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龍安寺「禅の庭」の謎

京都市右京区、世界遺産「龍安寺」には「禅の庭」と言われる石のお庭があります。

作者は不明で室町時代末期1500年頃に作られたと伝わるそうです。

それは「お洒落な石庭」なだけでなく実は禅のメッセージ的な思想があるのではなかともいわれていて、配置が「心」になっている、または「虎の子渡し」や「七五三の庭」の他に

解説には15個ある石はどこから見ても14個しか見えない(原理的には左端の小石が見える位置に行くと左端の小石が見えなくなる)ことから「15は完全を意味する数字だが、この庭園は完全には成り得ない」というのがあります(特に深い意味はない説もあります)

日本庭園の石の庭(枯山水)と言えば「敷き詰められた白い砂利に尖った岩」のイメージがあると思うのですが、あれば中国山水画をモチーフにしたからと言われています。なので中国から伝わったハズなのに中国の庭園では違う岩の組み方をするそうです。

山水画の孫悟空が生まれた山(花果山)みたいに尖った岩は「長寿の仙人」が住んでいるという事で中国では縁起が良い絵として流行っていたそうで、宝船の七福神の組み合わせも「恵方巻」みたいに商売人が勝手に組わせたアベンジャーズみたいなものだったように、こちらもそうで、元々は当時の政治や宗教に考えが合わない賢人が逃げて隠れ住んでいた逸話が仙人の元で、実際は普通に中国の広西チワン族自治区にある桂林という地域の景色らしい(花果山も今はちゃんとした記念碑があって観光地になってるそう)
桂林https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%...

フタを開けると大体こんな感じ。

なのですが、それはさておき龍安寺のお庭は作者不明なので詳しい事は分からないそうなのですが、水を白い砂利で表現する「枯れ表現」は日本で生まれたそうです。

お庭が作られた室町時代末期(1500年頃)というのが味噌で

金ピカの金閣寺(北山鹿苑禅寺)が作られたのは1399年(足利義満)
地味目な銀閣寺(東山慈照禅寺)が作られたのは1490年(足利義政)

同じ足利家が関わっているのに随分雰囲気が違いますね?
この金閣寺と銀閣寺の間に「侘び寂びブーム」があったというのです
(禅の考えや水墨画も流行ったらしい)

侘び寂びといえば千利休(1522年~1591年)ですがこの時から既に「流行は繰り返す」というのはあったようで、侘び寂びっぽい考えは万葉集の時代(620年~759年)には既にあったらしく時々ブームになり、もはや

「今度のお殿様は綺麗目ジーンズ派かな?ダメージジーンズ派かな?」みたいなノリ?

なのでお庭が作られた当時は「めっちゃオサレ~な庭」だったのかもな~と。(お寺とか神社って神聖なイメージがありますが当時は公民館的な役割もしていたらしく石立僧や山水河原者といったオサレ庭を作る専門の業者まで居たそう)

それもさておき、解説には15個ある石はどこから見ても14個しか見えない「15は完全を意味する数字だが、この庭園は完全には成り得ない」を

「物事や人の全容は一ヵ所からは見ることが出来ない、なので自分の理解は完全なものにはならない」と解釈するなら、作者が作為を意図的に隠し謎にすることで

答えが無いので見る人の理解を「完全に不完全」にすることが出来ます。

だとすれば「私がそれを知らない事を知っている」でおなじみ「無知の知」と「吾れ唯だ足るを知る」に繋がるのかなと。

だとするなら逆から見ると
例えば、学校とか会社とかでは一つの正解を導き出し白黒ハッキリさせるという事をしなくてはならないので、他も全部そうすべきと考えてしまいがちで、また白黒ハッキリした正解を知ってると高慢になりがち問題(実は不完全な式であれば一つの正解に辿り着くのはおかしい)

例えば、ブルース・リーが“Don't Think, Feel!”(考えるな、感じろ!)なんてな事を流行らせるので「自分の感性オンリー」のオンリー目線の人が増えていろんな角度から考えなくなった問題(そもそも映画の中では、基礎は教わるけど、その先は感じる事が大事になってくるよ、というニュアンスなのに何故か感性だけが大事かのように誤解する人が増えた)

例えば、某鬼の鉄則には、「大衆は説明が長くなる難しい話は苦手」なので「大衆は中学生くらいの理解力だと思え」「大衆は短くて強い言葉に絆されがち」という戦略でバブル期に大成功を収めたように、あたかも自信に満ち溢れスキが無いような感じを出せば大衆は真に受けちゃっう問題(未だに短い言葉でカッコよく言い切って釣ろうとする人は多い)

というような問題が500年前からあったのかな~というのが見えてきます。

「吾れ唯だ足るを知る」も短くて強い言葉ですが、言葉の知名度は広がっても思想として暮らしには活かされない、それは算数の答えだけを教えても根付かず「解き方」を教えないと暮らしで活用されないように。お庭の意味を説明しても長くなるので理解は広がらない。

なので、どこまで行っても不完全なまま。

でもお庭は「そういうもんだよ」と解いているのかもしれませんね。

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