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三島由紀夫「愛の渇き」読書感想文

前回は三島由紀夫の「永すぎた春」を読んでみたのだけど、ちょっともの足りない。
本棚にあったこの本を手に取る。
たぶん、20年前くらいに買った本。
1度は読んでみたのだろうけど、まったく記憶にない。


読感

読み終えた直後の感想

三島由紀夫感がびちびちとほとばしっている。
やっぱり、こういう暗くてねちねちした文章が大好きなのだとしみじみした。

未亡人が10代の少年に好意を寄せる・・・というだけの内容だけど、暗い内省的な文章に、三島由紀夫特有のシニカルさも比喩もふんだんに盛り込まれていて、前回のカジュアルに書かれた「永すぎた春」の不満が埋まった。

時代は昭和20年代前半くらい

時代は古い。
発表は昭和31年。
本文は昭和20年代の前半を舞台にしている。
まだ太平洋戦争の後が引いていて、家長制の名残もあって、農地改革もあって、普段着は着物で、女中がいて、という時代背景。

唯一、笑えることころ

一番に面白いところは、高校の後輩でもある現職の大臣から電報が届いてからの騒動のくだり。
一家総出で準備をするのだけど、結局は訪れることはなかった経緯が、いかに家長の失態だったか、元財界人のプライドが傷つけられたのか、村人の笑いになったのか、シニカルに描かれていて、ここが笑ってしまう唯一の箇所となっている。

登場人物

杉本弥吉

そこそこ大きい会社経営を引退した老人。
ちょっとした財界人。
大阪郊外の村に土地を購入して農業をして暮す。
死去した息子の嫁の悦子を引き取ったが、手を出し、関係を持つ。

杉本悦子

夫を病気で亡くす。
義父の家に身を寄せて弥吉と肉体関係を持つに至る。
一方で下男である三郎に好意をいだく。

三郎

杉本家下男。
広島出身。
天理教信者。
10代の純朴な青年。
悦子を「奥様」と呼ぶ。
悦子の好意には全く気づくことないまま鍬で打ち殺される。

美代

杉本家女中。
三郎と関係を持ち妊娠する。
三郎が天理市の大祭に行っている日、突然に悦子に女中を解雇され、すぐに荷物をまとめさせて追い出され、泣きながら郷里に帰る。

杉本謙輔

弥吉の次男。
無職。
2階に夫婦で住んでいる。
フランス語を読み書きできるなかなかの秀才。戦争中は徴兵忌避している。
農作業を極端に嫌う。
悦子と三郎の成り行きを面白がって傍観している。

あらすじ

ラストの5ページほどから

弥吉は村での生活をやめて東京に行こうという。
もういちど実業の世界で働いてもいいという。
もちろん、悦子も同行することになる。
村での生活よりも、東京での新しい生活のほうがいいではないかという配慮もあった。

純朴すぎる少年の三郎

準備のための上京の前の晩、悦子は三郎を呼び出す。
夜中の1時。
使われてない温室で。
大事な話があるとの名目で。
が、三郎は、そんなシチュエーションにもかかわらず悦子の意図に気がついてなく、本気で大事な話があるものだと思っている。
そもそもが、だいぶ年上の悦子が寄せる好意にも、まったく気がついてない三郎だった。

悦子は、美代を解雇したことについて話して謝る。
しかし、妊娠させた責任として結婚することにもなっていたのに、三郎はまったく気にしてない。
美代のことは、それほど好きでもなかったとも明かす。
真意をわからせようとする悦子に詰め寄られて、若い三郎は説教にも感じて困惑するだけだった。

ついに悦子は「いったい、あなたは誰を愛していたの?」とはっきりと問う。
純真な三郎は模範的な回答をしようと「奥様、あなたであります!」と咄嗟に答えた。
あからさまな嘘だった。
悦子は気を取り直して、話し合いを終える。

三郎が襲うところだけが不自然かも

2人が温室から出るときだった。
三郎は、悦子に性欲を感じて襲いかかる。
そこへ、弥吉が鍬を持って現れる。
悦子が布団にいないことに気がついて、その辺にあった鍬を護身用に手にして、足跡をたどってきたのだった。

三郎は殺された。
現れた家長の姿に立ちすくんでいるうちに、悦子が鍬を振り落としたのだった。

死体は畑に埋められた。
すべてを片付けてから、布団にはいると、悦子はすぐに眠りに襲われた。

ラスト1ページ

永い疲労、果てもしらない疲労、さっき犯した罪に比べてもはるかに底知れぬ甚大な疲労。
疲労の代償としてでなしに、どうして人はこのような眠りをわがものにすることができるのだろう?

まだ暗いうちに目がさめた。
隣の布団では、弥吉が寝ることなく震えている。
鶏の鳴き声が聞こえる。
1羽が鳴くと応ずるようにして、また1羽が鳴き、また応ずるようにして1羽が鳴く、と限りを知らない。
際限なく続いている。
・・・しかし、何事もない。

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