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オフィスに企業内保育園(企業主導型保育所)をつくる方法と注意点

はじめに

このnoteはインハウス総務FMの担当者向けになります。サプライヤー向けではありませんが、インハウスの担当者はこんなふうに考えているという点では、サプライヤーの方にも役立つ部分はあるかもしれません。

社員を雇う企業にとって、産休や育休などの制度設計や、子育てをする社員のサポートは欠かせません。社員の多様なバックグラウンドや生活様式に対応するため、企業独自の勤務体系や補助金制度、社内に保育園を設けるといった取り組みも見られるようになりました。

企業が社内に保育園をつくる形態は「企業内保育園(企業主導型保育所)」と呼ばれ、以下の特徴があります。

1. 企業の特性にあわせて、夜間開園や保護者との連携方法といった運営形態を柔軟に決められる

2. 自治体を通さずに利用者と直接契約ができるため、地元の保育園を利用できなかった社員の受け皿となる

3. 審査に通れば、保育園の運営費や構築費の助成金が得られる

利用者となる社員の立場では、1と2を福利厚生として享受でき、どうしてもオフィスに出勤しないといけない場合、職場内に子供がいるという安心感が得られます。昨今では在宅勤務を主とする企業が増えていますが、目の離せない幼児が家庭にいて、在宅勤務と育児をどうしても両立できない場合の解決策のひとつにもなり得ます。

企業内保育園で働く保育士の立場では、保育園が土日休園になることが多いので、保育士自身も働きやすいというメリットがあります。少人数の園児にじっくり向き合えたり、その企業の社員である保護者が近くにいるので連携が取りやすいといった状況もあり、保育士の職場環境やメンタルを改善する機会としても社会に寄与します。

一方、デメリットは、構築事例が少ないゆえにノウハウがあまりないことです。さらに多くの場合はビルの高層階につくることになるので、設備や避難計画といった面で、乗り越えるべきハードルが高くなるといった状況もあります。

上記のデメリットを少しでも解消できればと思い、このnoteでは、新宿区にある高層ビルの高層フロアに企業内保育園をつくった経験を整理しておきます。企業内保育園を検討することになった総務人事やファシリティマネジメント担当者の役に立てば嬉しいです。

ここからは発注者として押さえておくべき保育園の知識と、企業内保育所(企業主導型保育園)をつくるための流れと注意点をまとめています。

保育園の分類と企業内保育園の概要

保育園は大きく分けると認可保育園、認可外保育園の2つになり、概要は以下のとおりです。

認可保育園・・・国が定めた基準を守り、都道府県知事から認可された保育園。

認可外保育園・・・認可保育園以外の保育園のことを示し、無認可保育園とも言われる。このnoteで取り上げている企業内保育園(企業主導型保育所)は、認可外保育園にあたる。

都道府県知事の認可を受けない分、認可保育園で求められる屋外運動場の規定がないなど基準が緩やかになるため、既存のビルや多様化するユーザーのニーズに合わせて計画しやすいという特徴があります。

企業内保育園(企業主導型保育所)は、文字どおり企業が、福利厚生や地域貢献などの背景で社内につくる保育園をいいます。保育園をつくるにあたり、運営費や工事費の助成金を受けることができます。

ただし、助成金を受けるためには、決められた役所窓口との打合せ議事録を残したり通常よりも厳しい基準を満たして保育園を設計したりと、保育園づくりの要件が厳しくなります。項目によっては、認可保育園と同等レベルを求められることになるため、認可外保育園だけど助成金を受けるために認可保育園並みの基準を満たす必要があるといった状況になります。

昨今では、企業内保育園にかける国の予算が少なくなっている背景から、助成金を受けるためのハードルが高くなっています。そのため、助成金をもらうために頑張ったけど審査に通らなかった(しかも理由は開示されない!)という可能性もあるので、担当者としてはそのリスクも見込んでおく必要があります。

補足として、企業内保育園に似たもので事業所内保育事業というものがありますが、これは認可保育園のなかの一例となります。保育園を地域へ開放することが義務付けられていたり、自治体の指導監査に置かれるので入園のために自治体の審査を受けるといった特徴があります。

そのため、企業内の保育園ながら、いわゆる街なかの認可保育園のように「保育の必要な事由」を整えるなどユーザーにとっての負荷が大きくなるので、社員への福利厚生という意味での導入が難しいものになります。

この「事業所内保育事業」と「企業内保育園(企業主導型保育所)」は、似て非なるものである点に注意しましょう。

企業内保育園をつくるためのステップ

ここからは保育園の要件を決めたり、役所との協議や助成金申請といった流れを解説します。保育園の細かな仕様や設計手順などの技術的な話というよりは、発注者として必要なアクションをまとめています。

1. 保育園の運営会社を決める

社内に保育園をつくるにあたり、運営会社を探す必要があります。保育園をつくる企業自体は別に本業があるので、保育園の運営を委託したり、必要に応じて、この後に続くステップをサポートしてくれる運営会社を選定するのが第一歩になります。

「保育園 委託」で検索すると多くの会社が出てきますが、大手だと以下のような運営会社がありますので、参考までに掲載しておきます。新しいことを始めるときは、まずは本や関係者から広く話を聞いて大枠を掴むことが鉄則かと思いますので、とりあえず相談してみることをお勧めします。

株式会社ポピンズ
https://www.poppins.co.jp/
HITOWAキッズライフ株式会社
https://www.hitowa.com/kids-life/
株式会社パソナフォスター
https://www.pasonafoster.co.jp/

2. 保育園の要件を決める

このnoteを読まれているということは、社内に保育園を検討したり、つくったりする必要がある状況かと思いますが、具体的な需要を確認するためには社内アンケートを実施するのが手っ取り早いです。社内に保育園をつくった場合、具体的に何人の人が利用してくれそうか、その人たちはどこから通うことになるのかなどが見えてきます。

立地条件や会社の規模などにより、保育園の定員や面積といった要件も変わってくるので、この時点で運営会社と相談するのがお勧めです。企業内保育園をつくったことのある総務FM担当者が身近にいれば、話を聞いてみるのも良いかもしれません。

3. 設計会社を決めて、保育園の設計を進める

保育園の設計は、家具やドアの仕様といった細かな注意点が多く、たいていは保育園の設計実績がある会社へ依頼することになります。付き合いのある設計会社がいれば声を掛けてみたり、新しくオフィスをつくっている場合は、オフィス全体の設計を担っている設計会社に依頼できることもあります。

また、保育園をつくったり助成金の取得を目指したりするために、多くの窓口へ行くことになります。そういった役所との協議においても設計会社のサポートを得る場面が出てくるので、設計会社に設計業務を委託するのはマストと考えます。

4. 役所の窓口に行く

保育園をつくるにあたり、思いのほか多くの窓口に行き、図面の確認や相談をする必要があります。助成金の取得を目指す場合は、助成金の申請要件を満たすために、窓口で相談したことを議事録にまとめておく必要もあります。

行くべき窓口は運営会社と相談しながら決めることになりますが、最大で以下5つの窓口に足を運ぶことになるかと思います。地域によってバラつきはありますが、新宿区を想定して各窓口をまとめておきます。

1. 新宿消防署
何のために行くの? → 保育園の避難計画を確認してもらうため

2. 東京都 保育支援課
何のため? → 消防署で確認した避難計画と、保育園の図面を確認してもらうため

3. 東京都 建築指導課
何のため? → 建築基準法の観点から、保育園の図面を確認してもらうため

4. 東京都 建築企画課
何のため? → バリアフリー法の観点から、保育園の図面を確認してもらうため

5. 新宿区 保健所
何のため? → 保育園の図面や運営体制、特に厨房やトイレのレイアウトを確認してもらうため

多いですね。しかも図面や計画に大きく影響する指摘があれば、図面を変更したり、場合によっては再度確認のために足を運ぶ必要もあります。

保育園をつくったり助成金を取得したりといった一連の流れのためには必須のステップですが、調整に時間がかかる部分なので、全体スケジュールにはきちんと盛り込んでおく必要があります。ちなみに、僕はこのステップだけで2ヶ月ほどかかりました。

6. 施工会社を決める

保育園の設計が70%ほど終わり(この時点で100%だと素晴らしいけど、スケジュール的に多くのプロジェクトでそれは夢に終わる)、実際に工事をお願いする会社の選定になりますが、たいていは以下の2種類の会社にお願いすることになります。

B工事会社・・・保育園をつくるためには、ビルの既存設備をいじる必要がある。たとえば、天井裏の空調配管やトイレやキッチンをつくるための給排水配管などで、これらはビルの指定工事会社でなければ工事できないことが一般的。B工事施工会社はビル管理会社、もしくはそこから指定される会社がこれにあたる。

C工事会社・・・施主が自由に選んで依頼をする工事会社。上記のビル設備ではなく、施主が自由に工事をして良い部分の工事をお願いする。入札や相見積もりを取り、質や実績、提示金額などのバランスをみながら最適な会社を決めるのが一般的な流れ。

たいていの場合、B工事会社の工事金額が予算に合わなかったり、必殺☆謎の管理費○○%!などが見積に計上されたりするので、B工事をいかにしてC工事で巻き取れるかが総務FM担当者の腕の見せどころ…うんぬんという話をすると、どこかから何かが飛んできそうなので止めておきます。

このあたりの話は気軽に飲みに行ける世の中になったら、飲みながら語り合いたいところです。

6. 助成金の申請をする

運営会社から助言をもらいながら、助成金の申請を進めます。運営会社との業務委託契約の内容にもよりますが、たいていの場合は、申請業務自体は運営会社で行い、申請に必要な書類や図面を総務FM担当者が取りまとめます。全体スケジュール的には、ステップ6は5と同時並行で進めることになると思います。

必要な書類や図面を揃えるために、ビル管理会社から建物に関する書類を取り寄せたり、設計会社に申請用に体裁を整えた資料を作ってもらったりする必要があります。また、会社の残高証明書や就業規則など、自社で準備する書類もあるのでご注意ください。

また、助成金申請の要綱や申請スケジュールは毎年変わるので、運営会社から最新の情報を提供してもらったり、以下申請先の公式サイトから情報を読み解くことになります(難解すぎるので、基本は運営会社から必要なアクションを教えてもらう流れになる)。

7. 開園スケジュールを決めて、工事を見守ったり備品を納品したりする

この段階までくると設計が終わり、実際の工事がすでにスタートしていることかと思います。現場で大きな問題がなければ、工事会社の提示スケジュールで工事が終わるはずです。

開園スケジュールも見えてくるので、開園日を確定させて、社内に保育園オープンの正式アナウンスを流すといったことができます。工事や検査後は、運営会社が必要な備品を納品したり、保育士さんたちの開園前オリエンテーションなどを行い、いよいよ開園です。

企業内保育園(主導型保育所)をつくるうえでの注意点

ここまでで企業内保育園をつくるための大まかな流れを説明しましたが、いくつか注意点もあります。実際に発注者の立場で、保育園を含む新規オフィス構築のプロジェクトマネジメントをしてみて「これは注意したほうが良いぞ」と感じた5点をまとめておきます。

1. 保育園の面積は200㎡を超えないようにする

現在(2021年2月時点)の建築基準法上では、200㎡を越える異種用途の空間をつくる場合は、建物の用途変更が必要になります。たとえば、企業が入居する一般的なオフィスビルのなかに200㎡を越える保育園をつくろうとすると、ビル自体の用途を変更する必要があります。

これは建物全体の話になり、ビル自体の設計会社を巻き込みつつ数年単位での調整や大きなお金が必要になります。そんな手順を踏んでまで、200㎡を越える保育園をつくる必要はなく、スケジュール的にも予算的にも真っ先に選択肢から外れます。

※地域や都道府県の担当者によっては、200㎡を越えない場合でも用途変更を求められる事例があるようです。この点は早いタイミングでビル管理会社や設計会社と相談のうえ、進められることをお勧めします。

保育園の面積のイメージとしては経験上、以下となります。

100㎡程度・・・定員12名ぐらいの保育園がつくれる。0歳児がハイハイするスペースがゆったり取れなくて少し手狭に感じるけど、運営はできる。

160㎡程度・・・定員18名ぐらいの保育園がつくれる。0歳児×6名・1歳児×8名・2歳児×4名程度のスペースをゆったり確保できる。ただし倉庫を大きく確保すると、保育スペースが狭まる可能性があるため、運営体制を運営会社とよく相談したほうが良さそう。

2. ビルの高層階に保育園をつくるのは大変

一般的に保育園というのは街中にあり、地上1階につくられます。ゆえに街中で多くの人の目が届きやすく、火災など事故の発見や救助活動がしやすいといったメリットがあります。

一方、企業内保育園は、ビルの入居者しか出入りしないオフィスビルのなかにつくることになります。また、1階ではなくビルの2階以上の位置につくることが多くなるため、事故を発見できる人の目が少なかったり、高層階なので救助活動にも時間がかかります。

そのため、避難計画について一般的な保育園よりも多くの要件が求められます。たとえば保育園をつくるフロアに、オフィスに常駐する部署を配置して救助活動をサポートできる環境をつくるなど、部署配置に気を使う必要があります。

また、火災発生時の貨物用エレベーターは、消防士が使うことが優先されるので、避難する場合は階段を使うことになります。しかし、多くの子供を背負って階段を駆け下りることは現実的ではないので「園児やその救助サポート者は貨物用エレベーターで避難しても良い」といったイレギュラー対応を消防署に事前に認めてもらう対応が必要になります。

3. 助成金を取得する場合は、認可と同等の要件が求められる

前半でもふれましたが、企業内保育園は認可外保育園の扱いになります。認可外なので認可よりも保育園の要件が緩くなるのが一般的ですが、助成金を取得する場合は、結局は認可保育園レベルの基準を満たす必要があります。

認可外だから基準が緩い!というイメージは持たないように注意してください。

4. 営業を10年続けないと助成金の返還が必要

企業内保育園で申請する助成金は、大きくわけて運営費と整備費の2種類があります。

運営費・・・毎月の運営費を補助してくれる助成金
整備費・・・保育園をつくるための工事費を補助してくれる助成金

気をつけないといけないのが後者の整備費です。大きな額を補助してくれるものですが、現在(2021年2月時点)の規則では、保育園の運営を10年続けないと助成金を全額返還する必要があります。

一般的に、ひとつの企業が10年以上も同じオフィスビルに入居し続けることは極めて稀なので、整備費の助成金はほぼ確実に返還することになります。10年の間に人が増えて引っ越しをしたり、昨今ではオフィス自体がいらないという判断をする企業もあるくらいです。

したがって、整備費分の助成金はもらっても返す必要があるという前提で、社内調整を進める必要があります。企業によっては、たとえ一時的でももらえるものはもらっておいたほうが良いという判断もあるので、このあたりは経営層や社内の財務会計部門に考え方を確認しておくのがお勧めです。

5. 保育園づくりは発注者としての判断が難しい

総務FMの担当者としては、当然決まった予算内でプロジェクトを収める必要があります。ただ保育園については、将来入園してくれる園児や保護者を考慮した、設計と運営会社の要望を叶えすぎると金額が膨らみがちです。

もちろん使ってくれる園児や保護者の安全第一なので、お金をかけるべき部分はかける必要がありますが、その線引きが難しいと感じました。

たとえば、床暖房があれば快適な保育スペースになりますが、工事のハードルやコストを考えると電気式カーペットでも良いのでは?といったように運営会社と調整をする必要があります。

食育を大切している運営会社であれば、厨房設備のグレードを求めがちですが「できあいの食べ物を温める→火を使って焼く→揚げ物(ドーナツ等)をする」など調理の程度によって、設備にかかるお金も工事スケジュールも変わるので注意してください。

細かく例をあげるときりがないのですが、要望と予算のバランスを常に気を使う必要があり、その大変さと面白さが企業内保育園づくりの醍醐味だと思いました。

おわりに

以上、企業内保育園(企業主導型保育所)をつくるための流れと注意点について、自身の勉強も兼ねてまとめてみました。万が一、間違いなどあればご指摘ください。

総務FM業界をこの先、一緒に盛り立ててくれる皆さんの役に立てば嬉しいです。それではご安全に!

いただいたサポートでボールペンの替え芯などを買いたいと思います。ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。