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清水一行「絶対者の自負」読書感想文

清水一行は “ トップ屋 ” から小説家になった。
トップ屋とは、週刊誌が全盛期の昭和のフリーライター。

新聞が書かない特ダネを追い、派手に誌面のトップをとるから、当時は “ トップ屋 ” と呼ばれたとのこと。

それだからか。
事件や、スキャンダルや、不祥事を、暴くようにして書かれる小説が主となる。

人々が何に興味を持つのか、どこを知りたがるのか、並みの作家よりわかっていると感じる。

そんな清水一行の小説の特徴としては、金額がはっきりと何度もよく書き込まれているのを1番に挙げたい。

金額からの計算も目論見も示される。
文芸作品にはない点になる。

企業や団体といった組織が舞台となるのも特徴。
この小説も、金融省のキャリアが主人公となっている。

ちなみに、金融庁ではなく “ 金融省 ” となっているので、以下そうする。

ともかく、こういった題材は登場人物は多くなりがち。
話も紆余曲折しそう。
なのに、清水一行はすっきりと仕上げる。

それでいて、1人1人の人物が活き活きと描かれている。
この小説に限らず、読んでいて退屈を感じたことが今まで1度もない。


清水一行の小説のパターン

ひとつには “ 女 ” の登場がある。
組み合わせとしては、クセの強い女がおもしろい。

セックスシーンも必ず出てくるが、エロだとは感じない。

全力で生きている人間とは常に興奮しているもの。
その一端が描かれているに過ぎない。

あとは、ハッピーエンドはほぼないかも。
途中で感動も涙もない。

人物には格好良さもない。
外面はともかく、内奥では卑屈にまみれている人物が多い。

とはいっても、暗さは感じない。
誰もがエネルギーを発散させている。

途中でぶった切ったようなラストも多い。
これは仕方がないのではないか。

勢いがある人の行動を書くと、どんなに優しく緻密に終わらせても、ぶった切ったように感じてしまうと思われる。

この小説は、一気に雑に終わるほう。
ラストでは、金融省キャリアの主人公は包丁で刺される。

それを目撃した新聞記者は、助けを求める主人公を「特ダネだ」と写真を撮り、あとは放置して、刺した者を追いかけようと走り出す。

直後。
新聞記者は、暴走族の車にはね飛ばされて、道路に叩きつけられる。
ピクリともしない記者を目にしながら、主人公にも死が。

こんな、いきなりの雑な強制終了だって、清水一行だったらおもしろい。

諸行無常のような、そこに爽快さも混じって、どこか身につまされる余韻が残る。

文庫本|2006年発刊|347ページ|徳間文庫

■解説■
郷原 宏

ネタバレ登場人物

岡野靖
47歳。
“ 金融省 ” 検査局審査課課長のキャリア官僚。

同期のなかでは、トップとまではいかないが、順調に出世の階段を上がっていき、金融省の17ある課長職にも就く。
審議官を経て、局長となるのも確実と自他共に認めていた。

ところが、地銀の検査データ紛失という報道の責任をとらされて、勧奨退職の処分を受ける。

メガバンクの大明銀行へ天下るが、岡野を個人攻撃するかのような新聞の報道はさらに続いた。

上山悟
全国日々新聞社会部の記者。
県の土木部長の接待を告発する記事で、退職に追い込んだ経歴もあり。

“ 遊軍記者 ” という立ち位置から抜け出して、社会部の本流である警視庁や検察の記者クラブに配属されるため特ダネを狙っている。

岡野を勧奨退職に追い込んだのが実績と認められて、社会部サブキャップとなる。
以降も岡野を付け狙うようにして取材を重ねる。

大原正義
岡野とは幼馴染。
ひとつ年上。
今でも、たまに飲んだりしている。

子供のころは岡野の兄貴分だったが、進学に失敗し、旧大蔵省へノンキャリアで入省。
そこでの上司が、キャリアとなった岡野だった。

それから岡野に対する態度も言葉使いも、上司に対するものとなっている。

表面では露にしないので岡野は気が付かなかったが、その立場には、心の奥底にわだかまりを抱いていた大原だった。

大原は、省庁での昇進に見切りをつける。
大手証券会社のシンクタンクへ役員含みの転職をする。

1年後には、子会社の資産運用会社『アドバンスマネー』に副社長として転出。

実は行状がわるくて役員には選出されずに、子会社というのも嘘で、詐欺まがいの会社だったが、岡野には本当のことは明かさずに資産を預け入れさせる。

『アドバンスマネー』は各方面から詐欺まがいと注目されて、上山が記事として取り上げて、この件でも岡野は追い詰められる。

ネタバレあらすじ

夜回り取材からはじまった

その夜。
四谷の官舎へ帰宅する岡野の前に、新聞記者の上山が取材を求めてきた。

社会部の記者の上山とは、名刺交換だけの面識しかない。
経済部の記者だったら、省内で顔を合わせて、気心も知れている。

記者のほうも取材をスムーズに行なうために、役人とは友好関係を保とうとする。
このような “ 夜回り取材 ” はしないものだった。

「そう警戒しないでください。ご迷惑のようですから簡潔に済ませましょう」

上山は、プリントされた資料を手渡してきた。
目を通してみたが、審査課で作成された資料のようでもある。

地銀の財務を分析したデータがプリントされていたからだ。
データ自体は特別なものではないが、金融省の分析となると、地銀の破綻の噂の根拠となってしまう。

取り付け騒ぎだけは避けなければならないし、外部に資料が流出した管理責任が問われる。

また上山は、プリントにある『S分類』とされている不良債権は『政治家』のSではないかと指摘する。

実際にはサービサー(債権回収機構)で回収処理をした件だと思われるが、この場では出所もわからない資料だし、なぜ新聞記者の手にあるのかもわからない。

対応を慎重にさせていたのは、ここのところ内部資料の紛失が相次いでいて問題になってたからだった。

『部外秘』のマークがないので公式文書ではない、と存在を否定するに留める。

それらの返答を、上山は隠していると受け取る。
悪印象も抱いたのだった。

事務次官が謝罪に

翌日になる。
昨晩のことが気になって、全国日々新聞の経済部の編集委員に確かめると、上村は厄介な記者だった。

あだ名が “ スッポン ” とあるくらいの偏執的な性格。
マスコミは第3の権力だと、無冠の帝王だと、妙な正義感を振り回すという評だった。

資料は流出したのではなくて、若手が分析中に不注意で廃棄されたフロッピーらしい。

そう判明したときには、全国日々新聞の社会部によって『金融省 重要情報を紛失』『昨年に続き三度目の不祥事』『ずさんな文書管理が露呈』との見出しが紙上に載る。

独断に満ちた記事であっても、いったん紙面に載れば “ 書き得 ” となる。

マスコミ対応を誤ったのは、上司の局長だった。
岡野からの報告を受けていたが、記者発表の必要がないと、なんの対応もしなかったのだ。

第一弾の報道のあとも、紛失はしたが職員の私的な資料であって公文書ではない、と局長が中途半端な説明をしたのがマズかった。

さらにマスコミは『組織ぐるみの隠蔽』と書き立てて、続く定例記者会見では、官僚トップの事務次官が謝罪に終始した。

役人としては、あってはならない事態だった。
岡野の立場はわるくなる。

「君の監督責任は重い。それはわかっているだろうね」

すでに局長は、保身のための人事に手を回して、責任逃れを遂げていた。

紛失の当事者である部下は軽い処分で済んだが、岡野は勧奨退職の処分を受けた。

上山は、官僚の首をひとつとったと社会部で祝杯をあげたと、ほかの新聞記者から聞き伝わってきた。
仕事ぶりをアピールして評価もされたらしい。

「自分たちを絶対者だと思っている」

そう岡野は腹立たしくもあった。
25年の官僚生活は、いったいなんだったのだろう。

部下のつまらない不注意で、今までの実績が、あっさりと無に帰してしまった。

キャリアの勧奨退職はわるくない

官僚としての出世はできなかったが、キャリアの勧奨退職はわるい処分ではない。

退職金は2500万。
自己都合の退職だと1800万となる。

課長であれば天下りにも規制がない。
退庁と同時に、メガバンクの部長職が用意された。

勧奨退職とは、出世レースを調整するための処置といってもよかった。

銀行側からしても、金融省キャリアの入行は望まれていた。
監督省庁との太い繋がりを得れる。

が、岡野からすれば不本意でもあった。
それまでは、メガバンクを管理する立場。

頭取であっても、不手際があれば呼びつけて叱責していた。
それが立場が逆転して上司となったのだ。

代わりのようにして、銀行での年収は、金融省の課長よりもずっと増える。

1年目の年収は1500万。
2年目からの年収は2000万。

3年後の50歳になれば、役員に選出される内規にも適う。
もちろん、役員は決定事項のようなもの。
役員となれば、省庁トップの事務次官の年収も越える。

銀行の役員の個室は、天井は高く、革張りの応接ソファーは高級品だった。
省庁にはない役員室で、女性秘書もつく。

岡野は、新しい職場に意欲を持った。

銀行員専用の低利の融資で、グループ会社からの便宜でマンションを3400万で購入。
この値段だったら退職前には完済できる。

官舎より広くなったマンションだった。
妻は、気兼ねなく近所付き合いができると喜ぶ。

そんな笑顔の妻を眺めながら、これで年頃の1人娘に気を使うこともなく夜の営みができると岡野は思う。

今までは、夫婦で参加しているテニス大会の帰り道にラブホテルに寄っていたのだ。

派手なラブホテルに妻は恥ずかしがるが、岡野は有無をいわせずにハンドルを切っていたのだ。

マンションへの引越しが終わる。
久しぶりに、自宅で妻を抱いた岡野だった。

派閥

銀行では、支店検査部長となる。
全国の支店の検査を行い、内部の管理体制を強化する。

岡野は優秀だった。
しかし直接の上司となる、常務の西脇とは意見が合わない。
検査のために必要な改革案も、西脇の預かりの状態になる。

2年目になるころには、民間での出世には、派閥が左右すると岡野は気がついていた。

省庁では、ある意味、合理的な昇進システムが出来上がっている。

すべてが人事院の規定で細かく決められているので、派閥は重要ではなかった。

しかし銀行では、派閥の領袖が後継者を指名する。
元財務省というだけでなく、実力者に引き上げてもらうのも必要だった。

そんなある日。
岡野は、常務の湯浅の役員室に呼ばれた。

「あなたなら、十分に役員が務まります。そのときは私が口添えします。わたしの言葉を忘れないでいだだけますか」

派閥形成に余念がない湯浅だった。
西脇をライバル視していた。
このあと、西脇を退職させるのに成功している。

業務改善命令が下された

順調にいっていたが、つまずきは3年目だった。

保土ヶ谷支店の女子行員の着服が発覚。
12年間で14億に上り、今までで最大の事故となる。

着服の温床となったのは、派遣社員については、検査も人事も対象外としていたからだった。
今までそうだったと改めなかったのは常務の西脇だった。

金融省からの処分は免れない。
頭取は、金融省の局長に呼び出された。

「では、大明銀行にたいして行政処分をお伝えします」

業務改善命令が下された。
岡野は、金融省検査局審査課の元課長として、業務改善命令への対応に当たる。

これ以上はない改善を施した。
責任の所在を常務の西脇とした。
怠慢だと、経営会議でも追求されていた西脇は退職した。

ところがこれを、全国日々新聞社会部が取り上げた。
『甘い行政処分』『金融省と大明銀行の癒着』『金融省元課長の天下り先』と糾弾したのだった。

また、上山だった。

前回の岡野の件で、社会部の本流になる警視庁の記者クラブに配属されて、サブキャップに昇進していた上山だった。

遊軍記者ではなくなったが、本社の社会部の記者は競争が激しい。

ここ1年か2年のうちに、次なる手柄を上げて出し抜かないといけない。

でないと “ 人工衛星 ” になってしまう。
支局をグルグル回る記者が、そのように囁かれている。

“ 人工衛星 ” だったらまだいい。
通信部の記者となると “ 孫衛星 ” と呼ばれる。
自宅が通信部となって、1人で市町村を受け持つことになる。

そして、また “ 書き得 ” だった。
岡野は新聞を広げて「これはひどい」と震えがきた。

着服した女性行員に事情を訊いたときに「男か?」と質問したのだったが、それも『天下り官僚が密室でセクハラ』とか『監禁を指示した疑い』と書き立てられている。

「あなた、かわいそうだわ」

妻はなぐさめるが、無言のまま押し倒されただけだった。

道義的責任を問われた

そんなとき、また問題がおきた。
幼馴染の大原がやってくれたのだ。

その大原が副社長を務める資産運用会社『アドバンスマネー』に資産を預けていたのが発覚したのだ。

無断で、パンフレットにコメントが掲載されていた。
金融省元課長で現メガバンク部長も『預けて大喜び』などとある。

名前こそないが、見る人が見れば誰なのかわかってしまう。
ごまかしも苦しかった。

3年定期預金にしていても年に0.03%の金利しかつかないご時勢とはいえ、銀行の部長が預けているとなると道義的に問題にもされる。

アドバンスマネーは、高利回りの外貨預金で運用で、年4%の金利を謳っていた。

岡野は預金の半分の500万。
妻の実家からは650万を預け入れていた。

預けたのは、大原に誘われたゴルフがきっかけだった。
若い女性2人と一緒にコースを回る。

帰りは別々だったが、岡野の車に同乗した女性が具合がわるいといいだした。
目についたラブホテルで休憩したいという。

戸惑った岡野だった。
陰毛に白いものが混じるようになってきて、ショックを受けていたときでもあった。

魔が差した、としかいいようがない。
思わずラブホテルに向けてハンドルを切ってしまったのだ。

妻とはちがう、弾力もある張りもある若い体だった。
岡野は感嘆して抱き込んだ。

妻の老いを貶したようで罪悪感もあった。
が、その後も関係を続けていたのだった。

大原は何気なくいう。

「そういえば、奥さんと、しばらく顔を合わせていないね。今度、あいさつしたいから声をかけてよ」

策略かはわからない。
が、金利も高いことだし、妻への口止めの意味も含めて預けたのだった。

ラスト5ページ

アドバンスマネーからは、金利は3ヶ月ごとに入金されているが、破綻するのではないかと金融省に問い合わせも相次いでいた。

すでに500億円を超る資金を集めている。
解約に応じないと社会問題化しかけていた。

そこでまた、上山だった。
『破綻寸前か』『元金融省 天下り官僚が広告塔に』と書きたてられたのだ。

すべての元凶が岡野となったような状況に、副頭取となった湯浅は態度を変えた。

マスコミから身を隠す理由で、資料室への辞令が下された。
新聞の記事を切り取ってファイルするのが仕事だった。
ほどなくして自宅謹慎へ。

気がつけばだった。
岡野は日比谷公園の薔薇園のベンチに座っていた。

銀行にいられなくなる・・・と呟いて恐怖した。
職を失えば、家族が生活ができない。

妻にはなんといえばいいのか?
マンションのローンの残金はどうする?
娘の学費もどうする?

大原の自宅へ向かったのは、なんとしてでも、自分が預けた金だけは返してもらうつもりだった。

脅してでも返してもらおうと、途中で包丁を購入した。
寒い中、玄関先で長い時間待つと、やっと大原が帰宅した。

「金を返してもらいにきたんだ。ダメだとは言わせないよ」

大原は飛び上がるほどに驚いたが、自己破産の申請をしたから返したくても返せないと開き直る。

岡野は、噴き上げてくる怒りをどうにも抑えきれなかった。
包丁を取り出すと揉み合いになったが、そこへカメラのフラッシュがきた。

上山だ。
大原を取材に訪れたのだった。

そのときに包丁を奪われて逆に刺されて、大原はその場から逃げ出した。

岡野は血を流して苦痛でうずくまり、上山に助けを求めたが、写真を何枚か撮られただけだった。

「わるいけど、アンタにかかわっている暇はないんだ。われわれ新聞記者は特ダネが第一だから」

大原にインタビューすると走り出した直後。
聞くに耐えない嫌な悲鳴が上がった。

上山は、暴走族の乗用車にはねられて道路に転がっていた。
ピクリともしない。

天罰だ!
もう、上山に苦しめられることはない!

岡野は、薄れていく意識の中で叫んだ。
が、その声には、すでに力がなかった。

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