スカしていい(オナラではない)

最近の楽しみの一つ。スピリットに目覚めたお友達にオススメされたカードリーディングのYoutube。
内容ももちろんなのだけど、声がとても心地よくて癒される・・・。


真に受けすぎず、でもピンときたアドバイスは心に留めながら過ごしていたある日、この動画がオススメで上がってきた。


才能?へー、面白そう。軽い気持ちで覗いてみたら、大きな気づきが来てしまった。

リーディングによると私の選んだカード(を選んだ人)の特徴は

・大女優のような華やかさを持ってる
・ちやほやされる、何もしていないのに目立つ
・それによって目をつけられたり嫌がらせを受けた経験がある人も
・わざと男っぽくしたりおばちゃんキャラで華やかさを隠そうとしている


で、それに対してのアドバイス。

・気取って見られるのを避けるためにキャラを変えて親近感を出そうとしているが、そんなことはしなくていい
・ミステリアスであればあるほどいい
・本当に心開くべき人にだけ心を開けばいい

えっえっえっ!?
でたまたいつもの交錯感。隠していた自分を見つけてもらえた嬉しさと、エゴが支配していた思い込みが覆る戸惑い。スピリットにマインドがついていけない。そして過去の出来事がまたしても芋づる式に思い出されて、ひとつひとつポロポロと剝がれていく。

新しい輪に入るとき、キャラをどうするか考えるのが私の中ではお決まりだった。ちょっとテンション上げてノリよく話に加わったら「面白キャラ」と思われて嬉しい。けど次に会うときには面白いことが言えなかったりスベったり「あれ?今日おとなしいじゃん」とか言われてしまうことに凹む。頑張らないとテンションが上がらない。この前は自然にできたのに。
相手を傷つけたくないがために優しい言葉をかけたら、面倒見のいい人だと思われて大役を任されそうになったりもした。本当はそんな事思ってないのに。毎回キャラ決めるのめんどくさいな。と思っていた。

20代の頃、中学の同級生との飲み会で一人のお調子者が私に何かを言ってきた。すると他の男子が「やめろよ、コイツそうゆうキャラじぇねぇよ」と言ってガードしてくれた。
強くあらねばならないと思っていた私は、守られる=弱い=よくないという思考になり、若干気分を害したのだが、その裏で正直「ホッと」していた。
思い返すたびに、その正直な反応と「そうゆうキャラじゃない」という言葉に揺らぐ心の辻褄の合わなさが気になっていたのだけど、このリーディングでようやくその原因がわかった。

本当の私は冷たい。
誰かに悩みを相談されても解決法が淡々と頭に浮かぶだけで、自分でもびっくりするくらい共感ができない。ガールズトークにありがちな「分かるぅ~!!」が出てこない。他人に興味がないからなのか、合理主義が過ぎるのか、何でそんなグジュグジュ悩んでるのかが分からない。愚痴を聞くのも大嫌い。「で?」と言いたくなってしまう。
そんな冷たい自分にいつも嫌気が差し、大抵モヤっとしていた。
クール、スカしてる、斜に構えてる・・・そんな雰囲気が出てしまう自分をどこかで隠そうとしていた。ツンとしてるのがなんかイヤだった。まさに「気取って見られる」のを避けてた。疲れたりモヤッとしてたのは自分らしさを繕っていたからだった、と初めて気がついた。

「そんなことしなくていい」というカードのからのメッセージで自分を許すことができた。
スカした感じの私でも、冷たい私でもいいんだ。
「心を開ける人にだけ開けばいい」。ほんの数人だけど、厳しいこと言ってもスカしてもついてきてくれる友人がいる。冷たいけどおちゃらけたところもある、素の私を見せられる相手。

自分を繕って私は誰にどう見られたかったんだろう。
スカして嫌われたって痛くもかゆくもないのにバカみたい。
ついてきてくれる人だけついてきてくれたらいい。
そんな風に思ったら急にラクになった。

もう、無理して人に合わせない。
スカした自分で行くことに決めた。









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