見出し画像

一橋文哉「三億円事件」読書感想文

三億円事件は、もう50年もまえ。
そこに改めて驚いた。

テレビでも雑誌でも、ずーと取り上げられているから、いつの間にか最近の出来事みたいな感覚になっていた。

この本にしても、1999年の出版から20年経つがおもしろい。
いったん読み出すと止まらない。
7時間ほどかけて一気に読み終えた。

官本には、めずらしい種類の本となる。
基本、犯罪を描いた本は入らないのに。


少年の単独犯ではなかったのか?

個人的には、三億円事件の犯人は、事件直後に自殺した少年だという気がしていた。

親が警察官の。
体面を重んじる警察が未解決事件とした、というのがすんなりとうなずける。

単独犯だと思うのは、犯罪というのは、共犯がいればいるほど “ めくれる ” から。
完全犯罪は、単独犯でなければ成せない。

ここまでの完全犯罪だったら、少年の友人などが関わったら、すぐに “ めくれる ” ことになる。

が、この本を読んで、三億円事件事件が未解決となったのは、米軍基地が絡んでいたからかと自説が膨らんだ。

単行本|1999年発刊|302ページ|新潮社

前半は事件の詳細を追っていく

著者の一橋文哉(ふみなり)は、ある日、三億円事件に関わっている人物を知っているという人物と合う。

そこで証拠を示される。
紙幣のコピーだった。
紙幣番号が、強奪されたものと一致していた。

著者と取材班は、独自の調査をはじめる。
当時の証言を多く得る。
同時に、捜査報告書の検証もして、多くの事実も見い出す。

でもそこで、素朴な疑問も同時に浮かぶ。
警察も、当然それらの事実は掴んでかなったのか?

しかし著者は、警察の盲点、捜査体制の混乱や不備もあれこれと突いていくので、断定するまで辿りつかなかったと解説も加える。
納得感はある。

後半でつまらない展開に

こういった本は、気持ちのメーターで表せば、まずは “ 信じない ” 側に針がある。

読んでいるうちに、その針がビンビンと “ 信じる ” 側に振れるようになる。 

この本は、半ばを過ぎるときには、針が “ 信じる ” 側に達していてる状態だった。

それが、犯人とされる男のインタビューの場面で、グッと “ 信じない ” 側に振れてしまって、以降はさほど振れることなくラストまで読んでしまった。

インタビューの場面は『対決』という1章を使っているのだけど、こんなに気持ちを下げるのだったら、そっくりといらなかった。

著者が正義感を振りかざしすぎていた。
今になってなにをしたいのだろう?
罪を認めさせて罰を与えたいのだろうか?

「犯人をゆるせない!」という義憤で読んでいる人にはいいのかもしれない。

が「犯人はどうしてるのかな?」と「なんで未解決になったんだろ?」という不謹慎な好奇心で読んでいた自分には、つまらないクライマックスだった。

「あなたは嫌疑がかけられているんです!」
「それは明らかに嘘だ!」
「きちんと答えるべきでしょう!」

著者は、犯人とされる男とは、対決姿勢で詰め寄る。
追求した、追いつめた、落ちそうだ、と鼻息が荒い。
男の言葉尻をとって、証拠を突きつける。

でも、こんなふうに迫ったら、北風と太陽ではないけど、コートの衿を押さえて離さなくなってしまう。

やったことでもやってないと、誰でも答えてしまう。
真実を知りたいだけという、落としどころがあってもよかった。

結局は、犯人とされる男は逃げるようして去る。
でしょうね、とずっこける思いだ。

それからは接触はなくなる。
結局はウヤムヤに。

クライマックスが浅すぎたばかりに、すべてがよくできた創作に感じてしまった読書だった。

三億円事件事件の時代背景

1968年の物騒さに驚きがある

物騒さは、現在の比ではない。

2月 金嬉老事件
11月 連続ピストル魔殺人事件、永山則夫逮捕
12月 三億円事件

ベトナム戦争が激化する最中でもある。
全共闘が結成されて、大学紛争が起きる。

1月 エンタープライズ入港反対運動
2月 成田空港反対集会
6月 横須賀線爆破事件
10月 新宿騒乱

事件当日に、現金輸送車を止めたニセ白バイ隊員の「爆弾がしかけられている!」という叫びは、十分にリアル感があったのだった。

現金輸送車が乗り逃げされたときの行員の「勇敢な警察官が、爆弾を遠くに持っていこうとしていると思って感動していた」との証言には、思わずクスリとしてしまった。

物騒ではあるが、エネルギーが充満している

この1968年にGNP(国民総生産)は世界2位になる。

いわゆる “ 3C ” が、がもてはやされる。
カー、クーラー、カラーテレビだ。

府中市を中心にして、多くの団地が建設されていく。
周辺の人口は、10年前から3倍に増えてもいる。

立川、国分寺、福生近辺には、返還される前の米軍基地があり、多数の米兵で賑わっていた。

ハレンチ、アングラ、サイケデリックという言葉が流行していてもいた。

物騒ではあり不安もあるが、それ以上にパワーも希望もあふれていた世間の空気は感じる。

ネタバレ登場人物

ヨシダ

情報提供者。
三億円事件には『ジョー』の関与を疑っている。

証拠として、半分焼けた旧500円札のコピーを見せる。
事件後に畑で焼かれた一部で、ジョーが “ 保険 ” として財布に入れていたものだという。
紙幣番号は、強奪された1枚と合致していた。

ヨシダは、商売仲間だったジョーからバッグを預かっていた時期があり、鍵が壊れていたことからコピーできたという。

ジョー

別名、クレージー・ジョー。
アメリカ人の父親と、日本人の母親を持つハーフ。

事件当時、立川市や福生市を拠点としていた非行グループのリーダー的存在。
とはいっても、性格は温厚で、振る舞いに粗暴さはない。

父親の仕事を手伝い、そのうち自身で金儲けをするうちに自然と人が集まり、グループのリーダーとして祭り上げられたようでもある。

麻薬や故買品の密輸で警察にマークされたこともある

事件当日は、現金が入ったジュラルミンケースを車に積み替えて運搬。
米軍基地に隠匿したと著者は推測する。

1999年の時点では、メキシコに在住。
麻薬密売に関わっている、と推測もしている。

マイケル

ジョーの父親。
米軍関係者。
横田基地、立川基地、府中基地にはフリーパスで出入りができた。

犯行で使用されて白バイのメガホンは、立川基地にあったことが判明しているが、警察が捜査をした形跡はない。

K・S

取材当時、都内で小さな鉄工所を営む。
ヨシダの昔の仲間。
ジョーがいた非行グループには結成の初期からいた。
先輩として、ジョーをよく知っていた。
が、中心がジョーに移っていくなかで、自然にグループを離れていく。

佐藤六郎(仮名)

通称ロク。
事件当時18歳。
自動車窃盗の常習者。
ジョーは弟のようにして接して、身近に置いた。

3年後に、名古屋でひき逃げにあい死亡。

運転テクニックがあること、ニセの白バイ隊員の特長に似ていること、事件に使われた盗難車の盗まれた手口が同じことなどの共通点がある。

事件当日の、ニセの白バイ隊員だったと著者は推測する。

松田誠一郎(仮名)

通称 “ 先生 ” 。
府中市出身、元警察官。
事件当時34歳。
ジョーとは仕事を通して知り合い「先生」と慕われていた。

以下、著者の推測となる。

事件の主犯格は、この松田である。
埼玉県川越市の実家を拠点にして、犯行の全体を計画。
ジョーとロクを引き込んで準備。
布石となる、多摩農協の爆破予告などを実行する。

事件を計画したいちばんの動機は、借金をしていて金が必要だったことが挙げられる。

副次的には、父親が東芝の府中工場に勤めていて早死にしたこと。
姉の自殺は、勤めていた銀行に原因があるとしていたこと。
警察が捜査をしないことが不満で職を辞したこと。
これらを背景として挙げている。

1999年の時点では、アメリカを拠点に宝石商をしている。
著者は2回のインタビューをするが、真相はわからずとなっている。

ヤマザキ

松田誠一郎の元同僚。
三億円事件事件の犯人は、松田誠一郎だと断じる。
証拠として、旧1000円札を示す。
事件の数ヵ月後に、売った無線機の支払いで受け取ったものだという。

それには、強奪された札の1枚と同様の印があった。

吉川悦子(仮名)

取材当時50代半ば。
大阪在住。

当時のジョーの交際相手。
事件の直前にジョーとドライブにいく。
そのときに、ジョーからはイヤリングをプレゼントされたのだが片方を紛失。

同型のイヤリングが、事件に関わった盗難車から発見されているのを著者は突き止める。
その盗難車は、事件の直前にドライブした車と車種は同じではあるが、同一かは不明。

当時の吉川は、周辺の非行グループと交友があった。
警察が犯行に関与したとしている “ 立川グループ ” も、犯人とされる関根篤も見知っており、そんな事件などできるわけがないと断言する。

関根篤(仮名)

事件当時19歳。
父親は現職の警察の中堅幹部。
警察が犯行に関与したとしている “ 立川グループ ” のリーダー格。

事件5日後に、青酸カリ自殺をする。
犯人に疑われたままとなっている。

ネタバレあらすじ - 独白風

三億円事件が未解決となった大きな原因

捜査本部の内紛が未解決にしたと思われる。
単独犯か複数犯かで、捜査方針が割れたいた。

現場は振り回されて、人物が絞りきれてない。
のべ13万人から事情聴取。
12,200人もの重要参考人。
900人が再捜査の必要ありのまま。
1,700人が手付かずとなっている。

気負いのあまり、誤認逮捕もしている。
まちがいは許されない状況となったのが、捜査の動きを萎縮させてもいるように見受けられる。

米軍基地と大学がタブーとなっていて、捜査が及んでない部分も多々ある。

犯人は3人いて、1人は死亡している

結論としては、犯人は3人。
松田とジョーと佐藤だ。

警察は、犯人像を多く挙げている。
退職警察官。
自動車修理が得意な人物。
土地勘がある人物。
機械や電気に詳しい人物。
時間に余裕がある人物。
ギャンブルをする人物、など。
それらの特徴が、この3人には当てはまる。

3人を犯人とする証拠も得ている。
旧500円札と旧1000円札だ。
両方とも強奪された現金に含まれていたもので、松田とジョーの周辺から得られたものだ。

佐藤については、事件の3年後に死亡している。
ひき逃げではあるが、仲間割れもありえるが、本当のところは不明である。

時効後に犯人の1人はアメリカで事業をしていた

松田の行方は判明した。
ロスで事業をしているという。
私と取材班は、現地に急行した。

会社があるオフィスビルはあった。
が、1年半前に引っ越したという。
大家は行き場所は知らないらしい。

当地の弁護士に調べてもらうと、たしかに1991年から7年ほど、ここで宝石商をしていている。

周辺に聞き込むと、販売よりも、買い付けと卸しを主としていたようだ。
そこには、ジョーと思われる日系人もいた。

もう1人の犯人はサンディエゴで宝石商をしている

悪い噂もあった。
FBIから内偵されていたようだ。
米軍コネクションの密輸にも関わっていたらしい。

ビバリーヒルズの自宅も突き止めた。
すぐさま向かったが、そこも引っ越している。

が、妻と娘がいることが、新たに判明する。
学校関係者から、まだロスに住んでいることも、連絡先もわかった。

松田には、インタビューを申し込んだ。
以外にすんなりと、昼食をとりながらだったらと応じてきたのだった。
ついに松田との対決だ。

松田には、証拠を突き詰めた。
追い詰めた手ごたえはあったが、核心の部分には至らない。

ただ、ジョーの居場所は聞き出せた。
2人は仲違いした様子だった。

ジョーは、サンディエゴを拠点に宝石商をしているという。
国境の街のティファナで、定宿にしているホテルにいけば会えるとのことだ。

私たちは、ティファナへ急行した。

1人はメキシコで麻薬密売をしているのか?

ティファナの街は、革製品や宝石が1割から2割安いということで、多くの観光客が訪れている。
メインストリートには、それらの商品が高く積まれていた。

胡散臭さが覆っていた。
街の全体が、ファンファーレが鳴る競馬場か、巨大なパチンコ店のような騒がしさがある。

『混沌』の匂いも漂っている。
ジョーが過ごした横田や立川には、かつてはそれがあった。

ジョーが定宿にしているのは、安ホテルだった。
で、そこにはいなかった。
事業に失敗して、1年前にはメキシコのグアダラハラに行ったという。

グアダラハラは、麻薬取引が行われる街だった。
その安ホテルも、地元では麻薬取引が噂される場所だった。
ジョーは、麻薬密売を手がけているのだろうか?

ここにきたばかりのジョーは、クルーザーを購入していた。
「俺は昔、どでかいことをやったんだ」とも話して、海ばかりを眺めていたという。
それは日本の方向だった。

ラスト5ページ

そのあと松田は、多忙を理由にインタビューを断り続けた。
ついには電話にもでなくなった。

調べてみると、松田はロスを引き払ったようだ。
アトランタに家族を残し、マイアミからメキシコに渡った足跡まではわかっているが、以降は不明となっている。

松田とジョーは同じ道をたどるのだろうか?

彼らの寂しい姿が浮かび上がってくる。
事件を誰にも話すことができずに、次第に人間不信を募らせて、孤独感に苛まれていく。
そうした苦悩を想うと、虚しさを通り越して、悲しい気分に陥った。

私の脳裏には、今でもこびりついて離れないシーンがある。
インタビューで質問をしたときに、松田は苦笑いしながら、ポロッとこう漏らしたのだ。

「私だって、いろいろ辛いんですよ」

私はそのとき、松田の顔が泣いているように見えていた。

この記事が参加している募集

読書感想文