくらでもできる。そうやって自己実現を目指す全ての人を応援したい。いいかねパレットに関わっている一人ひとりが、それぞれの才能や個性を発揮できる、そんな世界をつくっていきたいです。
—— ありがとうございました!これからの活動も応援しています。
現在いいかねPaletteでは、施設運営サービススタッフを募集しているそうです。大学生や未経験も歓迎とのこと。興味がある方は、一度いいかねPaletteへ遊びに行ってみてください。
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