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出逢えなかった仕事

「meetしてない、と思うんだよね」

外資系企業を渡り歩いてきた人特有の、英単語交じりの言葉。
いつもは反射的に「は?」と思ってしまうのに、その時…『これ以上の契約更新は出来ません』という話の最中で出てきたその言葉は、何の抵抗もなく腸に沁み入っていき、「そうかもしれない」という終着駅にたどり着く。

ため息に、微かな安堵を含んで。

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思い返せば採用面接の時から「嚙み合っていない」感はあった。
相手の言っている意味は分かるのに、働いている自分がイマイチ想像出来ない。
でも、「僕も含めてメンバーみんな小さな子供がいるから、急な休みでも大丈夫」と言ってくれる職場は、当時1歳の子供がいた私には滅多にないチャンス。もやもやとした思いが湧き上がってくるのを振り払うよう「頑張ります」、面接相手と自分にそう言い聞かせ、気持ちを奮い立たせた。

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仕事を開始して数ヶ月後、外資系企業にありがちな「本社の決定により業務が大幅に変わる」事があった。何とかなっていた色んな事が、何ともならなくなってきた。どうにかこうにかやってみるものの、どれもこれも「焼け石に水」な感じが否めない。

さらに、「こんな筈じゃなかったのに」と思うことも出てきた。
面接担当でもあった上司は、確かに「急な休み」への理解はあったが、「突発で休む事を想定して、前倒しで業務を進める」事には理解がなかった。

「僕の理解は××日まででした」
そんなコメントと共にギリギリに降りた決済は、海外出張の手続き。
航空券のリコンファームの締め切り時間は、誰にも変更することが出来ない。
運悪く発熱してぐずり、泣き止まない子供をおんぶであやしながら、自宅から旅行代理店の担当者へ連絡し、リコンファームの手続きをとってもらった。

その時はそうするしかなかった。でも後々、「そこまでして私がする仕事だったのか」と思う。思ったことはすぐ言う性質だが、その上司には上手く伝わらない確信、みたいなものがあって、詳細は伝えなかった。

そんな事が積み重なっていった。たぶん上司と私、お互いに。

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そんな中、子供が肺炎で入院した。
その後、子供が退院して間もなく、今度は私が肺炎になった。
私は入院にならなかったのは、病院のベッドが満床だったからだ(偶々知ってしまった)。

大の大人の自分がなぜ肺炎に、そう思った。
けれど、冒頭の言葉で安堵している自分に気づいた時、仕事のストレスが相当大きくのしかかっていることが、はっきりと分かったのだ。

件の上司の言葉は、「努力していない」「やり方が間違っている」という表現ではない。
「あなたなりには頑張っているかもしれないけれど、こちらの求めているものでなない」ということだと、少なくとも私はそう受け止めた。

まさしく「出逢えなかった」のだと。

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両手で数え切れないほどの転職を重ねてきた。
社内異動も含めれば「従事」した仕事の数は、それ以上。

けれどその全てに「出逢った」訳ではない。
仕事だけではなく、その他の経験や人との出会いもそうだろう。

従事したけれど、出逢えなかった仕事
会ったこともないけれど、知っている人
1つの経験を通して知る、経験したことのない出来事

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入社1年目、何の屈託もなく、就いた仕事=出逢った仕事と、思っているあなたへ。

それから約10年後、母になったあなたは、子供を持って働く現実を通して、
【出逢えなかった仕事】の意味を識る。


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