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褐色細胞腫闘病記 第1回「冬でもノースリーブ」

私は、毎日暑い。

そう、気が付いたら私はいつの間にかとんでもない暑がりになっていた。
もともと私はとても寒がりで、冬が大嫌いだった。秋風が吹くころになると人より早くセーターを着こみ、寝るときには靴下をはかないと眠れず、だから、どちらかといえば夏は得意だった。

だが。30歳を過ぎたころだろうか。なんだかいつも私は暑がっていた。
夏は地獄だった。冷房はいつも20℃設定。ピアノ教室の講師をしていた私は、出張レッスン先の冷房が効いていないことがそのころの大きな悩みだった。
そしてある日、生徒の父兄から苦情が入る。

「先生、お教室が寒すぎるって子供が震えて帰ってきます。冷房の温度をもう少し上げてください」

・・・何を言ってる。
20℃だって私はこんなに暑いんだ。みんなどうかしてるんじゃないのか?
試しに妹に教室に入ってもらった。
「お姉ちゃん、無理、これは無理! 寒いよ!」
え・・・私、ひょっとして体質変わった?

季節が冬になり外気が下がってようやく私の「暑さ」は緩んだ。でも、セーターが着られない。気温が10℃を下回っている日も、私は薄い半袖のブラウスが快適だった。いや、正直言うと半袖でも暑かった。さすがに変に思われるので外に行くときはノースリーブは着なかったが、家の中では常にノースリーブだった。

クリスマスが近い冬の日、当時付き合っている彼氏(のちに旦那となる)とデパートに行った。
デパートは客に極上のサービスを提供する場だ。そう、真冬でも「寒さ」を一切感じさせない気遣いが溢れている。おそらく22℃くらいの温度の暖房の暑さに私は耐え切れず、目の前がふわっと揺れる。
「え、なにこれ。汗?」
額から大量の水。冷や汗だ。動悸。めまい。ああ、これは尋常ではない。
この暑さはなんだ。どうしてみんな平気な顔をしているんだ。

異次元に来たような気持ち悪さを感じ、私はトイレに駆け込み吐く。

「え、なんだよどうしたの?」彼氏が心配そうに私の顔を覗き込む。
「暑い!!! どうしてみんな暑くないの?」
「え?  どうした?  熱でもあるのかな」
…違う。これは違う。何かが変だ。

「ごめんなさい、もう帰りたいんだけど。」
私はもう一度トイレに入り、こっそりと念のため持ってきていたノースリーブに着替える。もう人の目などどうでもいい。とにかくこの暑さから解放されたかった。

彼氏の車の中、冷房をガンガンかけてもらう。
「おいおい、寒いよ」
「寒くない!  暑いよ!」
「家に帰ったら熱測るといいよ、きっと風邪だよ」

彼が冷房の寒さに震えながら上着を着こむ。
私はただ、早く家についてアイスクリームを食べたいとだけ願っていた。

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