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重量挙げはなぜ瞬発力の競技と言われるのか?

重量挙げは垂直跳びでバーを引き上げる

重量挙げでは、要(かなめ)となる動作において、垂直跳びのジャンプを行い、地面を蹴る力を利用して、バーベルを上方向に持ち上げます。

同じくバーベルを使う競技であるパワーリフティングとの違いはここにあります。

パワーリフティングでは、多くの選手がゆっくりとしたスピードでバーベル移動を行います。しかし、重量挙げでは、基本的には同じような動作を行いつつも、一つの試技の中で、1回ないしは2回の垂直跳びを行います。そのことにより、純粋な筋力だけでは不可能な「爆発的なパワー」が発揮され、頭上にバーベルを掲げるというダイナミックなフィニッシュに辿り着けます。

意外に思われるかもしれませんが、重量挙げ選手は腕の力だけでバーベルを挙げているわけではありません。下半身の関節が同時に伸びるときの「地面を蹴る力」を利用することではじめて、バーベルを頭上まで挙げることができるのです。

トリプルエクステンションという爆発力

下の図をみてください。

垂直跳びでは、足首、膝、股関節の3つの関節を同時に伸ばす(エクステンション)ことで、爆発的なパワーを発揮します。この作用はトリプルエクステンションと呼ばれます。

重量挙げ選手は垂直跳び(≒トリプルエクステンション)の力をバーベルを運ぶ動作に使っています。

しかし、重量挙げが実際にどんな動作を行う競技なのか、未経験の方だとちゃんと知っている人は少ないかもしれません。垂直跳びをしていると言われてもきっとピンと来ないですよね。

ざっくりというと、しゃがんだ状態からバーを持ち上げ、フィニッシュ時には立ち上がって頭上にバーを掲げている、という競技です。

重量挙げでは、「スナッチ 」と「クリーン&ジャーク」という2種類の種目を行い、成功した試技の合計重量を競います。クリーン&ジャークというのは、「クリーン」という動作と「ジャーク」という動作を連続で行う種目です。

スナッチもクリーン&ジャークも、どちらも「しゃがんだ状態からバーベルを持ち上げ、最終的に立ち上がって頭上に掲げている」という大枠は同じなのですが、途中からのプロセスが少し違います。

重量挙げのどこで垂直跳びをしてるのか?

詳しくは下の図をみてください。

スナッチでは、床に置かれたバーをデッドリフトで持ち上げ腰まで運び(①②③)、垂直跳びのジャンプをして胸まで持ち上げたあと体からバーを離し(④⑤)、慣性の法則でバーが空中でゆっくり落下している隙に自分自身がしゃがんでバーの下に潜り込み(⑥⑦)、頭上でキャッチ(⑧)、バーを頭上に掲げたまま立ち上がり(⑨)、静止します(⑩)。

クリーン&ジャークでは、床に置かれたバーをデッドリフトで持ち上げ腰まで運び(①②③)、垂直跳びのジャンプをして腹まで持ち上げたあとバーを体から離し(④⑤)、慣性の法則でバーが空中でゆっくり落下している隙に自分自身がしゃがんでバーの下に盛り込み(⑥)、鎖骨、肩位置でキャッチ(⑦)、バーを肩に乗せたまま立ち上がり(⑧)、少ししゃがんで足関節を底屈、膝、股関節を伸展させてから(⑨)、垂直跳びのジャンプをしてバーを体から離し(⑩)、両足を前後に開きながらバーを頭上に掲げ(⑪)、脚を揃えて静止します(⑫)。

スナッチでは垂直跳びが1回、クリーン&ジャークでは垂直跳びが2回あることがわかると思います。

スナッチもクリーン&ジャークも、途中までは同じ動きで、バーを体から離すところから違ってきます。バーをキャッチするときに、スナッチでは「頭上で」バーを受け、クリーン&ジャークでは「肩位置で」バーを受けます。

垂直跳びは多くの競技で優位をもたらす

垂直跳びのトリプルエクステンションの力を競技に生かしているのは、重量挙げだけではありません。

他の非常に多くの競技でも、垂直跳びの力が有効だとわかってきており、だいぶ前からトップアスリートたちが注目しています。

ざっと挙げるだけでも、アメフト、ラグビー、サッカー、野球、テニス、バレーボール、ゴルフ、バスケットボール、相撲、格闘技、砲丸投げ、円盤投げ、槍投げ、走り幅跳び、などの競技において、垂直跳びの力が優位をもたらすと言われています。

これらの競技で垂直跳びは、パワーを生み、飛距離を伸ばし、ジャンプ力を高め、アジリティを強化するなど、プレーのレベルを向上させることに役立ちます。

ハイプルなどの動作がポピュラーに

専門家による研究の結果、アスリートが垂直跳びの能力を向上させるための効率のよい方法は、重量挙げの動作トレーニングであることがわかってきました。

そこで、ハイプルのような、垂直跳びの動きだけを抽出した、比較的簡単な動作トレーニングが取り入れられています。

ハイプルは、スナッチやクリーン&ジャークにおける垂直跳びまでの動作のみを再現するもので、床に置かれたバーを肩の高さまで引き揚げ、脚の太ももの位置まで下ろす、という動きです。

ほかにも、ハングハイクリーン(膝位置にバーベルを持ち、垂直跳びしてバーを離し、あまり深くしゃがまずに肩位置でキャッチ)などもよく取り入れられています。

垂直跳びの動きの習得には難しさも

しかし、垂直跳びのトリプルエクステンションの動きがポピュラーになる一方で、じつは重量挙げのトップ競技者の間でもフォームについての考察は一致していません。

垂直跳びに入る前の動作で、わざと膝を前に出して一度収縮させたほうがいいとか、そもそも垂直跳びのイメージをしない方がいいなど、議論が分かれています。

垂直跳びの前後の動きで、どこまでスピードの加速が有効なのか、ということも、研究者の中ではさまざまな意見があります。

垂直跳びの前段階での動き(デッドリフト)では、手足の長さ(とくに大腿骨の長さ)の違いによって、バーとの距離が変わるので、テコの働きが有利になるようにフォームを調整すべき、という話もあります。画一的な理論として片づけられない深みがあります。

垂直跳びは重量挙げが持つエモさ

以前、「僕が重量挙げのエモさを語ることにした理由」というnote記事で、「筋トレの延長線上にある競技と考えず、バットを振るとか、ゴルフをスイングするとか、そうした道具を使ったスポーツが持つ楽しさをイメージするほうがずっと近いのです。」と書きました。

あのときに表現していたのが、垂直跳びのジャンプ動作であり、腕の力に頼らずに腹から胸の高さまで動くバーベルの軽やかさでした。

面白いことに、垂直跳びをする際に、自分の動きが洗練されているときと、そうでないときとでは、重さの感覚がまったく異なります。

バシっと決まったときの、バーベルをすくいあげる感覚は、競技者にとって非常にエモいものです。

そして、重量挙げを観戦する人も、今回、僕が説明したような知識があれば、「あ、垂直跳びが決まっているな!」とか「ちょっと重そうだな」とか、そういう視点で見られるようになると思います。

まとめ

重量挙げでは、フィニッシュ時に頭上でバーを掲げるというダイナミックな動きが求められるため、純粋な筋力だけでなく、瞬間的な反発力を活用したパワー発揮が使われています。

一つの試技の中で、スナッチの場合には1回、クリーン&ジャークの場合には2回、垂直跳びが入っており、いずれも上半身の腕の力を使っているように見えますが、じつは下半身の地面を蹴る力を使っているのが競技の見所です。

200kg以上の重量を扱いながら、それを持ったままジャンプするという動作がバシッと決まる瞬間は本当に気持ちいいです。

これまではなにげなく見ていたかもしれない重量挙げの競技動画が、少し面白く見てもらえるようになったら本当に嬉しいです。

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