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水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと/岸本聡子

これは本当に元気をくれる一冊だった。
『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』
ここ最近、民主主義的であるためにはこれから何が必要なのだろうかとずっと考えてきたが、この本からはそのヒントをたくさんもらえた。

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水道事業の民営化によって水貧困層が生まれた

著者の岸本聡子さんは、アムステルダムに本拠地をおく政策シンクタンクNGO「トランスナショナル研究所」に所属しながら、新自由主義や市場原理主義に対抗する公共政策や、ヨーロッパ各国ですすむ水道の再公営化に関するリサーチや、それにともなう市民活動と自治体をつなぐコーディネートに携わってきた方だ。

斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』を読んで気になっていたヨーロッパでのミュニシパリズムという自治体による市民運動のグローバルな連携について調べていて知ったのが、岸本さんで、この本を出していることも木曜日に知って、すぐにamazonに注文した。

ヨーロッパでは、この10数年のあいだにこれまで民営化されていた水道が再び公営化される流れがあるそうだ。

民営化によってさまざまな問題が、人が生きる上では欠かせない水の利用において起こってしまっており、その改善のためには水道サービスを公営化して、民主主義的なコモン=共有財として扱えるようにする必要があるためだ。

多くの国で、民営化によって多くの問題が起こっている。
まずサービスが低下し、漏水の対策などが行われなかったりする。にもかかわらず、反対に水道料金そのものは高騰し続ける。

たとえば、イギリスでは、1998年の段階で世帯あたり配管年間120ポンド(約1万6800円)だったのが、2007年には312ポンド(約4万3680円)になったという。その後もこの高騰は続いた。

その結果、2014年の調査によれば、イングランドとウェールズでは、2011年の段階で23.5%の世帯が収入の3%以上を上下水道料金に充てていたという。5%を超える世帯も全世帯の1割もあったそうだ。

それにより「水貧困」と呼ばれる水道料金を気にするあまり入浴やシャワーを控えたりトイレの水を流さなくなる層も生まれたのだという。

これでは市民からこの事態をなんとかしてくれと声が上がるのも当然だとだろう。

イギリスにおける公共事業の民営化の問題

民営の水道会社がいかに問題かを、引き続き、イギリスの例でみてみよう。

イギリスでは1980年代に新自由主義政策を打ち出し、それまで国有地だったさまざまな事業を民営化した。電気、石油、ガス、鉄道、航空、郵便など。その総仕上げとして1989年に完全民営化されたのが水道事業だ。

PFI(private finance initiative)、日本の内閣府によれば「公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法」だと説明される民営化の手法は、この1980年代のイギリスにおいて正式に国家プロジェクトとして承認されたものだ。
その後も、政権が労働党に移ってもPFIは推し進められ、ロンドンの地下鉄の運営から、高速道路や学校、病院の建設、さらには刑務所の運営まで、あらゆる公共事業がPFIで行われるようになった。

しかし、2018年激震が走る。
会計検査院が提出した「PFI and PF2」という報告書で、PFIで行われる事業は「40%も費用が割高である」という調査結果が発表されたからだ。
さらに企業が市場から資金調達するためお金のかからないように見えるPFI事業は、じつは、技術が借り入れた債務に金利とさらに企業利益ものせたものを、国や自治体が返済しなければならず、その額なんと2000億ポンド(約28兆円)にもなると判明したのだ。

費用が割り出すであるうえ、その企業がつくる債務を税金で賄わなくてはならないとは、いったいどういうことか? イギリス国民が怒りだしたのも無理はない。

民営化の問題は、環境面にも影響

ロンドンで、水道事業を担っていたPFI事業会社であるテムズ・ウォーター社の実態も同様だった。

まずは先にも書いたが、サービスの低下だ。

テムズ社は長年、EUの最低基準以下の下水処理しかしてこなかった。下水処理能力を向上させるために必要ない投資額40億ポンド(約5600億円)が調達できないと言い訳をし、十分に浄化されていない汚水をテムズ川に垂れ流していたのだ。

EUの最低基準以下の下水処理しかできていないことに対して、ロンドン市側から改善の要望がされても、そのための資金が調達できないことを言い訳に行わない。
しかし、先にも書いたとおりで、水道料金はとてつもない高騰を続け、水貧困まで生んでしまっているわけである。
これでは経営能力が疑われても仕方がない。

実態はこうなのだ。

テムズ社は2012年だけで2億7950万ポンド(約391億3000万円)も株主配当している。もし公営事業体であったなら株主配当は不要なので、14年もあれば下水処理の向上に必要な40億ポンドを蓄えられた。

民営事業となることで株主配当が必要になる。さらには高額な役員報酬や、関連会社への支払いなど、公営事業では削減できるコストが大きく乗る。
そのコストを賄うためには、料金の値上げが必要になる。しかし、いくら料金が高くなっても、下水処理のサービスは良くはならない。

そして、テムズ川の水はどんどん汚れていく。
もちろん、それは地球の水が汚れるということである。

民営化は自治体にとってコストパフォーマンスが悪いだけでなく、環境保全のための貴重な時間―― その間にもテムズ川の水質は悪化する――までも奪いとってしまったのだ。

公共サービスの民営化がいかにコモンズ=共有財を犠牲にして、一部の人間が利を得ているかがわかるだろう。

オー・ド・パリの設立

著者の岸本さんは、こうした民営の事業者によって損なわれた公共サービスとしての水の問題を解決することが民主主義を取り戻すことにつながるという。

その例として挙げているパリ市の「オー・ド・パリ」の事例などははじめて知ったが素晴らしい。

パリ市も、イギリス同様、1985年、のちに大統領となるジャック・シラクがまだパリ市長だった時代に2つの民営企業と25年間のコンセッション契約を結び、水道事業全体を民営化している。
その結果、パリの水道料金は1985年から2009年までに265%も値上がり。この間、物価上昇率は70.5%であったから、はるかに大きな上昇率である。

イギリスの場合と何ら変わらない。

パリ市は、こうした状況を問題視し、2007年に再公営化に向けて動きだし、2社とのコンセッション契約の切れる2009年末をもって公営化に移行したのだ。

そのとき、公営化の担い手となる水道公社として設立されたのが、100%パリ市出資による公営管理の組織オー・ド・パリだ。
2010年1月1日に創業したオー・ド・パリは、移行期間で初期費用がかかると思われた初年度から3500万ユーロ(約42億円)の経費削減に成功している。
国連が「水は人権」という決議を発表したのもこの年だ。このパリを皮切りにフランスの多くの都市で水道事業の再公営化が進んだという。

オー・ド・パリが水質改善のために行なっていること

オー・ド・パリの活動で素晴らしいと思うのは、水質の改善のために行なっていることの視野の広さだ。

世界の水道関係者が詳細を惜しまない「オー・ド・パリ」の活動がある。それは長期にわたる包括的な水源保全活動だ。
パリ市民にきれいで安全な水を継続的に供給するには、水源の保護が欠かせない。パリ市の水源は東はブルゴーニュ、フランシュ、コンテ州から西はノルマンディー州まで、広大な地域に点在している。そのため、「オー・ド・パリ」は5つの流域、12の県、300以上の自治体とパートナーシップを結び、水源保護に乗り出すこととなった。

考えてみれば当たり前なのだが、水質のよい水を使おうと思えば、その水源に配慮しなくてはならないのだが、その水源は必ずしもその地域のなかにはない。パリ市のような大都市であればなおさらだ。

そこで水質改善に力を入れようとすれば、当然、ほかの地域との連携も必要になる。

いくら水源を保護してきれいな水を確保したとしても、汚濁した生活排水、農業排水、工業排水が流れ込めば、水はたちまち汚濁してしまう。汚濁がひどければ、浄水コストがかさんで水道料金の値上げにもつながりかねない。
それを防ぐには水源という「点」だけでなく、水源周辺、あるいは流域という「面」で水質を保全しないといけない。そのために、「オー・ド・パリ」は農業政策、産業政策、環境政策といった公共政策への関与が不可欠と考えているのだ。その範囲は幅広く、水質源管理、生物多様性、持続可能な農業・地域開発、循環型社会、食料の地産地消にまで及ぶ。

もはや水だけの問題ではないのだ。
でも、ここまで視野を広げて考えてはじめて、水質改善は可能になる。
そして、そのためにオー・ド・パリが実際に行なっていることが素晴らしすぎるのだ。

「オー・ド・パリ」は水質維持のため、水源地とその周辺エリアの農家に資金を投じ、有機農業を推奨するプロジェクトを進めている。有機農業への転換面積の目標や硝酸塩系農薬の不使用推進などが前述の「パフォーマンス契約」にも書き込まれている。
つまり、「オー・ド・パリ」は有機農法を行う農家の育成もミッションとしているというわけだ。従来の民営水道会社ではとても考えられない野心的な動きで、持続可能性を重視した次世代型の水道経営と言ってもよい。

先のテムズ社のケースとは正反対と言えるだろう。
こうしたことが公営化によって実現できているのだ。

再公営化は、民主化である

水からはじまる民主主義。
岸本さんがこの本で教えてくれるのは、それだ。
単に民営化された公共サービスを再び公営化するという話ではない。

水に代表される市民にとってのコモン=共有財を再び市民そのものの手に戻せるよう、市民自身が積極的に考え、声を発し、活動をする。そうした民主主義の活動を再構成することが、水の問題を軸とした自治体とともに行う市民運動によって可能になるのだという話だ。

たとえば、先のオー・ド・パリにも、市民が自分たちの水の問題に取り組むための「パリ水オブザバトリー」という仕組みがある。

パリ市では、水道事業への市民ガバナンスを高めるために、多くの人々が「パリ水オブザバトリー」に自覚的に参画している。選挙も重要だが、選挙だけが民主主義ではないのだ。
水のように生きるために不可欠なものは、人々の共有財産として、できるだけ市民の力だ管理しようという動きが始まっている。これこそが、新しい民主主義の形だ。資本の言いなりにならない、国家に任せっぱなしにしない、という市民の気概が垣間みえる。

斎藤幸平さんが『人新世の「資本論」』で論じていた共有財産の民主主義的な利用についての具体例がここにある。

スペインのバルセロナ市では、再公営化を求める水の権利運動から地域政党「バルセロナ・イン・コモン」(現地語名バルセローナ・アン・クムー)か生まれている。
バルセロナ・イン・コモンは、市長を二期連続して擁立することにも成功し、水道事業だけでなく、公営住宅の整備も進めている。

国やEUが巨大企業といっしょになって進める新自由主義政策が、水やエネルギーなどを独占して市民の手から奪っていこうとするのに抵抗するためには、市民は自治体をベースに市民運動を展開していくしかない。
けれど、個々の自治体だけではあまりに非力だ。それゆえ、国を超えて自治体同士が連携していく必要がある。そのための国際的な連携の動きがミュニシパリズムだ。

とはいえ、民主化の方向に舵を切っているのは、なにもヨーロッパの自治体だけではない。
日本でも、福岡県みやま市、岡山県岡山市真庭市、群馬県吾妻郡中之条町など、公的セクターが中心となって地産地消の再生可能エネルギーのインフラを整備して、地域コミュニティを活性化しようという試みがはじまっているのだそうだ。

電力の購入を大手電力会社から自治体内の公的電力セクターへと切り替えることで新たな雇用を生み出し、同時に外部へ流出していた膨大なエネルギー費を地域内で循環させて地域経済を浮揚させる。それでこう的セクターを通じて新たな利潤や税収があがれば、その収入でさらに市民サービスを充実させ、自治体の魅力を高めようという戦略だ。

コモン=共有財産を、市民自らで管理、運営できる仕組みをつくりあげていくこと。そこにこそ、民主主義の新しい形とその目的があるのだと思う。

このコロナ禍の危機において、さらには、気候変動のリスクを回避するためにも、新自由主義によるコモンの解体〜搾取に対抗するための行動が必要だ。

そういう意味でとてもヒントと元気をくれた一冊だった。

追記

2月5日に、この本の著者の岸本聡子さんをゲストに迎えてオンラインイベントをやることになりました。

興味のある方、ぜひご参加ください。





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