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東野圭吾「手紙」読書感想文

ほとんどの受刑者が読む本ではないのか?

差入れ本の中では、この『手紙』がダントツに多かった。
1週間に1冊か2冊は、差入れされてるのを見かけていた。

2年目からは図書係も兼ねていたから、この本を目にする度に『また “ 手紙 ” が入っている』とずっと思っていた。


受刑者は、差入れされた本は必ず読む。
好きじゃないから読まない、なんてことはない。

本とは、これほどうれしく感じるものなのか。
力が沸くものなのか。
いつも手にする度に思っていたし、皆の様子もそうだった。

そして『手紙』を読んだ受刑者は、身につまされるはず。
ここに書かれる “ 手紙 ” とは、受刑者が外の家族に宛てたもの。

刑務所からの手紙など、受け取る家族からしてみれば不幸でしかない。

身内に犯罪者がいると知られたら、社会の目も変わる。
その様子が書かれた『手紙』になる。


東野敬語「手紙」小説レビュー
文庫|2006年発刊|428ページ|文藝春秋

■初出■
毎日新聞 日曜版連載
2001年7月 ~ 2002年10月

■解説■
井上夢人

■装丁■
石崎健太郎

自分も友人から『手紙』を差し入れられて、読み終えると考えてしまった。

どんな意味で、この『手紙』を差し入れられたのか?
もしかして、外では家族がこんな目に遭っているのか?
それを暗に伝えたくて差し入れたのか?

実際は、人気作家の東野圭吾の本だからと選んだだけと判明するけど、受刑者はわるいほうへわるいほうへとしか想像しないものだった。

現に自分も、身元引受人へ出した手紙の返信が絶えていたので、読んでいて気が気ではなかった。

ネタバレあらすじと感想

東野圭吾 手紙 文春文庫 著者紹介

ある日に兄が強盗殺人犯となる

武島兄弟は、母子家庭に育つ。
母親が過労で亡くなってからは、兄弟で生活をしていた。

兄は、勉強ができなくて、高校を中退して働いている。
弟には、大学に進学して会社員となるのが亡き母の願いでもあり、兄もその願いを継いで扶養者となっていた。

その兄は、引越し作業で腰を悪くして仕事ができなくなる。
弟の高校卒業が迫っていた。

貯金などない兄だった。
盗みを企てたのは、弟を大学へ入学させるためだった。

以前に、引越し作業で訪れた裕福そうな家があった。
そこに電話をかけて、留守だと見込んで侵入して、室内を物色する。

しかし留守ではなかった。
奥の部屋では老婦人が寝ていた。

物音に気がついて起きてきて、侵入者の姿に声を上げたのだった。

兄は焦るあまりに老婦人を押し倒して、そのつもりはなかったが、手にしていたドライバーで喉を突いてしまう。
老婦人は死んでしまった。

その場から逃げた兄だったが、腰の激痛で足を引きずりながらだ。

返り血を浴びていたのを通行人に目撃され、通報を受けて駆けつけた警察官に逮捕される。

・・・ 事件への経緯は以上になる。
読んだ受刑者同士では話のタネにも度々なった。

娯楽もないし、毎日おなじことの繰り返しだからそうなる。
で、ほとんどが酷評。

まず、設定がいかにも陳腐で安易。
母子家庭で貧しくて大学にいかせるために犯罪、などありそうでなかなかない。

それにリアルじゃない。
そういえば取調べの刑事も、東野圭吾はリアルじゃないと鼻先で笑っていた。

とはいっても、これは文芸作品なのだから、リアルは求めてはいけないのかもしれない。

今になって再読すると、勧善懲悪という気持ちで読むのが本来だとは思う。

事件により弟の生活は一変した

東野圭吾 手紙 文庫本 第一章 読書レビュー

強盗殺人犯と、兄はテレビで報道された。
弟の武島直貴の高校生活は一変する。

生活のためにバイトをはじめて、不動産会社からはアパートの退去を求められる。

もう大学進学どころではないが、高校の担任だけは親身に接してくれて、アルバイト先を探してもくれた。

しかし強盗殺人犯の兄の存在が、事あるごとに重くのしかかってくる。

バイト先の飲食店では、同級生の口からそれが漏れて、店長や常連客の知るところとなり居づらくなる。
辞めざるを得なかった。

アパートを出てからは、リサイクル工場の寮で新たな生活をはじめた。
が、早々に同僚と揉めてしまう。

兄から届いた手紙が原因だった。
封筒の裏にある住所から刑務所からの手紙だと見抜かれて、冷えた目を向けれて、兄を貶されたのが原因だった。

・・・ 自分も最初に読んだときの感想は酷評だった。
陳腐すぎるのもそうだし、とにかく、この兄がバカすぎる。

最初はひらがなが多かった手紙が、次第に漢字が多くなってきて、文章の通りもよくなってきているが。

ただ今になって再読してみると、この兄と同じ高校中退の受刑者としては、こんなのと一緒にしないでくれという反感を持ってしまったのがわかる。

兄からの手紙は届き続けた

東野圭吾 手紙 文庫本 第二章 読書レビュー

武島は大学の通信教育部に入学した。
夜間講義にも出席する。

そこで知り合った寺尾からバンドに誘われる。
兄の存在も明かしたが「それがなんだ」と、仲間として受け入れた寺尾だった。

バンド活動は順調にいく。
ついにはメジャーデビューが決まりかける。

しかし事務所の身元調査で、兄の存在が判明。
そのような者がいるとイメージダウンになるという。

寺尾のために、武島のほうから悪態をついて、ケンカ別れのようにしてバンドを脱退する。
もう、諦めしかなかった。

兄からの手紙は届き続けていた。
しかし返信はしてなかった。

・・・ 今になって、以前の読書感想文を読み返すと、この『手紙』を読んでいるのは、身元引受人からの手紙が絶えて1年が過ぎた頃。

気がつくのは、この兄の手紙と同じように自分のことしか書いてないという点。

外で生活している人だって大変、いや外で生活している人こそ大変なのだ。

頑丈な檻の中では自由こそないが、その代わり何があっても、たとえ大地震がきても、仮に戦争がおきたとしても、寝食だけは保証されている。

しかし、自分のほうが大変だと、手紙では必死になってしまうのだった。

それでいて手紙には「心配ない」など書いたが、おそらく『自業自得だろ』と思ったのかも。

「真面目にやってる」とも書いたが『当たり前だろ』とあきれたのかも。

「夜もしっかり寝れている」と書いたが『人の気も知らないで』と腹立たしかったのかも。

今になって再読してみると、身元引受人が手紙の返信をしなかったのは、その気も失せたのだとも思われた。

手紙は破られて捨てられた

東野圭吾 手紙 文庫本 第三章 読書レビュー

大学は通学過程に編入した。

昼間の講義に出席するために、リサイクル会社はやめてアパートを借りた。
バーでバイトをはじめる。

合コンにも誘われた。
そこで知り合った中条朝美とは、お互いに好意を持ち、デートを重ねて交際へ至る。

実家は田園調布、父親は製薬会社役員というお嬢様だ。
武島は、兄の存在だけは知られてはいけないと、彼女にも周囲にも隠していた。

が、身元調査をされて、兄の存在が判明したのだ。
やがて父親には、娘と別れてくれと土下座でお願いされる。
大金も出されたが、受け取ることなく別れるのを了承した。

兄の手紙は届き続けていた。
返事はしてなかったが、唯一の身内である兄からの手紙だ。
読みはしたが、すぐに破り捨てた。

・・・ この兄からの手紙が破られて捨てられるのも、普通の感覚だとわかる。

「お前たちの家族のとなりに刑務所から出てきた人が住んだら嫌だろ!それが普通の感覚じゃ!」と刑務官も言っていたのを思い出す。

「差別は当然だ」という社長の言葉

東野圭吾 手紙 文庫本 第四章 読書レビュー

大学での成績はわるくはなかった。
就職活動では、家族がいないのが響いたようだったが、面接を繰り返した。

引越もしていた。
兄には新しい住所は知らせてないのは、この大事な時期に、また何かが起きてはいけないからだった。

しかし、ある日、兄からの手紙が突然に届く。

手紙が返送された兄は、高校に手紙を出して、担任教師から新住所が伝えられたのだ。
担任に新住所を教えたのを悔やんだが、もう遅い。

それでも無事に、就職は大手の家電量販店に決まる。
新しい仕事は順調だったが、ある日、大がかりな盗難事件がおきる。

社員に協力者がいたようだ。
武島には心配も不安もあったが、その通りになった。

捜査している刑事から「君にはお兄さんがいるね」と訊かれたのだった。

人事部は関係ないというが、部署は移動となった。
早くいえば倉庫番だった。

会社を辞めようかとも思ったが、倉庫には今まで会ったこともなかった社長が1人できたのだった。

腰かけた社長は「人事は不当ではないと思う」と静かに話しはじめて「差別をするのは当然だ」と厳しい言葉もいう。

最後には「その差別を跳ね返せ、期待をしている」と励まして社長は去った。
武島は納得して、この会社で働き続けることを決める。

こうして社長が現場にきてまで話したのは、人事を非難する直訴の手紙が届いていたのだった。

白石由美子が出してした。
以前の職場のリサイクル工場の社員の白石だ。

白石のほうから好意を抱いて話しかけたのだったが、素っ気無い態度をされて、それ以上は親しくはならなかった出会いだった。

それでも何度も姿を見せてきて、わずらわしく感じた武島は兄の存在も明かしたが、それでも映画に誘ってきたり、アパートの引越しにはお金を貸したり、クリスマスカードを送ってきたりしていた白石だった。

「俺はもう自分の人生に見切りをつけた」とふて腐れる武島を励ましたり、「もう諦めることに慣れた」いう自嘲には相談に乗ったりしている。

兄には手紙を出すように心配もしている。
それどころか無断で、武島のふりをしてワープロで手紙を書いて、兄とやり取りもしていたのだ。

怒る武島は問い詰める。
謝る彼女は、父親がギャンブルで自己破産して一家で夜逃げをした経験を明かす。

「逃げ回る人を見るのはいや、逃げないでほしかった」と涙を落としたのだった。

今度は子供に降りかかる

東野圭吾 手紙 文庫本 第五章 読書レビュー

2人は結婚に至る。
子供もできた。
社宅にも住んだ。

兄からの手紙は届き続けていて、返事は妻となった白石に任せていて、それらの近況は伝えられていた。

手紙の兄は喜んでいる。
兄弟はいいものだ、子供は元気か、もっと子供の写真が欲しいとも書いてある。

やがて子供が公園で遊ぶ年頃となるが、ある日から親子で避けられるようになる。
兄の存在が知られたのだ。

保育園に入るころには、刑務所から出てくる兄が転がり込んでくるらしいという噂が広まり、一緒に遊んではいけないという声も聞かれるようになる。

園長には、他の保育園に移ったほうがいいと遠まわしに言われもする。

逃げないとはいっても、現実としては限度がある。

それに正々堂々していればいいといっても、それは自分を納得させているだけではないのか。
そうされる周囲のほうが、心の負担は大きいのだ。

苦しい道も選択しなければいけない。

武島は、兄とは絶縁する決意をする。
会社もやめて、新しい町へ引っ越して、新しくやり直すと決める。

妻は賛成はしない。
反対もせず、何かを言いたそうではある。

兄には、絶縁を告げる手紙を出した。

家族のために今後は関係を絶つ、今までも迷惑だった、もう手紙は拒否する、出所しても連絡しないでほしい、と書いて送る。

会社を辞めるときには、再度、社長と話す機会を持つ。
絶縁が正しいのかは誰にもわからない、君との出会いは私にとってもいい勉強になったと、社長は握手を求めてきた。

事件の終わり

東野圭吾 手紙 文庫本 第五章 読書レビュー

新しい生活をはじめてからしばらくして、寺尾から久しぶりに連絡がきた。

会ってお互いの近況を交えたが、バンドは風前の灯だと笑う寺尾だった。

武島は、平穏無事に暮らしていた。
新しい会社でも、新しい近所の人も、新しく子供と接する人たちも、強盗殺人犯の身内とは知らない。

ジョン・レノンの “ イマジン ” など、差別や偏見のない世界など、想像の産物に過ぎないと話す。

寺尾の前で、はじめて歌った曲がイマジンだった。
懐かしそうにそれを口にした寺尾は、もう一度イマジンを歌わないかと目を見てきた。

刑務所でだ。
それも兄がいる刑務所で慰問コンサートをする予定があるという。

「縁は切った」「でも、すっきりしてないだろ」というやりとりが2人にはあった。

そのときは、憮然として席を立って帰ったが、もう1度、兄と事件と、どう向き合えばいいのか考えるきっかけとなる。

妻と子供が、ひったくり事件に遭ったのも重なった。

武島は被害者宅を訪ねた。
その門に見覚えがあるのは、以前に1度だけ来ていながら引き返していたからだった。

突然の訪問に遺族は驚くが、応対はしてくれた。
焼香は言下に断られたが、それは憎いからではなく、君は関係ないのだからする理由がないという微妙な態度。

そして「君に見せたいものがある」と出されたのは、兄が送り続けていた謝罪の手紙だった。

武島には、それらを読む時間が供された。

遺族がいうには、どれだけ届いたとしても無視をしていて、腹立たしくて不愉快なだけの手紙だったが、今はもう届いてないという。

しかし、手紙が届かなくなると考えが変わった。
もう事件を終わりにしようと、お互いに長かったなと、遺族は息をついたのだった。

ラスト8ページ

東野圭吾 手紙 文庫本 ラスト 読書レビュー

慰問コンサート当日だった。
武島と寺尾は刑務所の体育館のステージにいた。

あの遺族宅からの帰りがけに、最後となった兄の手紙を渡されたことで、こうして来ていた。

その最後の手紙は、繰り返し読んだ。
絶縁された直後に出されていた。

兄は自分の存在自体が周囲を苦しめていると改めて知り、それに気がつかない自身を悔いて、私は手紙は書くべきではなかったのです、と遺族にも手紙を出すのを止めていたのだった。

ちがうよ、兄貴、と武島は涙が落ちた。
手紙があったからこそ今の自分がある。
手紙に苦しめられたが、道を模索することもできた。

ステージから見えるのは、丸坊主で同じ服装をして、拍手も歓声もなく、ただじっと見てくる大勢の姿。

目が探したが、どこにいるのかわからない。
すると、後方の向かって左側だった。

合掌する兄が目に入ってきた。
細かく震える気配まで伝わってきていた。

武島は、心のなかで兄に語りかけて、マイクの前で立ち尽くしているばかりだった。

全身が痺れて動かずに、息をするのでさえやっとだった。

とっくに最初の曲は始まっている。
寺尾はピアノで、イマジンのイントロの同じ部分を弾き続けている。

ようやく口を開いた。
歌おうとした。

だが声が出ない。
どうしても出ない。

今になって再読した『手紙』の感想

身元引受人からの手紙が届いたのは、仮出所日となる3日前になってから。
3年ぶりの手紙だった。

それまで手紙を送らなかったのは、いえ送れなかったのは、もう1人子供が生まれていたから。

子供が手一杯で、勝手に刑務所なんかにいる人までかまってられないという、ごく、まっとうな理由だった。

帰住地につくと、生まれていた子供は4歳になっていて、やさしいおじさんとしてすぐに和んだ。

わるいことはするものじゃない。

5歳になった子供は、保育園で流行っているのか、警察ごっこをしようと追いかけてくる。

捕まえてからは、手錠をかける真似をして「わるい人は刑務所にいく」と言ってくるものだから飛び上がるほどに驚いた。

そのころ note に、読書感想文もUPもしてみた。
非難されるかなと覚悟していたけど、以外とそうでもない。
刑務官の悪口をもっと書くつもりだったけど、その気もなくなった。

今になってみると。
『739番 田中』は早まったのかなとも思う。
ただの読書好きの『ただの田中』としてもよかった。

ともかく、今になって再読した『手紙』の感想としては、まずは不思議に、いちいち泣けてきて仕方がない。

檻の中で読んだときは、陳腐で安易でリアルがないと全くおもしろくなかった本だったのに。
数日は、なんでだろう考えたけど、やっぱり不思議なまま。

読書感想文とは、同じ本を同じ人間が読んでも、状況により違ってくるとは今さら知った。

文句ばかりの読書感想文は書き直して、それを note にUPしようとした日だった。

元、身元引受人が言ってきた。
6歳になっている子供は、将来は警察官になるという。

公式には、採用には身元調査はないとなっている。
が、実際は犯罪歴がある身内がいると警察官になるのは難しいときく。

もう、その日の夜は寝れなかった。

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