やっぱり人間が一番怖い

 恐ろしい体験をした。
 仕事で、見知らぬ他人から突如、怒鳴られた。
 電話の向こうで威圧的に攻めたててる人は、一体どんな気持ちで言ってるんだろうか。

 SNSで攻撃されると、こんな気持ちになるのかな。今、非常にびくびくしている。
 ChatWork や Slack の通知音がするたび、心臓がぎゅっとなる。
 電話を切られた直後は、手の震えが止まらなかった。着信履歴から、この先、脅迫や嫌がらせをされるのではないかと怖くなった。
 そのときの恐怖が、5時間経った今も続いている。

 そもそも、嫌がらせもいじめも受けたことがないので、こういう攻撃に慣れていない。
 表立った攻撃性を目にすることが、前職を辞めてからほとんどなかった。
 前職の新聞社では、お悔やみ欄を担当していた。
 死亡した人の家族に電話をかけ、通夜葬儀の情報を確認する。田舎では、冠婚葬祭に参加することは礼儀であり、とくに通夜葬儀への参列は必須だ。自分が行けないのであれば知り合いにお香典だけでも届けてもらう。
 私の在籍していた新聞社は、地元の地方紙の2番手で、1番とは発行部数に大差がついていた。
 お悔やみ情報は1番手に掲載すれば、ほとんどの人に行き渡る。だから、2番手への掲載は必要ない。そう考える人も多く、掲載を希望しない人もときどきいた。
 結果、こちらの新聞の読者が得られない通夜葬儀の情報が発生する。「なんで掲載しなかった!」と、ときどき読者からクレームの電話がかかってくる。「おかげで通夜葬儀に参列できなかった、どうしてくれる!」と言うのだ。
 知らんがな。連絡が回ってこないくらいの関係の人なら、別に参列しなくてもよくない? あとでお香典送ればいいんじゃね?
 そう思っても「申し訳ありません」と謝らなくてはならない。仕事だから。

 ほかにも、「さっきも電話かかってきたのに、なんでまた同じこと言わなあかんのやし!」と電話を叩き切られることもあった。
 通夜葬儀の準備で忙しいさなか、新聞各紙から電話がかかってくる。2~4回、同じことを聞かれ、同じことを答えなくてはならない。
 そりゃ迷惑よね。でも、新聞掲載を希望したんだよね? だったら仕方ないんだってば。確認なしに、新聞に情報は掲載できないんだもん。
 在籍した約4年半で、私も10回くらいは電話の向こうから怒鳴られた。
 そのたび、気を取り直すために、階段でタバコ吸ったっけな。

 しかし、前職で受けた攻撃的な電話は、そういうことが起こるかもしれないとわかった上でのものだ。もしかしたら、そういうことがありうると思いながら怒鳴られるのは、まだ心の準備ができている。
 今日のように、丁寧にあいさつしただけでかみつかれたのは初めて。むき出しの敵意を後ろからぶつけられたような感じ。
 しかも、前職では丁寧に相手の怒りを受け止めて、理不尽だけれど謝って「善処します」と答えれば静まった。今回は違う。
 急な攻撃に息をのんだ瞬間、畳みかけられた。防御の姿勢をとる間もなく。
 なす術なく、底なし沼に突き落とされ、上から頭を押さえつけられたようだった。

 ビジネスの場で、こんなことが起こるとは思っていなかった。
 虫の居所が悪かったのか、昨日の嫌な出来事がそうさせたのか、ストレスを解消したかったのか、ほかへの怒りを私に向けたのか。理由はわからない。
 先方は、あれで気が済んだのだろうか。すっきり、いい気分で、自分がしたことなど覚えてもないのかもしれない。なんなら、責任は私にあると、正当化している可能性もある。それも、本気でそう思ってるかもしれない。

 こういうとき、私は自分を救うためにこう思う。

 かわいそうな人だ。ちゃんと育てられてこなかったんだな。ひどい親に、ひどい仕打ちを受けて育ったがために、こんなに行儀悪くなってしまったんだろう。
 ああ、親に恵まれなかったんだなぁ。かわいそうになぁ。
 私はこんなふうにならなくてよかった。

 だが、いくらそう思っても、染みついた恐怖は消えない。
 たぶん、当分、電話をとることも、かけることもない。
 今夜、眠れるだろうか。まだ、胸のあたりが苦しい。

 -----------

 そうだ、新聞社のときの相手は、こちらに謝らせたいと思っていた。だから謝ると収まったのだ。
 だが、今回は謝らせたいわけじゃないかった。だから「お気に触ったのなら申し訳ございません。ほかの者と代わります」と言っても、攻撃がやまなかったのだ。
 はたして、いったいなにが目的だったのだろう。

 

 

ネコ4匹のQOL向上に使用しますので、よろしくお願いしまーす