負けず嫌いな「赤い牛」が、好きだ。(三枝智)

この記事は推しを語るアドベントっぽいカレンダー1日目の記事になります。執筆者は三枝智さんです。

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 私は毎朝、最寄り駅の自販機でキリっと冷えたエナジードリンク・レッドブル(250mm缶)を購入する。雄牛のマークがあしらわれたプルタブはやたらと軽快に開く。他の飲料に類を見ないこのプルタブは爽快感を演出するこだわりに違いない。

 いい意味で喉に引っかからない爽やかな飲み心地を一気に味わってから、ゴミ箱に投げ入れる。そんな調子で毎朝210円があっという間に消費される。

 私がこの割高な清涼飲料水を選ぶ理由と、どこに惹かれているのかを考えた。味は、他社の類似品と比べて上品な風味が私好みだが、大好物というわけでもない。値段にいたっては「不満」の一言に尽きる。砂糖とアミノ酸とカフェインと純水で作るのに、どこにそんなお金がかかるのだろう? エナジードリンク全般に謳われる効能(眠気覚まし・疲労回復)に期待して、残業が続いた日には2本目を頂くこともある。だが体がドリンクに慣れきってしまったからか、ちまたで噂の「飲み過ぎによって肝臓にダメージ」「効き過ぎる」という声は他人事に聞こえる。

 私にとって重要な理由は、モータスポーツファンの一人として、レッドブル社がモータースポーツ業界に積極的に関わり、国内・アジア最大のカーレース「スーパーGT」のほか、各国でレーシングチームを運営している点にあるのは違いない。「様々なスポーツと力を合わせるのではなく、そのスポーツの一部になる」と掲げるレッドブルのレース活動は、いつも本気だ。世界各所での活躍を聞くだけで「推す」には充分かもしれないが、それだけでは決定打にはならなかった。「あと一推し」のきっかけは、新卒の就職活動までさかのぼる。

 見知らぬ誰かを応援したくなる、生命に直結するお金を少しばかり出費させる——そんな健気なファン心理を芽生えさせるものは何か? それは、「見知らぬ誰か」の「人柄」と「エピソード」にふれることではないだろうかと、私は思う。

「レッドブルの人たちは、いじわるなんですよ」それがレッドブルを〝推す〟きっかけに

 幼い頃からテレビゲームの影響で自動車に関心があった私は、部品メーカーやディーラーなど自動車業界各社の説明会に参加していた。どの会社に行っても人事担当者の皆さんは青二才の学生に優しく、ワクワクする車業界の内実を教えてくれた。

 そしてレッドブルの話を聞いたのは、キャラクターフィギュアを製作している某G社の説明会だった。あくまでも自動車業界の就職活動である。G社は大規模なフィギュアの会社ながら某有名レーシングチームを運営し、2009年から「スーパーGT」に参戦。これまで3度のシリーズチャンピオンを戴冠している強豪チームだ。

 事業が多岐にわたるG社の説明会の中で、私は迷わずレーシングチーム部門に足を運んだ。就活生からの質問に個別に応えるコーナーで、聞きたいことは決まっていて、正直趣味の質問をぶつけた。「レース活動の中で、印象に残っているライバルの人たちはいますか?」私は、マシンを通した人間の真っ向勝負が多くの感動を生むサーキットの中に、人間同士の感情がぶつかり合った生の体験談が聞きたかったのだ。

 すると、レーシングチームの運営主任を努めている男性はふっと笑って、なんでもないことのように話した。

「そうですねえ。いろいろあるけど……。レッドブルの人たちが、いじわるなんですよ」

「いじわる」とは、心がざわつく言葉だ。サーキットがドロドロとした人間関係にまみれていても、悪くはないが、炭酸飲料のように爽やかではない。私は下世話な話にも興味がそそられたが、就活の場に相応しくない質問をしたのかもしれないと緊張していた。男性は続けて、こう話した。

「前のレースでレッドブルのチームに挨拶したんですよ。外国人の主任の人に、今日はよろしくお願いしますって。そしたら目を合わせないで、そっけない対応をされたんです。「あっちいけ」って目で言っているんです。なんでかなあと思っていたら、日本人のスタッフが教えてくれて。「すみません。あの人、前回のレースであなたのチームに順位で負けたのが悔しいんですよ」って、おい子どもかって思ったんですけど(笑)」

 私たちは思わず笑った。そして話題はレース業界の内実に迫っていく。世界中のメーカーが注目するスーパーGTの注目。ファンの歓声。惨敗した後のミーティングの空気。何千万もするレースカーがクラッシュした翌朝にスポンサーと現状を語り合ったときのこと。苦しいことの方が多い毎日の中で、ただ一つ報われる瞬間は、勝利以外にあり得ない。男性の語り口にはいよいよ熱がこもりだした。

「長いシリーズの中で1回でもレースに勝った瞬間ってね、凄いんですよ、ドライバーの喜びの無線を聞いて、もう涙が止まらない。お金も時間も、会社が傾きそうになるぐらいにたくさんかかるのに、何年やっても一位になれない世界ですから。なのに、30台以上が参戦する中でたった一台、僕たちが報われた。申し訳ないような気持ちなのに、とても嬉しいんですよ」

 そのとき、なんとレッドブルチームが祝福してくれたというのだ。いつの間にか涙ぐんでいていた男性が、そのエピソードを話してくれた。

「隣のピットから、あの主任が歩いてきたんです。笑ってはいないんだけど、堂々としていてね。“おめでとう。君たちは本当に強いんだな。次も全力で戦おう”と言ったんです。今でも忘れられません。彼は泣いている僕を気遣ってくれたんじゃないかなと。結局のところ彼らも、ただ負けず嫌いな人たちで。ああ、僕らは同士だなあって思いました」

エナジードリンクを飲むとき。今、ここで戦おうとするとき。

 ふと思う。エナジードリンクはどんなときに飲むのだろう? 眠るわけにはいかないとき、自分を奮い立たせるきっかけをつくりたいとき、渇いた喉と疲れた心に元気を与えたいとき……。どんなときでも、レッドブルのプルタブは優しく肩を叩くように軽やかに開く。

 もちろん、レッドブル社のドリンクを開発する人間と、レーシングチームに携わる人間たちの人柄や本心が完全に一致するはずはない。しかし私は、一度思い込んでしまえば、純粋な恋心のように彼らを信じることができてしまった。レッドブル社の製品には、モータースポーツのライバルたちと分かち合ったものが流れているはずだ。「今、ここで、頑張ろう」と、壁に立ち向かい、全力で人生を生き抜かんとする魂が。

 今日も、明日も、私はレッドブルの力を借りるだろう。私も彼らのように、全力で“今”を戦い抜きたいからだ。

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