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ポール・ウェイド「プリズナー・トレーニング」読書感想文

おもしろさには、レベルがある。

笑えるおもしろさもあるし、ジーンとするおもしろさもあるし、読書に限れば鬱々とするのだっておもしろい。

直訳すると “ 受刑者のトレーニング ” となるこの本は、取り乱すほどおもしろい。

なにが取り乱すのか?

順を追って述べさせて頂くと、まずは、受刑者の運動は限られている。

出役日は2回のみ。
昼休憩を兼ねた30分と、還室後の18時からの15分。

免業日は3回のみ。
10時、15時、18時からの15分。

それ以外に運動をすると懲罰になる。
それほど、運動は制限されている。

転役したくて、わざと懲罰を受けたい者は、その時間以外に腕立てやスクワットをするくらい。

免業日などは、1日中あぐらで座ってなければならない。
むやみに房内をウロウロなどできない。
もちろん、トイレにはいけるが、便器はすぐ隣である。

午後は、布団を敷いて横臥できるが、筆記は座ってやると決められているし、もし横になって寝てしまったものなら夜が寝れなくなる。

そんなことだから、運動は制限されているけど、その時間には全員がなにかしらを行う。
それぞれが工夫をしている。

腕立て、腹筋、スクワットは基本。
ストレッチ、柔軟体操も交ぜる。
ヨガのポーズも人気ある。

15分に1回くる刑務官が行ってしまえば、禁止されているシャドーボクシングや蹴りなどもしてる者もいる。

こうすればいい、ああすればいい、こうやっている、これがいい、いやこうだ、いやこっちがいい、と受刑者の昼休憩の話題のひとつにもなっている。

それらを、この「プリズナー・トレーニング」は、すこーんと超越しているのだ。

取り乱すではないか!


内容としては自重力トレーニング

この「プリズナー・トレーニング」の内容は、自重力トレーニングの実践方法を紹介するもの。
以下の6種となる。

  • プッシュアップ(腕立て)

  • スクワット

  • ブリッジ

  • プルアップ(懸垂)

  • レッグレイズ(腹筋)

  • ハンドスタンドプッシュアップ(逆立ち腕立て)

これらの6種を “ ステップ 1 ” からはじめる。
ゴールは “ ステップ 10 ” となる。

至って単純である。
が、認識を変えさせた。

というのも、独居房の中で効果的なトレーニングなど、ある程度までしかできないと思っていた。

が、ポール・ウェイドは説く。
以下である。

本物の強さは、自重力トレーニングによってのみ得られる。
なぜならば、本物の強さは、筋肉だけでなく、腱、関節、神経系が協同的に動作することから生まれる。
自重力トレーニングは、それらを同時に鍛える。

・・・ ここがしびれる。
というのも、自分は、肩の三角筋の中部を切っている。
おそらく、筋力は、通常の半分ほどにはなっている。

じゃあ、力や動きが不具合があるのかといえば、多少はあるけど不自由は感じない。

人間の体というのは、弱点があれば周囲に補われる。
あえて弱点を鍛えなくても、周囲が発達する。
だから、この言は、すんなりと信じれた。

単行本|2017年発刊|328ページ|CCCメディアハウス

訳:山田雅久

フィットネス業界の洗脳とは?

トレーニングマシンは必要ないという著者

たかが、腕立てや腹筋じゃないか。
官本で借りるときに、ペラペラ読みしてそう思った。

体を鍛えるのには、ダンベル、ベンチプレス台、腹筋台という道具がなければできない思っていた。

実際に娑婆にいたときは、ジムに通って筋トレして、微かにだけど腹筋も割れたこともある。

食べる量は変えずに、筋トレだけで1年で10キロ落とした。
ダンベルだってあったし、プロテインだって飲んでいた。
経験から得た知見は多少ある。

ところがポール・ウェイドは、それらはフィットネス業界の洗脳だと説くから衝撃だ。

「え、そうなの?」と唖然としてしまう。

マシンは20世紀になってから使われはじめた

ポール・ウェイドの主張は以下である。

ダンベルやマシンは、20世紀になってから使われはじめた。
お客さんに、お金を使わせるためだ。

プロテインもステロイドも、見た目はムキムキになるが本物の強さではない。

本物の強さは、自重力トレーニングによってのみ得られる。
古来は、自重力トレーニングで鍛錬していた。

最も古い記録には、歴史家のヘロトドスによるものがある。
紀元前480年のテルモピュライの戦いだ。

12万のペルシャ軍との戦いを前にして、300名のスパルタの戦士は自重力トレーニングをしていた。

紀元前1世紀のローマのコロシアムで戦ったグラディエイターも自重力トレーニングをしていた。

時が近代に下ると、最強といわれたプロイセンの軍隊も自重力トレーニングをしていた。

ところが、現代に至ると、自重力トレーニングはマシンやダンベルに置き換えられた。

・・・と、ポールのヤツ ポール・ウェイドは熱く自説を述べる。

表紙がなんとかならないのか

健康や筋力の維持のためではない。
強さのために鍛える。
それも見た目の強さを求めるのではない、というストイックな趣旨が本文からは伝わってくる。

フィットネス業界の洗脳は、正直わからない。
自分がはっきりとわかるのは、この本の表紙のイラストは、本文の趣旨とはチグハグということ。

『ただのムキムキを目指すのではないよ』と書いてあるのに、けっこう重要なところなのに、ムキムキすぎるのが表紙になっている。

いかにもインチキっぽい本になっている。

この本で、いちばん残念な点は、この表紙ではないのか?
誰か止めなかったのか?

文句は言ってはいけないが、出版社のCCCメディアハウスのセンスを疑う。

センスについては、人のことはいえないけど。

ポール・ウェイドについて

監獄の中に自重力トレーニングの技術があった

著者のポール・ウェイドは、1979年にサンクェン州立刑務所に収監。

その後の23年間のうちの19年間を、アンゴラ(別名ザ・ファーム)やマリオン(別名ザ・ヘルホール)など、アメリカでもっとも厳しい監獄の中で暮らす。

監獄の中にこそ、自重力トレーニングの技術が完全に保存されていた。
受刑者として19年を過ごすなかで、多くの人たちからそれを学んで実践してきた。

そのときのトレーニングを筆記して、体系化して、数年かけて筆記した。

「コンビクト・コンディショニング」が原題。

コンビクトは囚人、コンディショニングは最高の状態に整えるといった意味となる。

このタイトルでなければならない理由

まえがきでは、アメリカの出版社のCEOによって、この本の発刊への経緯も明かされている。

当初は、出版社がプレビュー版を作成。
多くの専門家が読んだところ、内容は評価された。

が、タイトルがよくない、犯罪者を讃える軽率な内容だと誤解されるかもしれない、いったい誰が読むのか、という意見が目立ったという。

しかし、考えれば考えるほど、このタイトルでならなければと信じるようになってきた。

このタイトルには、核心となるメッセージを伝えている。

それは、どれほど狭い場所に閉じ込められようが、奪われることがない自由があるというメッセージだ。

世界がどんなに狂っていこうが、すばらしい体と心を作り上げていく自由があるというメッセージである。

そうして本文にはいる。

読物として熱くておもしろい本

ジークンドーとしてのブルースリー
極真空手の大山倍達
少林寺拳法の宗道臣
骨法の堀辺正史

これらの武術の創始者の著書と同じような熱感が、この「プリズナー・トレーニング」にはこもっている。

それらの創始者の著書は、いわゆる “ 中二病 ” として古本で読んだきりで、大人になってからは読んでないのだけど、この本は久しぶりに「すっげー!」と拳を握るような感覚をおこさせた。

武術にはすべからく “ 奥義 ” が控えていて、創始者の研鑽によって、その神秘のベールが取り払われる。

創始者は一種の新興宗教の教祖であって、大人になるとちょっと醒めるのだけど、まさか、アメリカ人が書いた本に奥義じみたものが込められているとは。

ポール・ウェイドは熱い。
強さについて、以下のように語る。

監獄では、強さが必要だ。
監獄の中で、わたしを正気にとどまらせてくれのがトレーニングだった。

たくさんの男たちもそういっていた。
多くの囚人が激しく訓練して、自分を駆り立てているのだ。

トレーニングだけが確かなものであり、楽しみだった。
1日のうちの、それ以外の時間が、どれだけ狂気に満ちていようと、トレーニングだけが岩のように安定している場所となった。

強さだけではない。
トレーニングの見返りは、すばらしいものになる。
自尊心を取り戻せる。
魂にいい。

実践方法の概要

1から10までのステップについて

この6種のトレーニングは、それぞれ10ステップまである。
それぞれが写真で解説されている。

1ステップから3ステップくらいまでは簡単なもの。
回数は10回の3セットほど。
基礎体力があれば、やっているのがバカバカしいくらい。

でも、ポール・ウェイドは、できるからといって、すぐに次のステップに進まずに、十分に “ 貯金 ” をするようにアドバイスする。

でないと、次のステップがキツくなるというから、自重をコントロールできるまで念入りにやり込んだ。

4ステップくらいから難易度が上がる。
回数も15回の3セットほどになる。

いずれにしても。
半年や1年ほどで、10ステップまでは終わらない。

プッシュアップ(腕立てふせ)

これは普通の腕立てふせ。
が、手の平を置く位置が通常とちがう。
“ ハ ” の字に指先をつける。

これは、10ステップには “ 片腕立て伏せ ” ができるようになるためである。
ワンハンド・プッシュアップだ。

刑務所では、ワンハンド・プッシュアップができれば強いと見られるとポール・ウェイドは述べるが、それはアメリカだけである。
日本でよかったぁ・・・という感想だ。

スクワット

これも普通のスクワット。
が、足元は開かずにつける。

これは、10ステップには “ 片足スクワット ” ができるようになるためである。

ブリッジ

ポール・ウェイドは、6種のうちで最も重要なのは、以外なことに “ ブリッジ ” だという。

が、自分は残念なことに体が堅すぎて、このブリッジは、他と比べていちばんにステップの進みが遅かった。

そして困った。
ステップ4からは、ベッドを使ったものとなっている。
この日本の刑務所は、畳の布団なのだ。

これにはアレンジを加える。
ベッドの代わりに、筆記をする小机を使う。

ガチャッという音だけは、聞き逃さないように行う。
巡回する刑務官が、棟の鉄扉を解錠する音だ。

見つかれば “ 机の不正使用 ” で懲罰である。
アメリカの刑務所は、運動を自由にできるようだけど、ここでは制限があるのだ。

レッグレイズ(腹筋)

腹筋については、上体を起こすシフトアップではなくて、足を上げるレッグレイズの方法を採る。

重要なのは呼吸。
足の上げ下ろしに合わせて、ゆっくりと息を履く。

ステップ5からは、鉄棒にぶら下がってのレッグレイズになるが、ここではそれがない。
動きをゆっくりとして、回数を増やすようにアレンジした。

プルアップ(懸垂)

運動場には鉄棒があるが、懸垂は禁止されている。
おそらく、どこかの刑務所で事故があったと思われる。

それなので、懸垂はあきらめていた。
が、できる場所があったのだ。

独居房の入口だ。
鉄製の枠があって、その上部が2センチほど壁から出ている。
そこに指を引っかけてやる。
これも、ブリッジと同じく見つかれば懲罰である。

最初は指がしびれて、ぶら下がることもできなかった。
3ヶ月でぶら下がることができて、指もしびれなくなる。
半年もすれば、1回できるようになる。

ステップ10は、片腕の懸垂となっている。
ワンハンド・プルアップだ。

刑務所では、ワンハンド・プルアップができれば、まるで新興宗教の教祖みたいに見られるとポール・ウェイドは述べるが、それもアメリカだけである。

ハンドスタンドプッシュアップ(逆立ち腕立て)

どうして、逆立ちして腕立てなんていう奇怪なトレーニングをするのかと思ったら、肩の筋肉を鍛えるためだった。

昔の欧米では “ ストロングマン ” と呼ばれる怪力自慢が多数いて、彼らはこのハンドスタンドプッシュアップをマスターしていたという。

ステップ1は、逆立ちからだ。
逆立ちなんて、小学校以来だ。
刑務官に見つかれば、やはり懲罰である。

これも、ブリッジと同じくくらいに、ステップの進みが遅かった。

2年間続けた結果

読んだ日から実践してみた。
ノートに線を引いて記録しながら、仮釈まで続いた。

夏の暑いときは間も空いたが、やはり時間をかけたものは、すぐには衰えることもない。

プッシュアップとスクワットは、完璧ではないけど、出所までには片方で少しできるようにはなった。
腱や関節は、鍛えられるのは実感した。

懸垂は、扉の枠での指先だけでは、片腕まではいかない。
が、十分に鍛えられたのは実感した。

レッグレイズは畳の上でやるに留まっている。
が、それだけでも十分である。

ブリッジは、なかなか難関だ。
絶望的に堅い。
が、最初から比べると大きな進歩である。

逆立ち腕立ては、三角筋の具合もあるから慎重にやった。
鍛えるとまではいってない。

懲罰に至らなかったのはよかった。

さらに2年以上続けた結果

で、出所してからも続けている。

「プリズナー・トレーニング」は、いつでも、どこでも、用具がなくてもできるから続けれられる。
懸垂については、ドアの上部を掴んでやっている。

体も重くなっているので、あの中とは違ってきてもいる。
でも続けている。

「習慣となった」といえば聞こえはいい。
けど、少しばかりちがう。

やっていると、あの檻の中での嫌な気持ちが胸の内に泡立つようで、不思議にそれが原動力にもなっている。

なにが大事かっていうと、揺るがない目標があること。
いつかは、ワンハンド・プッシュアップを見せつけたい。
軽がるとしたワンハンド・プルアップを見せつけたい。

で、誰に?
どこで?
それでどうする?

そこまでは考えてないけど、できたときには、その辺に歩いているヤツでもつかまえて見せればいい。

とにかくも。
そう思って、この本を読んだ日から4年やっているけど、ステップ10までには、あと3年、いや5年はかかりそうな気がする。


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