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グローバル・グリーン・ニューディール/ジェレミー・リフキン

6月の21-22日の2日間、デジタル田園都市国家構想について考えるオンラインのイベントを企画、実施した。
さまざまな分野から20名を超えるゲストに登壇してもらい、9つのクロストークセッション(オープニングとクロージングを含めれば11)を行った。

まちをつくる人を、つくる」というタイトルだったが、デジタル田園都市国家構想が掲げるウェルビーイングなまちをつくるためには、誰かがよいまちをつくってくれるのを指をくわえて待つスタイルではダメで、多様な分野の知見をもった人、さまざまなビジョンや希望をもった人が関わり合い深い議論を重ねてまちを民主的に自律的につくっていく必要があると思っている。

そんな思いから「人のつながりが見えるまち」「個の創造性を信じたまちづくり」「データを活用した市民参加型のまちづくり」「ウェルビーイングなまちづくりの仕組みを実装する」「お金と暮らしの新しいかたち」などの9つのセッションを構成したが、実際にセッション構成を決めたのち、それらをどんな風に絡み合わせて語っていこうかと考えるとき、参考にしたのが、今回紹介するジェレミー・リフキンの『グローバル・グリーン・ニューディール』だ。

「私たちは第三次産業革命のただなかにいる」とリフキンはいう。スマートでグリーンな自律分散型の社会インフラへの大規模な移行が進むにつれ引き起こされる限界費用ゼロの経済システムの大転換のなかで、僕らがどんな変化を被り、その変化に際してどう振る舞えるようどんな準備をすべきかを示唆してくれる本だ。
従来のビジネス、従来の経済システムが機能しなくなるなかで、僕らがどんな経済システムや政治システムへと移行していけば良いのか、明確なヒントをもらえたと感じた。

座礁資産化し廃墟化する第二次産業革命の遺産

副題には「2028年までに化石燃料文明は崩壊、大胆な経済プランが地球上の生命を救う」とある。
目次を開けば、第1部は「大転換――急速に進む化石燃料からの脱却と座礁資産」、第2部は「廃墟から立ち上がるグリーン・ニューディール」という構成になっていることがわかる。

先にリフキンが「私たちは第三次産業革命のただなかにいる」という状況認識をしていることを書いたが、彼はその産業革命を第1部第1章を「要はインフラだ」ではじめているように、社会インフラの変化として捉えている。

今、私たちは第三次産業革命のただなかにいる。商業用、居住用および工業用などの建物群に組み込まれた「IoT」(モノのインターネット)のプラットフォームの上にデジタル化されたコミュニケーションのインターネット、デジタル化された再生可能エネルギーのインターネット(動力源は太陽光と風力)、およびデジタル化された輸送/ロジスティックスのインターネット(自然エネルギーを動力源とし、自動化された電気自動車や燃料電池車を輸送手段とする)が一体化し、21世紀の社会と経済を変えようとしているのだ。

コミュニケーション/エネルギー/輸送・移動の社会インフラが第三次産業革命においてはスマートでグリーンなエネルギーによるデジタルなインターネットを活用した社会インフラへと置き換わっていくとリフキンは示唆する。置き換わっていくというより、現在の気候変動危機を考えれば人類にはその選択肢しかないという。
その際、第一次産業革命における印刷メディアによるコミュニケーション、石炭エネルギー、汽車や汽船による輸送・移動の社会インフラが、第二次産業革命でテレビやラジオによる電波を用いたコミュニケーション、石油エネルギー、そして石油を用いた内燃機関で走る自動車や飛行機などに輸送・移動の社会インフラが置き換わったように、第三次産業革命は第二次産業革命の社会インフラを置き換えていくことになるとリフキンは指摘する。
すでにコミュニケーションの領域が先んじて、インターネットへの置き換わりがほぼ完了しようとしている(残業はWeb2的な中央集権からWeb3的な自律分散への移行だろう)。
これに続いてエネルギーや輸送・移動のインフラも化石燃料中心から、再生可能エネルギー中心のものに置き換わっていくことになる。その際、不要になる化石燃料関連の社会インフラや産業がすべて価値をもたない座礁資産化することをリフキンは指摘する。

「座礁資産」とは、需要の下落によって地下に埋葬されたままになる化石燃料のみならず、パイプラインや海洋プラットホーム、貯蔵施設、発電所、予備発電装置、石油化学処理施設、および化石燃料文化と密接に結びついた業種の資産等、放棄されるあらゆる資産を含む。

これらの資産の座礁化は僕らの生活や経済にどんな影響をもたらすのか。そのことをちゃんと考える必要がある。
たんに環境にやさしい社会に移行するのだと能天気にかまえておくにはあまりに影響の大きな変化がこの社会システムの総入れ替えによってはじまるのだから。

化石燃料文化の終わり

この社会インフラの移行をリフキンが「大転換」と呼ぶように、この変革の経済的な影響はとてつもなく大きい。

たとえばfortuneが昨年の8月に発表した世界企業の売上ランキング「グローバル500」の上位20社をみても、化石燃料関連企業が多く名を連ねる(4位、5位、14位、18位、19位)。本題とはズレるが、アメリカの金融、ヘルスケアが多くランクインしているのは新自由主義的なにおいが色濃くして嫌な感じだ。

01 ウォルマート(アメリカ) $559,151
02 国家電網公司:ステートグリッド(中国) $386,617.7
03 アマゾン・ドット・コム・インク(アメリカ) $386,064
04 中国石油天然気集団公司(中国) $283,957.6
05 中国石油化工集団公司:シノペック(中国) $283,727.6
06 アップル(アメリカ) $274,515
07 CVSヘルス(アメリカ) $268,706
08 ユナイテッドヘルス・グループ(アメリカ) $257,141
09 トヨタ自動車(日本) $256,721.7
10 フォルクスワーゲン(ドイツ) $253,965
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11 バークシャー・ハサウェイ(アメリカ) $245,510
12 マクケッソン・コーポレーション(アメリカ) $238,228
13 中国建築股份有限公司(中国) $234,425
14 サウジアラムコ(サウジアラビア) $229,766.2
15 サムスン電子(韓国) $200,734.4
16 中国平安保険(中国) $191,509.4
17 アメリソース・バーゲン(アメリカ) $189,893.9
18 BP(イギリス) $183,500
19 ロイヤル・ダッチ・シェル(オランダ) $183,195
20 中国工商銀行(中国) $182,794.4

これらの企業がもつ資産が座礁資産化し価値を持たなくなったり大きくその価値を減ずるのだ。
もちろん、これに9位のトヨタや10位のフォルクスワーゲンも加わわるだろうし、こうした企業への投資を行っている金融機関も影響を受ける。
さらに、当然ながら、このランキングには載らない無数の化石燃料関連企業が自らのもつ価値創造のためのアセットの資産価値を失って、世界の経済システム全体が大きな変革を迫られる。

今年の5月に経済産業省が発表した「未来人材ビジョン」のレポートにおいても、人材の面でも「化石燃料関連産業の雇用は大きく減少する」と予測されている。

代わりに雇用の需要が増えると予測されているのが「太陽光・風力発電」「可燃性の再エネ及び廃棄物由来の発電」など、グリーンエネルギー分野である。

経済システムの大転換

これらの化石燃料エネルギーから再生可能エネルギーへの変換とともに起こるのは、デジタル技術を使ったエネルギー生産や利用の自律分散化だ。
化石燃料と違い、太陽や風は比較的誰もが平等に手に入れやすく、しかも仕入れコストはかからない。これまで需要と供給に非対称に分かれていた関係も、誰もが生産者であり利用者である関係に変わる
既存インフラとともに、いや、それ以上に大きな変化がここだろう。

経済学者にとってまったく想定外だったのは、汎用技術プラットフォームにおける財やサービスの生産と流通の効率が極限まで向上して、限界費用が急落することだった。その結果、利益率が劇的に縮小し、資本主義のビジネスモデルの存在が危うくなる日が来るなど、彼らは予想もしていなかった。限界費用がほぼゼロに近づけば、市場はあまりにも低迷し、ビジネスメカニズムとして意味を失ってしまう。これがまさに、第三次産業革命がもたらすものだ。

限界費用がゼロに近づき従来のビジネスのメカニズムが機能しなくなる。中央集権的に企業が消費者に価値を提供して対価をとるという非対称な経済システムが回らなくなる
それがリフキンの指摘する第三次産業革命における「大転換」の意味だろう。

経済の民主化

大転換における大きな影響は、経済が民主化、自律分散化していくなかで、既存のビジネスセクターとしての企業の活動は大幅に減少していくことだろう。
これはもちろんすぐさま生じる短期的な変化ではないが、30年というスパンでみると、リフキンが以下に書くように、社会的な価値生産の中心的な役割は市場セクターから非営利や社会的経済に移行していく

短中期的には、アメリカをはじめ世界各国でのIoTインフラの大規模な構築に伴い、これが最後となる有給の大量雇用が創出され、30年間は続くことになる。
中長期的には、雇用はしだいに市場セクターから非営利セクターや社会的経済、共有型経済へ移っていく。市場経済で財やサービスの生産に必要とされる人間は減る一方で、市民社会で機械が担う役割が小さくなる。なんといっても、社会と深く関わるのも社会資本を蓄えるのも、本来人間の行為だからだ。

昨今、社会的な富の指標をこれまでのGDPを用いた経済的な観点のみの指標から、ウェルビーイングというより心の側の幸福にフォーカスした指標にシフトできるよう、基準となる指標づくりも進んでいる
このこともリフキンが描く自律分散の話とは無関係ではない。

これは先にも書いたデジタル田園都市国家構想にも絡んだ動きである。

スマート化により、社会のさまざまなしくみが自律分散型に移行していく流れのなかで、地方におけるスマートシティ化の流れは、国家単位で動いていた経済がより、地方単位に分散化した経済圏の確立の方向を向いている
そのなかで先のエネルギー分野をはじめ、食にせよ、介護や医療、育児や教育といった生活基盤となる分野の地産地消化が進むことになる。地方単位で富の蓄積が可能な経済モデルのために、協同組合を中心とした社会的連帯経済の動きや、地域単位での補完通貨の利用の動きが加速していくだろう。

分散型でスマートな第三次産業革命のプラットフォームによって、商業や取引、社会生活へのより親密で包括的な関わりが可能になりつつあることと並行して、グローバリゼーションから「グローカリゼーション」へのシフトも起きている。言いかえれば、個人も企業もコミュニティも、20世紀に商業や取引を媒介した多くのグローバル企業を飛び越えて、相互に直接関わりあうようになりつつある。グローカリゼーションは、世界中にネットワーク化された水平方向に広がる協同組合に分散型ネットワークでつながった、スマートでハイテクな中小企業を多数生み出し、それが社会企業家精神を拡大させる。ひと言で言えば、第三次産業革命は商業と取引を、人類がかつて経験したことのない規模で民主化する可能性をもたらすのである。

ここでリフキンが言っている「商業と取引を、人類がかつて経験したことのない規模で民主化する」という流れは、前回、前々回に紹介した「社会的連帯経済 地域で社会のつながりをつくり直す/藤井敦史編著」や「ネクスト・シェア ポスト資本主義を生み出す「協同」プラットフォーム/ネイサン・シュナイダー」で描かれている「もうひとつの経済」を創造しようとする世界的な動きとも重なる。

経済は、一部の力のある企業によってGDPの最大化を目指して行われるものではなく、地域単位または地域間の連携によってつながった人々の協同・連帯での活動により地域に富として創造されるウェルビーイングのために民主的な所有、利用、参加によって行われるものにシフトしていく。
人びとは、企業で雇用されて働くのではなく、みんなで自分たちの組織を経営し自分たちの考えで活動し、地球環境や地域の社会を含む自分たちの富をつくるために働くことになるのだ。この変化に僕らは備える必要があるのだと思う。

地域が責任をもつ

リフキンはデジタルでスマートな自律分散型に置き換わっていく新しい社会インフラの上で、ガバナンスを担う役割は国から地域単位に移っていくことを強調する。

グローバリゼーションからグローカリゼーションへのシフトは、政府と地域コミュニティーの関係を変容させつつある。経済と統治の責任が、ある意味では国家から地域へと移りつつある。このガバナンスにおける変化は人間の経済的・社会的生活のあり方が根底から変わる革命の前兆といえよう。

地方自治体というが、これからは本当の意味で各地方が政治だけでなく、経済的にも自治を担う主体となる。いや、この場合の自治体は従来の間接民主主義的なしくみにおける自治体ではなく、より多様な市民や地元企業、大学、協同組合やNPOなどを巻き込んだ直接民主主義的なアセンブリによる自治だ。

リフキンはリールなどの都市があるフランス北部のオー・ド・フランス地方での事例をあげて、こう書いている。

フランス最北端のオー・ド・フランス地方はかつての炭鉱業が衰退した、いわゆるラストベルトで、フランス本土の人口の9%以上がここで暮らしている。だがその後、私はこの地域圏の知事に、地方政府は従来のような「最高決定者」ではなく、水平方向に分散する共同統治の「ファシリテーター〔注:中立的な立場で議論を円滑に進める進行役〕」の役割を担うべきだと提言した。この共同統治は、一次的な委員会のメンバーである数百人の個人と、二次的な非公式のネットワークでつながる数千人の個人(公共部門、企業部門、市民社会および学界から参加し、「ピア・アセンブリー〔注:平等な権限をもつ討議集合体〕」で協力して活動する)で構成される。

リフキンがこう述べるように、オー・ド・フランス地方はヨーロッパでも社会的連帯経済の取り組みが進んでいる地域である。旧来の紡績などの産業が衰退し、経済的に苦しい状態にあった地域を、地域に富を創出する社会的連帯経済の方法を用いて、経済復興を進めている地域だ。そのなかでピア・アセンブリによる直接民主主義的な動きによる政治も経済も、住民たちの直接参加で進められている。
このあたりは次回に紹介するつもりの『社会連帯経済と都市 フランス・リールの挑戦』に詳しい。

リフキンの話に戻せば、この地域に対して、こんな提言をしたという。

私たちが明確にしたかったのは、ただ単にフォーカスグループ〔注:特定の政策課題について討議するために選ばれた少数の住民代表〕や利害関係者グループにアイデアや提言、同意を求めるだけではないということだ。そうではなく、あらゆる年代の住民で構成されるピア・アセンブリーこそが重要であると。将来どの政党が権力を握ろうと、向こう20年間にわたってそのピア・アセンブリーが活動しつづけることで、一貫性と連帯を維持することができ、それがインフラ転換の長期的な成功を確実にすると、私たちは主張した。このまったく新しい統治方式にオー・ド・フランス当局の合意が得られたので、私たちは共同プロジェクトを開始した。

日本の地方自治でも首長が変われば、政策が変わり、それまで推し進めていた活動が頓挫することがある。しかし、ここで求められているような社会インフラの大変革としてのスマートシティ構想は長期にわたる取り組みが必要でそれではままならない。
かといって、リフキンも紹介しているGoogle主導のトロントでのスマートシティ構想が頓挫したように巨大企業に任せてうまくいく話でもない。

だからこそ市民参加のピア・アセンブリである。
僕が「まちをつくる人を、つくる」というコンセプトで先のイベントを企画、実施した理由でもある。
日本でも前橋市などはそれに近いやり方でスマートシティ化を進めている。

オー・ド・フランスはその後、「加盟28カ国、350地域の代表によって構成されるEU地域委員会から、誰もがうらやむヨーロッパ起業地域賞を授与された」という。「計画の開始から6年目の現在、1000以上のプロジェクトが進行中で、そこでは数千人の市民が雇用され」、「ピア・アセンブリーによって経済的・政治的活性化を実現する」、直接民主的なな自律分散型の「新しいアプローチのモデルケースとなっている」のだそうだ。

デジタル田園都市国家構想でも、地域の社会インフラのデジタルトランスフォーメーションによって、地方経済や生活をサステナブルでウェルビーイングなものにすることが目指されている。
しかし、本当にスマート化によってサステナビリティとウェルビーイングを実現しようと思えば、リフキンのいうピア・アセンブリ的な直接民主主義による構想の検討と実現に向けての活動を進めることが不可欠なはずだ。

そんな動きへのシフトを進めるのに参加するための最初の一歩が先のイベント開催でもある。これから何がやれる楽しみだし、いろんな人とこういう議論をしていきたい。


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