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エッセイ「小学校の銀杏の木」


私の住んでいる仙台駅東口方面に所在している連坊小路小学校。小学校にある銀杏の木は一本の木が2本に分かれ長く成長してきました。樹齢は100年以上。昨年銀杏の木の片割れが木の病気で伐採される事になり、その際取材をしたお話をまとめました

上:伐採前日の銀杏の木

 仙台市中心部のほど近く、寺院が多く建ち並ぶ閑静な地域にある小学校に大きな銀杏の木がそびえ立っている。この木は2本並んでるように見えるが、実はひとつの木から枝分かれしたものだ。その木の樹齢は100年以上。聞くと太平洋戦争よりもっと前、大正時代に近くの寺に植えてあった木を移設し、それから成長したという。私は小学校の近くに住んでいる。銀杏の木を初めて見た時の感想は「大きくてのっぽの双子みたい」そう思った。私も含めて小学校の父兄たちは、わざわざ銀杏の木の前を通って帰る人が多い。なぜか木の前を通ると、まるでなにか言いたげな木に見える。だから、そばに行ってみたくなる、そんな印象を持っている。なぜ今回文章にまとめたかったかというと、実はこの夏、銀杏の木は体調が悪くなり2本のうちの一本を伐採することになった。だから銀杏の思い出話を知りたくなった。

 「通常1本の木から双子のように枝分かれしたまま大木になることは珍しいですよ」と、銀杏の木の手入れ全般を請負う植物園の樹木医(以下木のお医者さん)に教えていただいた。そして、いつもなにか言いたげに見えることから、先ほどと同じ木のお医者さんに「木はしゃべれるのですか?」と聞いたところ、「植物同士のコミュニケーションはあると言われている」との事で、お世話の際は心を通して話す事はあるということだった。

 この銀杏の木が、大木になるまでには空襲で校舎が焼失したりしたが、銀杏の木は難を逃れている。もちろんあの東日本大震災の時もびくりともしなかった。フサフサと豊かに葉を茂らせ、小鳥が休みをとり、きれいにさえずる声も聞こえる。夕方にはコウモリがカサカサと飛び立ち、餌を探しに出かける。小学校の子供達は、校庭に堂々とそびえる銀杏が、まるで大きなノッポの友達が立っているかのようにうまくかわして避けたり、時には手で木の表面に軽く触れてちょっかいを出す。まるで日常の風景に自然に溶け飛んでるのだ。その銀杏は強い日差しの日は日陰を作り、運動会では父兄が木の下で競技やダンスを眺めることもあるし、卒業アルバムは必ず銀杏の木を囲むそうだ。何か声を出して喋る訳でもないのにその存在が、地域全体の癒しであり、シンボルとして愛されてきた。

上:ひとつの木が枝分かれして大きくなった銀杏の木。小学校だけでなく、100年以上この地で愛されてきた

 小学校の生徒や先生だけではなく、地域に愛されてきた銀杏。銀杏の木の伐採の前日、学校に行くと、犬の散歩がてら銀杏の木に挨拶をしている男性がいた。聞けば、小学校のOBとの事だ。話しかけてみたところ、伐採にあたり「木にお礼を伝えに来ました」と話していた。そして、言葉どおり、木に何か話しかけると一礼をしてその場を去っていった。なんだか胸がほっこりした。他にも連坊小学校のOBである仙台朝市の青果店の男性に、伐採後話を聞きに行った。「小学生の頃、木の上に何度も登ったり、走っている途中に、木にちょっかいを出しに行ったなぁ」といい「小学校近くで、医院を営む同級生ならもっと話を知ってるかも」とご友人を紹介していただく。ご友人の方には木が昔は今とは別の場所にあって移設されたことや、二宮金次郎像があったが、いまではその頭部が校長室にあるはずだと教えてもらった。知らない話が沢山出てきて、銀杏の木を通して会話が広がる。

上: 銀杏の木の伐採当日の写真、皆に見守られ木の上部の小枝から徐々に切っていった

こんなに長生きした銀杏の木を切る事を担当した植物園の方々はとても心苦しかったと言うが、伐採の式はとても多くの人が集まる、お葬式というよりは結婚式、そんなあったかい空気に包まれた雰囲気だった。切られた方の木は、校内に飾られたり、ベンチになったりして残るので、新たな形に生まれ変わって、嫁に行く感じ、そう思った!

上: 昔の銀杏の木と二宮金次郎像

 OGの女性からは、銀杏の木は本当に大きくて大好きな存在だったという声や、よく根っこのところで友達と集まって遊んだという言葉とお礼の言葉、そのOGが、別なOBの男性を紹介してくれて、男性もまた、ギンナンを拾った思い出やお礼の言葉を綴ってくれた。銀杏の木から広がる思いがたくさんあることをやはり感じずにはいられない。

 それから秋になって、校長室に「二宮金次郎の頭部」を見せていただきに伺った。頭部だけ飾ってある学校は珍しい。なんだか、二宮金次郎も「僕も一部が残ってる仲間だよ」とでも話し出しそうだった。今年もたくさんのギンナンの実を落とし、季節の移り変わりを感じさせてくれた銀杏の木の片割れ、そして隣には切られた木がベンチになっている。
 銀杏の木の伐採から、小学校の知られざる歴史も知ることが出来た。さまざまな卒業生や関係者のの想いを知って、まるで銀杏の方からもみんなにお礼を言いたかったような、そんなふうに思えた。

上: 学校で以前に配られていた、銀杏の葉のシオリ

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