昔話から成長を感じたこと
時々何故かわからないけど
今から書くことをふと
思い出すときがあるんです。
もう10年以上前、漢方養生を学びに
とある場所へ勉強しに行っていた
時があるのですが、その講座が
午後からだったので
食事を済ませるために講座が開講される
場所の近くの牛丼屋へ入ったんです。
コの字型のカウンターだけでなく
広めの店内にはテーブル席も数席。
でもまぁ、気にせずカウンターへ
座ったのですが、その隣の席に
座っていた男性が何に不満があったのか
覚えてはいないのですが
とにかくず~っと店員さんにネチネチと
同じことの繰り返しでクレームを
言い続けていたわけです。
それが始まったのが牛丼を頼んで
お金を支払った直後😇
皆さんならどう行動しますか?
選択肢が無い苦しみ
その時の僕は
【とにかく我慢して早くご飯を食べ終えた】
という行動をとりました。
というよりも、その時の僕には
【その選択肢しか選べなかった】
というところでしょうか。
多分あの時にも
お店を出るとか、席を変えてもらうとか
そういったことはよぎった記憶は
なきにしもあらずなんです。
でも、それ以上に
席を変えるのは申し訳ない
とか
なぜ、こいつに合わせなきゃいけないのか
とか
ちょっとアレな気配を感じて怖い
そんなことを考えて、ほぼ自動的に
動かないを選択していたんですね。
本当に俺、いい人!w
ですが当然、ご飯の味は入ってこず
気分の良いお昼では無かった。
この出来事が度々記憶をよぎる。
それは
それだけ、学びの多い
題材だからじゃないかと🤔
選ぶ自由が自分にはあるということ
今の僕ならまず間違いなく
この時と同じ行動はしません。
だってその時のランチの目的は
【心身共に美味しいご飯を食べること】
だから。
人のクレーム聞きながら
美味しいご飯が食べられるほど
無関心になるのは難しいので
遠くの席にしてもらうか
返金してもらって店を変えます。
クレームが飛び火する可能性もあるけど
まぁ、その時はその時ですねw
別にその人がクレームを言うのを
咎めるわけではありません。
何が事情なのかも知りませんし。
ただ、どんな事情があっても
僕にとってそれは関係ない話です。
怒りをまき散らしている人の隣で
ご飯を食べる理由はないし
他の選択肢を今の僕なら選べます。
これが自他の区別をつけるということ。
あなたが何に怒っているか
わかりませんし、知りません。
でもそれはあなたの問題であって
私の問題じゃ無い。
あなたと私の間に問題があるとするなら
同じ空間を共有していたいかということ。
僕は嫌です。
だから距離を取るか、去るか。
その選択肢の方が僕にとって
有益なだけです。
あなたの問題は
あなた自身で解決して下さい。
僕の問題は
僕自身で解決しますから。
そんな感じでしょうかね~🤔
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