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浅川芳裕「日本は世界5位の農業大国」読書感想文

農業だけは、やってはダメなんだ。
小学校のころにそう思った。

お袋が、アスパラガスを収穫するから手伝えといったのだ。
農協に勧められて、3年がかりで育てたらしい。

軽トラで畑に向かって、北風が吹くような寂れた畑で、母子で2日がかりで収穫して、せっせと選定して、5日ほどは夜の10時までお袋と箱詰めした。

すると、お袋は嫌気が差したように「1箱いくらで農協が買うとおもう?」と訊いてくる。
まったくわからないでいると「1000円だよ!」と、なぜか怒っている。

1000円といったら。
100円のガチャガチャを10回やったら終わりではないか!

そのくらいの金銭感覚しかないアホな小学生だったけど、1000円がいかにも安く感じて『農業だけはやってはダメなんだ』とうっすらと理解した。

で、食べるアスパラは、曲がったものや変形したものや、細すぎたり太すぎたりして、草みたいな味がするものだった。
大人になってからも、アスパラを目にすると嫌な気持ちしかしなかった。

農業のどこがいいのか?
たまに「農業って素晴らしい!」なんて嬉々とのたまう人もいるけど、自分からすれば正気とは思えない。

そんなことを平然と言える人は、実際に泥にまみれて農作物を作って売ったことがないのだなと勝手に決め付けている。

16歳で家出した自分にとって農業とは、その程度の理解で止まっていた。


この本を読んだ理由

そんな人間だから、こんなところに入ってしまったのか?
感謝の心がないから、受刑者になってしまったのか?

そこはよくわからないが、官本室で目に付いた題名に『そんなことあるわけない!』と突っこんだ。
副題の『大嘘だらけの食料自給率』などは、いかにも陰謀論っぽくもある。

しかも、新書だ。
この新書ってやつは、どうして題名が絶妙なのだろう?
無難な本が少ない。
おもしろいか、つまらないかのどっちかだ。

著者は初めて知る人。
月間『農業経営者』副編集長とある。
専門誌の副編集長だから、農業には知見があるのだろう。

表紙にある『世界各国の農業生産額』の棒グラフでは、中国、アメリカ、インド、ブラジルに次いで、5位が日本となっている。

にわかには信じられない。
だって、土地の広さがぜんぜん違うではないか?
日本の農業は、高齢化が進み、担い手も減ってきて、このままでは壊滅するのではないのか?

が、官本を選ぶ時間は5分。
つべこべいわずに借りてみた。

新書|2010年発刊|192ページ|講談社

生産額でいえば世界5位

日本はすでに農業大国です、と著者は主張する。
生産額でいえば世界5位だという。

日本の農業は、産業として成長している。
生産性と付加価値は、飛躍的に向上している。

これは日本だけに限らない。
農家の個別の判断により、社会で自立した存在になるのは、
先進国の流れである。

マーケットも成熟してきている。
政府や官僚主導の農政は、終わり向かっている。

じゃあ、なんで、農業が衰退している、このままでは農業がやばいと言われるのか?

それは農林水産省が『食料自給率』を発表して日本の農業は弱者というイメージを植えつけているから。
『食料安全保障』を唱えて、危機感を抱かせているから。

農林水産省としては、自給率が低い方が仕事が増える。
別の言い方をすれば予算が獲得できるのだ。

弱者の農家を救うために、補助金だって制度だって必要で、それらがそっくり利権となる。

・・・ というところから、様々な問題を提起していく。
今まで聞いたことがない展開が斬新ではある。

食料自給率の向上政策は愚策

この本は、2010年の発刊。
その時点で、日本の食料自給率は41%。

この、カロリーベースでの食料自給率を前提として、農業が衰退しているというのは間違っていると、著者は多くのページを費やす。

農家は保護すべき弱者でなければ困るのだ。
誰が困るかというと農林水産省となる。
そのため、わざわざ自給率が低くなるカロリーベースで発表している。

危機感を抱かせて、あたかも農林水産省が国民を食わせてやっているというイメージを演出している。

政治家だって、自給率の危機をうのみにしてしまっている。
日本の農家の実力を認識もしてない。

『食料自給率』の向上政策は愚策。
『食料安全保障』もごましかしだ。
農林水産省の予算の維持と拡大と、自己保身でしかない。

・・・と、繰り返し続く。

著者は、農林水産省に恨みでもあるのだろうか?

そう思ってしまうのは、不思議なことに、農協については1ページも書かれてないからだった。

農業の現場の、誰もが不満を口にする農協の存在については、一切触れてない。
隠すようにして触れてない。

そこが、ちょっと不審だ。
もっと農協のことを書いてあればよかった。

食料自給率の本当のところ

ともかく、カロリーベースで計算すると、確かに日本の食料自給率は41%。
が、著者は、カロリーベースの食料自給率の計算には不備が多いと、計算方法を細かく解説する。

計算の分母には、廃棄される食品が含まれる。
外国産の飼料で育った肉類は、カロリーが高いのにまとめて除外される。

これらの計算をやり直すと、食料自給率は60%を超える。
生産額ベースだと70%を超えるという。

グラフを示す。
GDPがこうで、供給カロリーがこう。
分母がこうで、輸入がどうの、輸入がどうの。
国産が、原材料が、と計算が続く。

正確なのかどうかはわからない。
このあたりの数字は、扱いかたによって高くも低くもなる。
ちょっとイジりすぎかなとは感じた。
もっと現実が知りたいところだ。

農産物の生産量は増えている

残念なのは、食料自給率の計算のやり直しにページが多くなっていて、農業の実力を紹介しているのが、陰に隠れてしまっていることだった。

実力については以下である。

日本の農産物の生産量は、ここ50年で増えている。
が、カロリーベースの食料自給率は減ってきてはいる。

多くの人は、食料自給率が半減したと聞いて、生産量までが半減したと勘違いしてはいるが、実際は増産しているのだ。

ネギは世界1位、ホウレンソウは世界3位、みかん類は4位、キャベツは5位、イチゴ、キュウリ、キウイフルーツは6位。

以外なことに、キウイフルーツは、アメリカの生産量を上回っている。

要は、カロリーが高い穀物から、カロリーが低い果物や野菜へと、マーケットの需要に合わせて変化しているのだ。
日本の農産物には実力がある。

・・・ こういう話は勇気がでる。
ネギのつくりかたも知らないのに。
アスパラごときで嫌な思いをしているのに。

農林水産省の利権

この本は、もっと加筆をして、農林水産省については別の本に分けたほうがいいのではないか?
農林水産省についてはおもしろい。
じっくりと読みたい。

著者がいうにはこうだ。

小麦は、誰でも輸入できることにはなっている。
が、国は250%の関税をかけている。
このため、ほとんどの小麦の輸入は “ 国家貿易 ” となる。

農林水産省は「少し安くするよ」と無税で輸入して企業に売り渡す。

年間に570万トン輸入して “ 国家マージン ” として969億円、さらに企業から『契約生産奨励金』を前金で上納させて87億円、締めて1056億円が農林水産省の財源になる。

これを担当する農林水産省の『総合食料局食料部食料貿易課』の官僚はエリートコースだと公然として囁かれる。

で、外郭団体の『全国米麦改良協会』と『製粉振興会』は有望な天下りコース。

こんな高い小麦を買わされているから、日本は小麦を原料にした加工品の輸出が伸びない。

で、国産小麦の生産は、補助金目当てで作っているだけだから生産力も低いし、質などは話にならないくらいになっている。

ジンバブエよりも、・・・あの財政破綻して天文学的インフレで知られるジンバブエよりも、作付け面積単位の収穫量は少ない状況に陥っている。

同じような利権の構造で、バターも砂糖も高くなっている。
豚肉の制度に至っては、もっとタチがわるい。

大豆については記載がないが、この流れでいうと、しっかりと農林水産省の利権となっているのだろうなと、読んでいて想像がついた。

農林水産省食料安全保障課に質問してみると、根拠としているが『ガット・ウルグアイランド』の国際公約。
が、独自解釈すぎて、実情とずれている。

・・・ 抜粋が過ぎた。
このあたりは、読んでみたほうが詳細でおもしろい。

とにかくも。
2冊目の題名は『農林水産省の陰謀』といったあたりか。

お粗末な自給率1%向上の中身

太宰治の『人間失格』では “ 世間 ” についての箇所がある。
なんでも戦争中は、国民が茶碗に1粒の米を残すと、全国では莫大な量の米になると喧伝された。

が、実際問題として、その1粒を集めることができないのだから、それを押し付ける世間がどうとか書いてあった。

こういう世間を穿った見方は大好き。
おもしろいなという記憶に残っていた。

するとどうだ。
以前に読んだ回覧新聞の記事にも、同じようなことが書いてあったのだ。

それによると、国民が1食につき、1口多く米を食べれば、食料自給率が1%アップすると農林水産省は計算して、それを政策として唱えているという。

本気なのだろうか?
太宰治ではないけど、実際問題として、すべての国民が米を1口多く食べるなんて計算に意味があるのか?
言っていることが80年前から変わってない。

それを真剣に計算している農林水産省も、まともに記事にしてる新聞社も、なかなかすごい。
読みながら、それを思い出していた。

すると著者も、この “ 国民が米を1口多く食べる政策 ” は、あまりにもお粗末すぎると叫ぶ。

食が多様化した今の時代にできっこないし、意味もないと断じている。
ここは大いに賛同できたし、笑えた箇所だった。

以上のように著者は、さんざんと農林水産省を批判する。
が、批判するだけではない。

最終的には農業経営者を応援している。
これからは、実力ある農業経営者の時代と言い切っている。

やる気を失なわせる補助金をばら撒くよりも、その分は若い農業経営者に使ったほうがいいと提案する。
そこがいい。
素晴らしい。


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