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安全保障協力の4つの方法:「同盟」から「戦略的パートナーシップ」まで

2000年代に入り、国家間の安全保障協力の方法が多様化しつつあります。特にインド太平洋地域の安全保障協力は多層化しています。今回は4つの安全保障協力の方法について投稿します。

国家間の提携(アライメント)

国家間の安全保障協力関係の構築を「提携(Alignment)」と言います。国際政治学者のトーマス・ウィルキンズ氏によると提携には、大きく分けて4つの方法があります。「同盟(Alliance)」、「連合(Coalition)」、「安全保障共同体(Secuirty Community)」、「戦略的パートナーシップ(Strategic Partnership)」です。

・インド太平洋地域の安全保障協力の背景

まず最初にインド太平洋地域における安全保障協力に関する簡単な背景を記載します。第二次世界大戦後、インド太平洋地域では日米安全保障条約(日米同盟)、米韓相互防衛条約(米韓同盟)、台湾関係法(事実上の米華同盟)、米比相互防衛条約(米比同盟)、太平洋安全保障条約(ANZUS)など米国が中心となるハブ・アンド・スポーク型の「同盟」が構築されました。その後、冷戦の終結で同盟不要論もありましたが、中国の台頭により同盟の意義が見直されました。他方で米国のプレゼンスの相対的低下とトランプ政権下の自国第一主義により、安全保障体制が徐々に見直されています。特に近年は、米国の同盟各国が互いに「戦略的パートナーシップ」や「安全保障共同体」を構築し、同盟のネットワーク化を進めています。以上が、簡単な背景です。

1. 同盟(Alliance)

まず、提携の中で最も明確な方法が「同盟」です。国際政治学者のグレン・スナイダー氏は「同盟」を次のように定義しています。

「(同盟とは)それが明示化されているか否かに関わらず、特定の諸国に対する安全保障、あるいはその構成国の増大を企図した、軍事力の行使(または不行使)のための諸国家の公式の結びつき」

また、他の定義として、国際政治学者のスティーブン・ウォルトは狭義として次のように述べています。

「特定の状況において外部のアクターに対して相互の軍事支援をする約束」

ただ、ウォルトの定義は「相互」としていますが、実際には相互援助ではなく一方的保証も同盟に含まれます。「台湾基本法(実質的な米華同盟)」、1939年の「ポーランド・イギリス相互援助条約」、「ポーランド・フランス相互援助条約」なども一方的な保証ですが、同盟に含まれます。また、同盟は二国間に限らず「北大西洋条約機構(NATO)」や「ワルシャワ条約機構」など多国間同盟もあります。

・同盟のメリット

なぜ各国は同盟を締結するのでしょうか。スナイダーは同盟の3つの価値を挙げています。

1. 抑止:攻撃される可能性の低下
2. 防衛:攻撃に対処する際の力の増幅
3. 阻害:対立する同盟に同盟国が参加することの阻止

上記の価値を勘案した上で、各国は同盟を締結します。

・同盟のデメリット

同盟には「巻き込まれ(entrapment)」「見捨てられ(abandonment)」のジレンマが存在します。同盟を締結していると、自国が共有しない同盟国の利益をめぐって、戦争に巻き込まれるリスクがあります。他方で、同盟国への関与を弱めると、いざという時に支援を受けられないリスクがあります。これを「同盟のジレンマ」と言います。

また、同盟と自律性はトレードオフの関係にあります。どちらかを追求すれば他方を犠牲せざる得ません。例えば、インドは自国の「戦略的自律性」を重視しており、非同盟を堅持しています。(ソ連と緊密な関係にありましたが、同盟ではありませんでした。)

2. 連合(Coalition)

次に「連合」についてです。「連合」と「同盟」は同義語として使用される場合もありますが、国際政治学者のアンドリュー・ピエールは「連合」を次のように定義しています。

特定の時期に特定の問題について共同で行動する必要性に同意し、永続的な関係を約束することなく、価値を共有する国家の集まり

アントニー・ライスは連合の非永続性を強調し、同盟と連合の違いを次のように指摘しています。

連合は、永続的な要素を持つ同盟とは異なり、特定の目的のために設立されたその場しのぎの短期的なものである。

連合の例としては、湾岸戦争時の多国籍軍です。多国籍軍は英語で「coalition forces」と言い、直訳すると連合軍です。しかし、最近は「連合」の意味が変化しつつあります。例えば、先日、アーミテージ・ナイ・レポートの翻訳を投稿しましたが、その際にも「連合」について下記の記載がありました。

共通の利益と価値観に基づく一連のネットワーク化された連合は、共通の地政学的、経済的、技術的、ガバナンスの目標を保護するために重要である。(中略)日米同盟は、この一連の連合の核となるべきである。
A series of networked coalitions based on shared interests and values is critical to protecting common geostrategic, economic, technological, and governance objectives. (...) The U.S.-Japan alliance should become the nucleus of this set of coalitions.

上記の「連合」は湾岸戦争時の連合とは異なる意味を持ちます。必ずしも短期的な繋がりではなく、共通の利益と価値観に基づく「同志国(like-minded countries)の集まり」を「連合」と呼んでいます。また、内容も安全保障だけでなく、多岐に渡る分野での協力関係が含まれています。また、英国のボリス・ジョンソンが提案したD10も「民主主義国10カ国の連合」と説明されています。

3. 安全保障共同体(Security Community)

次に「安全保障共同体」です。安全保障共同体は次のように定義されています。

漸進的な信頼醸成と統合を通じた平和的な国家の共同体の形成

EUや米加・米墨関係が例です。安全保障共同体の内では、戦争のような大規模な武力の行使が起こりにくいか、もしくはほとんど考えられません。EUのような共通政府を持つ必要はなく、米加・米墨関係のように主権国家同士の間でも安全保障共同体の形成は可能です。(前者を統合的共同体、後者を多元的共同体と言います。)

近年の安全保障共同体の代表例は「ASEAN安全保障共同体(ASEAN Security Community, ASC)」です。ASEAN域内外の安全保障協力の促進を目的として、2003年にインドネシアの発案で議論が始まりました。インドネシアはASCがSEATOのような同盟ではないと強調しています。

4. 戦略的パートナーシップ(Strategic Partnership)

冷戦後に最も一般的な提携になったのが「戦略的パートナーシップ」による安全保障協力です。1990年代後半から現在まで、無数の戦略的パートナーシップが結ばれてきました。「戦略的パートナーシップ」に明確な定義はありません。トーマス・ウィルキンズは次のように定義しています。

経済的な機会を共同で享受したり、単独では達成できない安全保障上の課題に効果的に対応するための国家(又は他のアクター)間の構造化された協力

・戦略的パートナーシップの特徴

ウィルキンズは戦略的パートナーシップの4つの特徴を挙げています。

1. 共通の利益:共通の利益に基づいており、必ずしも共通の価値観ではない。
2. 特定の目的:特定の目的に基づいており、特定の他国の脅威を念頭に置いていない。
3. 低いコミットメントレベル:明示的に締結される正式の同盟とは異なり、非公式的でありコミットメントのレベルが低い傾向がある。
4. 経済重視:安全保障だけでなく、経済的交流が重要な協力分野である。

上記の通り、戦略的パートナーシップは「同盟」と異なり、自国の自律性を損なうことなく、「巻き込まれ(entrapment)」のリスクもありません。したがって2000年代に入り、多数の戦略的パートナーシップが締結されてきました。他方で戦略的パートナーシップは便利な外交ツールであるが故に内容に濃淡があり、中には今までの協力関係を再定義した程度のものもあります。

・インドの戦略的パートナーシップ

インド外交は「全方位型戦略的パートナーシップ」と呼ばれ、特に戦略的パートナーシップの活用が目立っています。

アメリカ(2004年)、イギリス(2004年)、フランス(1998年)、ドイツ(2001年)、日本(2006年)、ロシア(2000年)、中国(2005年)、南アフリカ(1997年)、インドネシア(2005年)、ブラジル(2006年)など、インドは大国と呼ばれる国の多くと戦略的パートナーシップを締結しています。なお、インド外交については下記の本がオススメです。

安全保障協力の今後

インド太平洋地域では米国の「ハブ・アンド・スポーク」型の同盟が安全保障の基盤を担ってきました。しかし、冷戦終結と中国台頭により、米国中心の「ハブ・アンド・スポーク」型の同盟は、戦略的パートナーシップなどを通じて「ネットワーク」型へ移行しつつあります。さらに、このネットワーク型の協力関係が「連合」を通じて強固になりつつ、他方でASEANでは「安全保障共同体」が生まれつつある。以上が、簡単なインド太平洋地域における安全保障協力体制です。

しかし、実際にはさらに多層的であり、複雑です。上記のように安全保障協力を4つに分類した方法も理論的に定まっていません。例えば、日豪の「特別な戦略的パートナーシップ(Special Strategic Partnership)」はメディアで「準同盟」と報じられています。(英語では「Quasi-alliance(擬似同盟)」と言われています。)複雑なインド太平洋地域における安全保障協力体制を説明するには更なる理論的枠組みが必要です。

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