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Exercise Induced Hypoalgesia:EIH

久しぶりの投稿になりました。タンケ(@tanke_94pt)です^ ^

前記事「慢性疼痛が引き起こす社会的不利益とは?」へ、たくさんの反応を頂き、ありがとうございました!

今回のnoteはタイトルの通り、「運動による疼痛抑制効果」と題して、主にはExercise induced hypoalgesia(EIH)に関しての内容を書いています。

EIHに関連する疼痛抑制機構の脳内メカニズムやEIH効果を引き出す運動の条件は何なのか、などの内容が中心になります。

メカニズム自体はまだまだしっかり解明されているわけではないことは事実として持っておかねばいけませんが、現状わかってきていることに対して理解を深めるきっかけとしてお役に立てればと思います。

脳内メカニズムに関しては少し細かく難しい部分もあるかと思いますが、疼痛を理解するためにはとても重要な知識であるため、なるべくシンプルにまとめたので最後まで読んでいただけると嬉しいです^ ^

さっそく本文に入っていきましょう!
(このnoteの内容は全て無料でお読みいただけます)

①疼痛抑制効果 EIHとは?

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まず、EIHとはExercise induced hypoalgesiaの略で、exercise→運動、induced→誘発する、hypoalgesia→痛覚鈍麻と訳されます。

直訳するとEIH=運動誘発性痛覚鈍麻となります。

EIHは有酸素運動などをすることによって筋代謝が生じ、身体の疼痛調節機構へ影響を与えることで今起こっている痛みの自覚的強度を調節します。

その調節にはオピオイドやカンナビノイドと呼ばれる物質とそれが作用する視床下部や腹側被蓋野、前頭前野などの脳報酬系と呼ばれる様な中枢神経系領域が大きく関わります。

このようなワードは聞き慣れない方や今まで避けて通ってこられた方も少なくないのではと思いますが、今回のnoteでその機能を学ぶきっかけになればと思います。

②運動から疼痛調節までの全体像

 運動は大きく、強制運動と自発運動(voluntary exercise)に大別され、されに慣れない急な運動(acute exercise)と慣れている継続した運動(continued exercise)にわけることができます。

EIH効果としては強制運動でも自発運動でも効果はみられるという報告はありますが、強制運動ではストレス性反応も出現するというものもあります。慣れない運動では運動誘発性疼痛(Exercise induced hyperalgesia)を惹起することの懸念もあります。

ですので、EIH効果を狙うには自発的で継続した運動が必要になります。

自発的で継続した運動を行うことにより脳報酬系が活性化されることで下行性疼痛抑制系などの疼痛修飾系が作用します。

運動中あるいは運動後にこれらが機能し自覚的疼痛強度を低下させることで運動に対する恐怖感・回避行動などが減少し、運動に対する意欲が向上し、積極的に取り組めるようになった結果、運動耐用能が向上し、それらはさらに運動誘発性疼痛抑制へとサイクルが形成され好循環が生まれます。

そこで生じる疑問として

◉運動が脳報酬系に作用するメカニズムは?
◉運動の種類・強度・時間・頻度はどれくらい?

などが挙がります。

次章では、それらについて触れていきたいと思います。

③運動による脳報酬系活性化メカニズム

まずは脳報酬系について大まかに解説します。

③-1 脳報酬系とは?

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脳報酬系とは腹側被蓋野(VTA)に入力された刺激により同部位でドーパミンが産生され、側坐核(NAc)や腹側淡蒼球(vp)、前頭前野(内側部:medial PFC)に投射されることで行動意欲や快情動、下降性疼痛抑制系の賦活といった機能を発揮するシステムのことを言います。

Mesolimbic dopamine system(中脳辺縁ドパミン系:MDS)とも呼ばれます。

ヒトが何かしらの報酬を受けるときは腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)や腹側淡蒼球(VP)に向けてドーパミンが放出されます。ここでいう報酬とは例えば"運動関連領野で作成した運動プログラムなどのフィードフォワード情報とフィードバック情報の誤差が少なかった"なども含まれます。

意図した運動ができた時などに報酬系は活性化し側坐核(NAc)ニューロンが活性化すると下行性疼痛抑制機構や脳内のμ-オピオイドと呼ばれる物質が活性化し鎮痛効果、幸福感・高揚感・達成感などに包まれます。

さらにMDSは生体が侵害刺激に侵され痛みを感じた時にも活性化し鎮痛をもたらします。

このシステムに関与するのは脳幹に存在する腕傍核(nucleus parabrachialis:PB)と呼ばれる領域です。腕傍核(PB)から扁桃体(amyg)を経て腹側被蓋野(VTA)に達してドーパミンニューロンが活性化することで下行性疼痛抑制機構が活性化し鎮痛効果を及ぼします。下記の図では腕傍核→扁桃体中心核→PAG(中脳水道周囲灰白質)が疼痛抑制機構の流れになります。

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ここまでで一つ重要な点は、報酬系を活性化するためには"自分で意図した運動をすること、それに対して適切なフィードバックが返ってくること"がとても重要な点だと僕は考えています。

"自分で意図した運動"には、強度や力を入れるべき場所、収縮感覚、開始姿勢や運動方向、視覚的イメージ、運動をすることの意味や効果を理解している、などが含まれると思っています。

"適切なフィードバックが返ってくる"ためには体性感覚機能に低下があっては成り立ちませんし、視覚などの特殊感覚、内臓機能をはじめとした自律神経系機能に低下があっても適切な(あらかじめ予測された)フィードバックは返ってこないのかもしれません。

これらの条件をできる限り満たしたうえで自分で選択した運動を行うことで脳報酬系は活性化され鎮痛作用をもたらすものなのだと僕は考えています。

次章では下行性疼痛抑制機構について解説します。

③-2 下降性疼痛抑制系とは?

下降性疼痛抑制系とは脳幹の中脳水道周囲灰白質(PAG)を起点としてセロトニンやノルアドレナリンが伝達物質として脊髄後角での痛覚伝達においてその伝達調整機構として働くシステムのことをいいます。

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通常の痛覚伝達では、侵害受容器が受け取った侵害刺激を1次ニューロン(Aδ線維・C線維)によって脊髄後角に伝え、脊髄後角から2次ニューロン(脊髄視床路など)によって視床に、3次ニューロンによって大脳皮質の1次体性感覚野に投射されることでヒトは痛みを感じます。

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下降性疼痛抑制系では、中脳の中脳水道周囲灰白質(PAG)とよばれる領域から放出されるセロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質が1次ニューロンから脊髄後角(2次ニューロン)へ伝達される痛覚情報を抑制することで、それ以降の痛覚入力が減少し、痛みの強度が低下します。

中脳辺縁ドパミン系(MDS)や下行性疼痛抑制系のような調節機構が機能するために必要なコントロール係とも呼べる働きをするのが前頭前野(pre-frontal cortex:PFC)と呼ばれる大脳皮質領域です。

次はこの前頭前野について解説します。

③-3 前頭前野の働きとは?

前頭前野(Pre-frontal cortex:PFC)は脳の系統発生上、最も新しく発達した領域で理性・思考・創造性・行動の企画・意思決定・意欲・道徳観の発達など、高次精神活動の中心となっている領域です。

前頭前野(PFC)は機能的/解剖学的に3つの領域に大別されます。

①外側前頭前野(Lateral pre-frontal cortex:LPFC)
②内側前頭前野(Medial pre frontal cortex:MPFC)
③眼窩前頭前野(Orbitofrontal cortex:OFC)

です。

なかでも、外側前頭前野はさらに、

背外側前頭前野(Dorsolateral PFC:DLPFC)
腹外側前頭前野(Ventrolateral PFC:VLPFC)

に分けられます。背外側部は目標設定や行動企図に関与します。

内側前頭前野(mPFC)は扁桃体(Amygdala)や島皮質(Insula)、側坐核(NAc)などの情動領域とのネットワークを形成しており、報酬系に大きく関与する領域です。

外側前頭前野(LPFC)と内側前頭前野(MPFC)にはお互いに拮抗する働きがあり、どちらかが強く働いている状況下ではもう一方は抑制される関係にあります。

つまり痛みに強く囚われており、気分も落ち込んでいて、行動意欲が湧かない。といった状態は内側前頭前野が強く働いていることで外側前頭前野を抑制されている状態であると言えます。

ここで一つとても重要なのが、内側前頭前野(mPFC)が扁桃体(amyg)と強く関わりを持っており、扁桃体(amyg)が過剰に興奮していると、内側前頭前野(mPFC)も過剰に働くということです。扁桃体が過剰に働くような負情動が存在すると内側前頭前野の過剰興奮を招き、内側前頭前野が側坐核(NAc)との報酬系ネットワークにより痛みによる負情動に対して"それを回避する行動をとることで痛みから逃れることを報酬として学習する"回避行動学習を招くことです。

慢性疼痛のリハビリテーションにおいてはいかに外側前頭前野の活性を高めるかということが重要な点の一つであり、本noteで書いているEIH機序にも大きく影響するところです。

ここまでをまとめると、

痛みは長期化することで負情動を強め内側前頭前野の活動を高め、回避行動学習を強化します。それと同時に外側前頭前野の働きは抑制され、自発的な目標設定・行動意欲は低下し下行性疼痛抑制機構の機能不全を引き起こすことで痛みの抑制機能が低下し、さらなる疼痛を招きます。

この一連の流れを食い止めるために重要なのが外側前頭前野の活動性を高めることであり、EIHを考慮した運動療法はその役割を担ってくれる可能性があります。

次項では早速そのEIH機序について解説していきます!

④Exercise induced hypoalgesiaの脳内機序について

この章の話は結構細かいです。笑

この章でお話しする内容をざっくりまとめると下図のようになります。↓

2020-12-13 14.26のイメージ

そしてこれをもう少し詳しくまとめると下図のようになります。↓

2020-12-13 10.33のイメージ

この章では上図の内容の解説を中心にお話ししていきます。

まず、脳報酬系や下行性疼痛抑制系に加えて、EIHが中枢神経系領域に作用することにおいて重要な領域が3つあります。

外側手綱核(lateral habenular nucleus :LHb)
視床下部外側部(lateral hypothalamic area :LHA)
背外側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus :LDT)

これらの領域の解剖学とこれらがEIHにおける疼痛抑制に関わる機序(上図の内容)について解説します。

④-1 上記3領域の解剖学

④-1-1外側手綱核(LHb)

LHbは、線条体および大脳辺縁系前脳から大脳辺縁系中脳領域への情報の伝達に重要な役割を果たしており、大脳基底核の機能と密接に関連している可能性があります。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2100216/)

LHbは視床上部に属する神経核です。

慢性疼痛におけるEIH機序のなかでLHbは痛みによって活性化され、腹側被蓋野(VTA)に対して抑制性に働き、脳報酬系の働きを抑制する作用があります。

④-1-2 視床下部外側部(LHA)

視床下部外側野(LHA)は、摂食と強化の両方のプロセスに重要であることが知られている細胞的に異質な脳領域であると言われています。((https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4710762/)

視床下部外側野(LHA)ニューロンが摂食と報酬の重要な負の調節因子であり、外側手綱核(LHb)ニューロンの直接的な興奮を介して動機づけられた行動に影響を与えるのではないかと言われるほど、LHbとLHAには強い関係性があります。

視床下部外側野(LHA)にはオレキシンと呼ばれる神経ペプチドが局在しています。LHAの他には脳弓周囲部(PFA)や視床下部背内側野(DMH)にも存在します。PFAやDMHのオレキシンニューロンは覚醒やストレス反応の調節に関与するのに対して、LHAのオレキシンニューロンは腹側被蓋野(VTA)に興奮性の投射を送り、同部位のドーパミンニューロンを活性化することで鎮痛に関与します。

この視床下部外側野(LHA)はEIH機序においては自発運動を行うことにより活性化し、外側手綱核(LHb)とは反対に腹側被蓋野(VTA)に対して興奮性に働き、脳報酬系の働きを促進する作用があります。

④-1-3 背外側被蓋核(LDT)

LDTは脳幹に存在する神経核で、脚橋被蓋核(PPN)と機能的に関連する脳幹構造であり、行動状態の制御と感覚運動統合に関与していると言われています。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5958217/)

*PPNは上行性網様体賦活系の一部として覚醒や睡眠に関わる一方で、学習や報酬にも大きく関与する領域です。

この背外側被蓋核(LDT)はEIH機序においては腹側被蓋野(VTA)に対して興奮性にも抑制性にも関与します。長期的に痛みが入力されている場面においては腹側被蓋野(VTA)に対して抑制性に入力し脳報酬系の機能を抑制する働きがあるのに対して、自発運動によりEIH機序が働く場面においては背外側被蓋核(LDT)も腹側被蓋野(VTA)に対して興奮性に作用し脳報酬系の働きを促進する働きがあります。

そして、この背外側被蓋野(LDT)は走運動により活性化される事が言われてます。

このように走動作によって活性化される背外側被蓋野(LDT)や自発運動によって発現するオレキシンによって活性化される視床下部外側野(LHA)などの作用により腹側被蓋野(VTA)は鎮痛メカニズムを発動させることができます。

以上の3つが脳報酬系・下行性疼痛抑制系の共にEIH機序において重要となる領域です。これを踏まえてEIH機序を解説していきます。

④-2 EIH発現の脳内メカニズムについて

④-2-1 痛み入力が慢性化するまで

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痛みは長期的に入力され続けると末梢性/中枢性感作などのメカニズムにより痛みへの感受性が増大します。増大した痛覚入力の一部は背外側被蓋核(LDT)や外側手綱核(LHb)などを興奮させ、腹側被蓋野(VTA)による脳報酬系-下行性疼痛抑制機序の働きを抑制します。さらに扁桃体(Amyg)の基底外側核(BLA)や中心核(CeA)などを興奮させることで痛みと負情動が学習され、恐怖条件付けが成立します。それにより過剰に活性化した内側前頭前野(mPFC)は側坐核(NAc)と負情動をさらに強めるネットワークを形成し、外側前頭前野(lPFC)の働きを抑制した結果、中脳水道周囲灰白質(PAG)からの下行性疼痛抑制系が抑制され続けることでさらなる痛覚入力を招き痛みは慢性化します。

この負のサイクルに歯止めをかけるのがEIH機序です。

④-2-2 自発運動による疼痛抑制のメカニズム

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自発運動により誘発されるEIHでは、腹側被蓋野(VTA)の特に外側部に興奮性に入力され、ドーパミン産生を促します。産生され放出されたドーパミンは扁桃体(Amyg)の基底核(BA)と中心核(CeA)に投射されます。

基底核(BA)では主に基底核内側部(mBA)に興奮性に投射され、これはグルタミン酸の放出を促進することで側坐核(NAc)に対して興奮性に入力し報酬系を促進します。

中心核(CeA)では主に中心核外包部(CeC)に抑制性に投射され、ここでは学習された不快感や恐怖感などの消去学習を促進します。

こうして自発運動によって扁桃体に投射されたことで自分で行った運動が自分にとって有益(報酬)なものであることが学習されるようになります。

扁桃体基底核(BA)から側坐核(NAc)に投射された後は脳報酬系-下行性疼痛抑制系の機能が本領を発揮し、疼痛抑制を行います。

これが自発運動によって疼痛抑制に至る簡単なメカニズムです。

次項では、

じゃあEIH誘発に必要な自発運動ってどんな運動?

というところを様々な報告を元に解説していきます。

⑤Exercise induced hypoalgesia(EIH)の発現に必要な運動強度とは?

ここではいくつかの論文をもとにEIH効果を引き出すための条件について見ていこうと思います。

論文1.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2015/0/2015_0690/_pdf/-char/ja

対象は健常男性 19 名とし,トレッドミルによる有酸素運動を 40%HRR(低強度運動),60%HRR(中強度運動),75%HRR(高強度運動)の 3 強度とし,全強度の運動をそれぞれ別日に15 分間、無作為に実施した。15 分間の有酸素運動では,低・中強度運動により上行性の侵害受容入力の増幅や中枢性感作を反映するとされる TS が抑制され,低強度ほどその抑制効果は持続した。一方,CPM は侵害刺激入力を下行性に抑制する中枢性疼痛抑制作用を反 映し,その効果は持続性を含め高・中強度運動によって著明な増強を示した。以上のことから,有酸素運動による疼痛抑制効果 には中枢性の疼痛修飾系が関与すると考えられるが,その作用機序は運動強度により異なる可能性が示唆された。

論文2.

https://journals.lww.com/acsm-msse/Fulltext/2017/05000/Exercise_Induced_Hypoalgesia_Is_Not_Influenced_by.14.aspx

この論文では、女性50名に対して、①高強度の身体活動 ②有酸素運動+抵抗運動 ③有酸素運動+高強度な抵抗運動 ④低強度の身体活動 に分類して圧痛強度の測定を行うことで、身体活動のレベル・種類とEIHの効果について検討しました。結果は、身体活動のレベルや種類とEIH効果との関連性はありませんでした。

論文3.

健康な若年男性12名と女性15名を対象に①70%HRでのエルゴ(高強度有酸素運動) ②50%HRでのエルゴ(中等度有酸素運動) ③コントロール群 に分類し、運動後に疼痛検査を実施しました。その結果、低強度有酸素運動は連続的・反復的なパルス熱刺激を用いて鎮痛効果を発揮することが示唆されたが、中等度よりも高強度の方がより大きな効果が得られることから、用量反応効果が明らかになった。

論文4.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cjpt/2014/0/2014_0425/_pdf/-char/ja

健常男性 22 名、女性 23 名とし,全身運動群,下肢運動群,上肢運動群の 3 群に無作為に振り分けた。全身運動群はトレッドミル歩行,下肢運動群は自転車エルゴメーター,上肢運動群はクランクエルゴメーターを各 20 分間行わせた。運動強度は予測最大心拍数を算出し、40%HRRに設定した。評価項目は,圧痛閾値,心拍変動,および主観的運動強度の指標である Borg scale とした。結果はいづれの運動も測定値の上昇を示し各群間で差はありませんでした。

これらの報告を見てみると高強度な運動で鎮痛効果が期待できるというものもありますが、あまり運動のレベルによって鎮痛効果が大きく変化するような印象は薄いように思えます。

ですので、EIH効果を引き出すための運動を考える際にはそれぞれの患者さんに合った運動を継続的に指導していくことが重要なのだと思います。

では、なぜ"患者さんに合った運動"が重要なのでしょうか?

そこには「アドヒアランスと鎮痛効果の関係性」に重要なヒントが隠れています。

次章ではアドヒアランスという言葉と鎮痛効果の関係性について解説していきたいと思います。

⑥アドヒアランスと鎮痛効果の関係性

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痛みを患う患者さんへのリハビリテーションを実践していく上でEIH効果を知識として持っておくことはとても重要なことだとこのnoteをとして感じてもえらえていれば幸いです。

しかしEIH効果を発揮するためにはただ闇雲に患者さんに運動をさせれば良いかとなるとそうではありません。

一度切りの運動(acute exercise)ではEIHは短期的効果を示すのみで長続きせず中枢性感作や下行性疼痛抑制系の機能低下をきたしているような患者さん(特に高齢者)ではむしろ逆効果(痛覚過敏)を示す可能性があります。

さらにこのような患者さんに闇雲に運動をさせることは長期的な疲労の蓄積につながり、運動による痛みの憎悪→運動恐怖感の増加→運動回避→活動量減少→運動耐用能の低下をきたした結果、易疲労性が助長され、運動誘発性疼痛(exercise induced hyperalgesia)を生じやすくする可能性があります。

このような結果を回避するためには医療者と患者との間でアドヒアランスが確立されていることが大きな要因になってきます。

アドヒアランスとは、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って自ら行動することをいいます。

ですので、医療者が決めた運動処方を患者さんがそれに従って行うだけのプログラムではアドヒアランスが確立された運動療法とは言えません。

EIH効果を発揮させるためにはこの"アドヒアランス"がしっかり確立されていることが大きな第一歩となります。

⑦運動処方のポイント

⑦-1 目標設定

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アドヒアランスを確立させた上でEIH効果を発揮させるための運動療法の導入において、まず初めに大事なのは患者との目標設定です。

目標は医療者から提示されるものではなく患者自身の意思決定(decision making)が重要になります。

そしてここでポイントになるのがこの目標が「痛みの減少」に留まらないことです。趣味で教室に通っていて痛みによりそれを諦めていたのならそこに通い直すことを目標にする。痛みが強くて公共交通機関を使って買い物に行くのを諦めていたのであればそれができるようになる。などです。すなわちQOLの改善を患者自身が感じられる行動レベルで目標を立てることです。

⑦-2 患者教育

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前回のnoteでも触れましたが、痛みを患う患者さんのほとんどは痛みの原因を器質的なものにあるものだという考え方をされます。しかし痛みは器質的なものだけでは説明ができません。痛みの生物心理社会的モデルで提唱されるように痛みの要因となる因子は様々です。

患者教育ではまずそこを納得してもらいます。

そしてこれから行うであろう運動療法は患者さんにとってどんなメリットがあるのか、どれぐらいの強度で行うのか、どんなところに気をつければいいのか、などの情報を説明し患者自身が納得し安心感(Reassurance)を持った状態で運動療法に移行できることが望ましいです。

⑦-3 運動の種類

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運動を行なっていく上で種類は多すぎないほうが望ましいです。

長時間よりも短時間で

複雑な運動よりも単純な運動で

行うことが望ましく、一般的には有酸素運動や低強度の筋力強化、ストレッチングなどの運動療法が用いられます。

運動を介した脳報酬系による疼痛抑制機能を発揮するための運動強度は大体3メッツであるとの報告があります(出どころが見つかりませんでした...)

3メッツ以下での身体活動については

・皿洗いをする(1.8 メッツ)
・洗濯をする(2.0 メッツ)
・立って食事の支度をする(2.0 メッツ)
・こどもと軽く遊ぶ(2.2 メッツ) 
・時々立ち止まりながら買い物や散歩をする(2.0~3.0 メッツ)
・ストレッチングをする(2.3 メッツ)
・ガーデニングや水やりをする(2.3 メッツ)
・動物の世話をする(2.3 メッツ)
・座ってラジオ体操をする(2.8 メッツ)
・ゆっくりと平地を歩く(2.8 メッツ)

などがあります。[厚労省ホームページより]

3メッツ以上では、

・普通歩行(3.0 メッツ)
・犬の散歩をする(3.0 メッツ)
・そうじをする(3.3 メッツ)
・自転車に乗る(3.5~6.8 メッツ)
・速歩きをする(4.3~5.0 メッツ)
・こどもと活発に遊ぶ(5.8 メッツ)
・農作業をする(7.8 メッツ)
・階段を速く上る(8.8 メッツ)

などが挙がります。

3メッツ近辺って結構ハードル低そうに感じませんか?
脳報酬系を介した疼痛抑制に必要な運動強度っておおよそこれくらいでも十分だということです。気軽に実践できそうですね!

⑦-4 ペーシングと運動量の設定

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運動をいざ実践し「調子づいてきたぞ!」と思えてきた頃に陥りやすいのが、
運動強度を急にあげてしまってそれが負担になってしまうことです。

運動のペース配分は、まずは物足りないくらいの低負荷・短時間のレベルで開始しチェックしていくことが大事です。

運動に対して「できた」という成功体験を多く積み上げていくことで脳報酬系はさらに効果的に働くことができます。

このようなポイントに気を配りながら、患者さんにとってのベストな運動療法を提供できるようにしていくことが重要です^^

⑧最後に

いかがでしたでしょうか?

疼痛抑制機構のメカニズムについてかなり細かいお話まで書き連ねましたが、これらの知識は痛みに苦しむ患者さんをより良い未来へ導くためのとても大切な知識だと僕は考えています。

今回のnoteで痛みの脳内プロセスや疼痛抑制機構のメカニズムに興味を持ってさらに深く広く学ぶきっかけになれれば幸いです!

最後までお読みいただき本当にありがとうございました!

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⑨参考文献

Seoyon Yang p.s.「Association between Chronic Pain and Alterations in the Mesolimbic Dopaminergic System」.Brain Sci. 2020 Oct; 10(10): 701.
Kelly M. Naugle 「A Meta-Analytic Review of the Hypoalgesic Effects of Exercise」VOLUME13,ISSUE12,P1139-1150,DECEMBER01,2012
Anna M. Polaski「Exercise-induced hypoalgesia: A meta-analysis of exercise dosing for the treatment of chronic pain」Published: January 9, 2019
Hui-Chen Lu1.「An introduction to the endogenous cannabinoid system」Biol Psychiatry. Author manuscript; available in PMC 2017 Apr 1
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森岡周「脳とこころから考えるペインリハビリテーション ひとをみるという志向性」株式会社杏林書院 2020
松原貴子「Pain Rehabilitation」三輪書店2017
半場道子「慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略」医学書院 2017

⑩p.s.

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