短編小説【誕生日は書かないで】


【1】

「あれ、カズハさん、誕生日なんですか?」

運営スタッフの倉田さんが私の身体を読んで言った。

そうだよ。今日は三十歳の誕生日だよ。なんだよ。

「あ、だからこんなに『誕生日おめでとう』とか『ハッピーバースデー』とかの文言が多いんですね。」

倉田さんが私の身体に刻まれた文字を数えながら言う。

きかないでよ。察しろ。この状況の私の気持ちを察しろ。あー、ファンの皆もだよ。恥ずかしいから誕生日のことは書かないでって言ったのに。書くなよなぁ。でも、こんなイベントにも来てくれるのが有り難くて、強くは言えなかったからなぁ。

【MIMINASHI GIRLS STAGE】という色んな女の子が出るお芝居のイベントの初日が終わり、物販も終わった。耳なし芳一という怪談を女性キャストだけでやる舞台。悪く言えばおままごとというか。

嗚呼。私は誕生日に何をしているんだろうか。グラビアアイドルとしての仕事も対してなく、恋人がいるわけでもない。だから焦って、こんな仕事を受けてしまった。何も無し誕生日と耳なし芳一誕生日はどちらが幸せなのだろうか。

「耳なし芳一チェキ。好評でしたか?」

「あ、そうですね。私のお客様は皆、楽しんでました。」

耳なし芳一チェキ。

『出演者の身体に好きな文字を書いてチェキが出来る物販。』

わからん。色々、わからん。

何度読んでも依頼時のメールは訳がわからなかった。

  

【MIMINASHI GIRLS STAGE】における物販についての条件に関して。本公演、終演後に予定しております、物販の売上は、[通常チェキ][サインチェキ]は売上の30%を出演者にバックさせて頂きます。また、本公演は耳なし芳一をテーマとしたイベントですのでスペシャル物販と致しまして、好きな言葉を出演者の身体に書いてチェキがとれる物販を行います。こちらは詳細を別途記載します。

何回読んでも訳がわからない。悪趣味。下品。私もこんな仕事を受けてしまったのが悪いのだけれど。

そもそも公演自体が良くわからない。役者でもない売れないグラビアアイドルとか声優崩れの女の子だけを集めて、耳なし芳一のお芝居やろうぜとなったセンスがそもそも凄く気持ち悪い。怪談なのに秋口にやるなよ。

やはりこれもオファーを受けてしまった自分が悪い。三十路のグラビアアイドルは集客はそれなりに出来るから芝居が出来なくても、こういうイベントのオファーが来ることがある。

スペシャル物販[耳なし芳一チェキ]のバックについての取り決めです。
・金額は一文字五百円。漢字、平仮名、カタカナ、アルファベット、記号等何でもOKとします。
・どの身体の部位に文字を書けるのかはクジで決める。身体の部位によっての金額差は無し。出演者によって、NG部位があれば事前確認させて下さい。
・文字をお客様が書いて良いのか、出演者が文言を聞き書いてあげるのかは出演者にお任せします。また、身体の部位毎にその設定を変えても構いません。設定例:胸、尻、太ももは出演者自らが文言を書く。それ以外の部位はお客様が文言を書いても良い等。
・チェキ後も物販中はお客様に書いて頂いた文言は残したまま、運営。イベント終演後まで文言を消さないで下さい。
・こちらの[耳なし芳一物販]に関しましては売上の50%バックとさせて頂きます。
・また、一週間の公演中、出演者様のTikTok、Twitter、Instagramにスペシャル物販の様子の動画や写真を載せて下さい。

契約内容は丁寧な文章を書こうとしている感じがまた嫌だ。

「よし。カウント出来ました。300文字越えてますね!すみません、千秋楽以降にまとめて売上をお渡ししてもいいですかね?」

「あ、いや、1日ずつ、物販だけは精算お願いしたいです。どちらかが間違ってても解んなくなっちゃうの嫌なんで。」

お金でのトラブルだけはしたくないのだ。大抵、物販のトラブルはその日しか対応して貰えない。

「あぁ。そうですよね。ん。わかりました。精算しましょう。」

「あと、あの。明日から油性じゃなくて、水性のマジックを用意して貰えますか?シャワーしても落ちにくいと思うんで、油性。」

「あぁ。そうですよね。はい。不馴れですみません。」  

 身体に文字を書くのに慣れてる奴なんていねぇよと思った。倉田さんが左手の甲に【水性ペン用意】とボールペンでメモをした。

「いえ、私もなんかクレームみたいなこと言ってばかり、すみません。お客様は喜んでたので。お芝居も物販も。中々無いですから、こんな物販。」

二度とないと願う。

「あ。そうだ。ケーキの絵を描いてましたよ、背中。」

「え!絵?わ。すみません。どうしよ。」

絶対に古株ファンの佐々じぃだ。アイツ。

「ケーキの三文字としてお代金貰ってるみたいですね。んー。いいですよ。お祝いなんで。これは100%バックってことで。」

え。倉田さん。いいやつだ。マジか。

「え!?いいんですかぁ?ありがとうございます!主催者の方が居ないって聞いて不安だったんですけど。倉田さんに対応して貰えて良かったです。撤収作業中に御時間とらせてすみません。」

少し声を高くサービスして返事をした。ありがたい。主催者がなぜか当日居ないイベントは大抵ヤバイ。倉田さんのような人がいて話も出来て良かった。

「いえいえ、主催者の方が今、マグロ漁船でかなり遠くの海まで行っちゃってて、連絡取れないんで。勝手にですが判断させて貰って。後で僕から主催者には話します。すみません。」

「マグロ漁船!?」

「あ、いえ、なんか漁師町の出身で、そのつてで乗ってるだけらしくて。僕も詳しく知らないんですが本番だけ運営してくれって頼まれて。」

つてで乗ってるだけかぁ、そうかぁとはならない。主催者なら、公演に来いよ。

いや、乗るためのルート云々より乗ってるのが訳がわからないのだ。そんなにお金に困ってるのかな、この団体。倉田さんはいい人だけれど、やはり、この団体とは今回で縁を切ろう。

「よし、それではお金をとってきますね。お手間とらせました。カズハさん、SNSも可能ならやっといて下さいね。宣伝にもなるので。明日も宜しくお願い致します。」

あ、はい、わかりましたと返事をしてしまった。SNSのはやるつもりなかったんだよなぁ。ダサいから。まぁ。いいか。

適当に写真と動画をSNSに載せて、シャワー室に向かった。

【2】

次の日。公演二日目の朝起きたら、バズっていた。

【グラドルの私が耳なし芳一になってみた件】という動画をTikTokにあげた。近くのスタッフさんになんとなく取って貰っていたスペシャル物販[耳なし芳一チェキ]中の動画。終わってからの水着姿の私の身体中に文言、文字、文章だらけの姿をグルリと回って見せた動画。

Instagramにグラビア風に載せたのが誕生日というのも相まってバズっていた。

こんなに、こんなに『身体中に言葉が書かれている女体フェチ』が世の中にいたのか。どこにいたんだよ、お前ら。

何でバズるかなんて、本当にわからないモノだと笑ってしまった。

それから、【MIMINASHI GIRLS STAGE】は連日、千秋楽まで満席になった。言われてみれば自分の考えた言葉が女性の身体に刻めるチャンスなんて確かにないのだ。私以外の出演者の女の子達も芳一グラビアをSNSにあげた。千秋楽付近になると、公演に出ていないグラビアアイドルやコスプレイヤー、TikTokerの女の子達も芳一しはじめて、ちょっとしたブームになった。

無事に公演も大盛況のうちに終わった。

その後も私はTikTokに『芳一動画』を毎日、毎日あげた。

芳一メイクとして色んな事を身体中に書いて、水着で流行りの曲でダンスしたり。

生配信で投げ銭して貰ったコメントを身体に書いていく配信をしたり。

遂には商品説明を身体中に書いて商品を使ってる所を動画する企業案件も来た。

SNSがちゃんと仕事になるんだと実感し始めた。どんな形であれ、チヤホヤされるのは嬉しい。

芳一グラビアとして、もっと出来ることはないかとマジックから筆ペンに変えたり、水着も少し和風な浴衣っぽい衣装にした。芸名も[カズハ]から[芳 一葉]に変えた。テレビにも出始めた。『バラエティー番組で身体にMCさんや出演者さんに言葉を書いてもらって、グラビアポーズを決めて読むというパフォーマンス』が出来上がった。

寺社仏閣の仕事まで増えた。

やっと。

やっと売れたと思えた。

タワーマンションからみえる東京の夜景。東京のネオンが私の身体に刻まれた文字を照らしてくれる。ジャグジーの泡の中で、文字をひとつずつ擦って消していた。

そんな時だ。

マグロ漁船主催者からメールが来たのは。

お疲れ様です。
芳一葉様。ご活躍、嬉しく拝見させて頂いております。貴女がテレビ等でされておりますパフォーマンスは我々の開催しました【MIMINASHI GIRLS STAGE】 における物販のアイデアの盗作だと思われます。私が別の仕事をしていたため、確認が中々取れずに申し訳御座いませんでした。【MIMINASHI GIRLS STAGE】の条件が物販の取り分が出演者50%、イベントが50%でしたので、芳一葉様のテレビ出演等で同パフォーマンスをされた際の売上の50%を都度、我々の団体にお支払い下さいます様に宜しくお願い致します。万が一、支払いがない場合は裁判になってしまうかと思われます。我々もその様な事にはしたくありませんので、何卒今後とも宜しくお願い致します。


【3】

私はまたまたバズった。

まず、こんなメールが来た件という動画をTikTokにあげた。身体中に、主催者から送られてきたメールを書いて、流行りの曲に合わせて踊った。

二つ目に一つ目の動画に寄せられたコメントを身体中に書いて、またまた踊った。

三つ目にマグロ漁船に乗ってたのを別の仕事っていうな!変だぞ!という事を身体中に書き、マグロの絵を書き、その姿でマグロのお寿司を食べまくってる暴露ASMR動画もあげた。『別の仕事でマグロ漁船に乗ってたわ!』というフレーズというかギャグというかがSNSで流行った。

炎上商法はうまくいった。

世論としては『それ言い出すなら主催者より耳なし芳一に権利あるだろwww』と言う所に収まってくれた。

マグロ漁船主催者に倉田さんが話をしてくれたらしく、「この度は申し訳ありませんでした。」と倉田さんからの連絡もあったので大丈夫ですぅと言って終わりにした。

最近は良くわからないが耳フェチのお客様も増えてきた。耳だけは本家・芳一さんに合わせて、文字を書いてなかったから際立って耳フェチを刺激出来ていたらしい。本当にどこをどう観て貰えているのかわからない。

「いくらでも出す!耳に文字を書かせてくれ!」と芸能界のドンと呼ばれるプロデューサーにホテルのスイートルームへと呼び出されて言われた時「耳に文字を書いていいのは旦那様だけと決めてますのよ。」とプロデューサーの耳元で囁いてやった。

ヘナヘナとプロデューサーはなった。はは。訳がわからないが勝った。

耳なし芳一葉というキャラクターは人生で一番の誕生日プレゼントだ。