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言語発達とマスク~2歳児を育てる小児言語聴覚士が考える理想と現実~

私は現在2歳8か月児を育てる、小児分野で働いてきた言語聴覚士だ。
育児における理想と現実をどちらも知っている。

2022年2月4日、こんなニュースが流れた。

後藤厚生労働大臣は、2歳以上の子どものマスク着用について、さらなる感染を防ぐために、前向きに進めるべきだという認識を示しました。

NHKニュース

まず、このニュースの経緯を整理したい。

ニュース前日に当たる2月3日、全国知事会会長の平井鳥取県知事は後藤厚生労働大臣とオンラインで意見交換をした。
その際平井知事から「保育園は厚生労働省の所管だが、2歳未満児はしかたないかもしれないが、それよりも上の子どもについては、オミクロン株対策ではマスクの着用は重要ではないかと思う。たとえば、こういうことなど、従来の指導よりも踏み込んでもらうことが必要なのではないかと思う」との意見が出た。
平井知事の発言は全国知事会の総意とイコールである。
そして、それを聞いた大臣は翌2月4日の記者会見で支持を表明した。

「従来の指導よりも踏み込んで」という部分は日本語特有の曖昧表現なのだろうが、要するに国が主導となって2歳以上はマスク着用と強く言いなさいよ、という意味である。

そして記者会見でも大臣はまた曖昧表現を使って「前向きに進めていくべきだ」と述べている。意味は同じだ。

ちなみに同日午後、松野官房長官は「現在保育所の子どもについては一人ひとりの発達の状況を踏まえる必要があるため、一律にマスクを着用することは求めていない。本日の分科会で議論がなされていると承知しており、専門家の議論も踏まえながら、保育所の感染対策をどのようにすべきか検討したい」と述べた。
大臣に比べれば慎重な発言だが、これは午後になり批判の声が聞こえ始めたためだろう。


その後の展開

2月5日時点の最新ニュースは以下。

政府の有識者会議「新型コロナウイルス感染症対策分科会」は4日、子どもに対して発育状況に応じ「可能な範囲でマスク着用を推奨」する提言をまとめた。政府が作った原案では「2歳以上」に推奨することを明記していたが、分科会の議論で反対意見が相次いだため、年齢を削除した。

毎日新聞

ということで、結局「2歳以上」の部分は削除された。
ちなみに、先に松野官房長官も述べていたが、厚生労働省は2歳未満のマスク着用は推奨しておらず、2歳以上では息苦しさを感じていないかどうかや熱中症に十分な注意が必要としている。
子どもに一律のマスク着用を求めたことはない。
つまり、大臣が知事達に助言されて自分のいる厚生労働省で決定したことを急に変えようとした、ということになる。

一連のニュースにおいて私なりの論点を挙げるとすると、
・政府のコロナ対策分科会の提言でマスク着用は「2歳以上」に推奨する、と明記したその「推奨」の捉え方

・新型コロナウイルス感染症対策分科会の意見を聞く前に記者会見で大臣が発言し、政府も提言を出している
※新型コロナウイルス感染症対策分科会は現在、医学者・医師・経済学者・地方公共団体の首長などで構成されており、その会長が尾身茂会長である。

という2点である。

ちなみにこれは余談だが、
twitter上では「知事たちの育児経験の無さ」を憂う声も多い。
なので全国知事会のHPで知事たちの年齢を調べてみた。
昭和17年(1942年)生まれから昭和56年(1981年)生まれまでで構成されている。
※昭和17年生まれとは今年80歳である。傘寿。
そしてザッと見た感じ昭和30年代が多い。つまり多くは60歳代である。

女性知事はというと、山形県と東京都の2名。47分の2。
山形県の吉村美栄子県知事はお子さんもお孫さんもいらっしゃる今年71歳で、東京都の小池百合子都知事にはお子さんはいないそうだ。

ここから垣間見える、知事たちの育児経験ー。
個々人の育児へのコミット具合は定かではないが、少なくとも出産経験者は47人中1人しかいない、ということは分かった。
そもそも経験したことがないから分からない、で知事が務まるとは思えないので、憂うべきは育児経験というより想像力不足なのではないかと私は思う。


話題を戻す。

・政府のコロナ対策分科会の提言でマスク着用は「2歳以上」に推奨する、と明記したその「推奨」の捉え方

推奨とは「これが優れているよと人に薦めること」である。
薦め方には色々ある。
「マスクは絶対つけなきゃダメよ!」とゴリ押しするか、「マスクおすすめしてるから貴方もつけてみたら?」とやんわり誘うか。

ただ、どうしても政府からの提言となるとゴリ押し感が強まる。
仮に政府が強制しているつもりはなくても、発言力は非常に大きい。
マスクの予防効果を踏まえて着用できる2歳児はして欲しい、というやんわり表現のつもりだったのかもしれないが、現実そうは全く伝わっていない。

・新型コロナウイルス感染症対策分科会の意見を聞く前に記者会見で大臣が発言し、政府も提言を出している

これにはただ驚かされた。
先にも述べたように知事達に育児経験が乏しいのであれば、今現場で子ども達に接している医療や保育の専門家に意見を真っ先に聞くべきである。
想像力不足は専門家の力を借りることで埋めることができるはずだ。
なのに誰もそれをせず提言を出すとは、想像力不足に対する自覚がないことの現れではないだろうか。
マスクに限らず同じような感覚で医療や育児についても提言しているのか?と政府に対する不信感は強まっていくだろう。


言語発達とマスクの理想

言葉の発達に関して言うと、2歳前後(1~3歳ごろ)は特に重要な時期だと考えている。
顔の大部分が隠れてしまうことについての弊害は色々あるだろうが、
・表情から読み取れる情報が減ることによる、感情理解の難しさ
・口元から読み取れる情報が減ることによる、口形模倣の難しさ
・聴覚情報だけに偏ることによる、視覚情報と聴覚情報の統合の難しさ

などが可能性としては考えられる。
現時点でマスクによる発語の遅れがはっきりと示された論文は見つけられなかった(というか、交絡因子が多すぎるのと、もう少し長期的に調べないと結論が出せない)。
何も影響はないかもしれないし、あるかもしれない。
要するに、まだ可能性しか語ることができない。

とはいえ、家族以外の顔をあまり見たことがないまま成長することは、言語発達にとって決してプラスにはならないだろうとは推測できる。
コロナ禍以前は家族も親戚も園の先生もお友達も口元が見えていたが、今は家族だけ。
言語発達に必要な手がかりは圧倒的に少なくなった。
限られた情報源から獲得できる言葉にも限りがある、と考えるのが自然ではある。


育児とマスクの現実

2歳児は一般的に自我が芽生えるイヤイヤ期である。
手を洗うのもイヤ、着替えるのもイヤ、お風呂もイヤ、食事もイヤ。
そりゃあマスクもイヤである。
なぜ着けなければならないのか説明したとて理解は難しい。
呼吸もしにくいし、耳も痛い。
ただひたすらに邪魔なだけ。ポイッ。

そもそも2歳児とは発達の幅がものすごく広い。
単純に2歳0ヶ月と2歳11ヶ月の月齢差という意味だけでなく、個人差が大きな時期だからだ。
年齢で区切ることの意味がないくらいに。

ちなみに我が子に限って言えば、1歳前からコロナの流行が始まったので、親や保育園では先生もお兄さんお姉さんたちもマスクを着用しているのを見て育ってきた。
なのでマスクは「外出時に着けるもの」だと刷り込まれている。
靴を履く前に靴下を履くのと同じような感覚。
マスクなしで外出していた頃の記憶がほぼないので、着けられないとは真逆で着けなければならない、と思っている。
とはいえ大人のように汚染部分を触らず管理することは自力では難しいので、予防効果は気休め程度かもしれない。
だから、ただ着ければいい、というものでもない。

ちなみに昨年息子の通っていた公立保育園、今通っている民間の園、どちらも年齢が高くなるとマスク着用が推奨されている(強制ではない)。
2歳の息子は今電車通園をしているので移動時はマスク着用をしているが、園の方針で園にいる間はマスクを着用していない。


想定されるべき、マスクができない子ども

私は仕事上、知的障害や発達障害のあるお子さんに接する機会が多い。
そして、感覚過敏があるお子さんも少なくはない。
肌が弱くて荒れてしまう、息苦しくなってしまうお子さんもいる。
つまり、マスクを着けることができない。

ものすごく練習してやっとつけられるようになった子、着けても着けてもヨダレですぐ交換しなければならない子、マスクを食べてしまう子もいる。
そういった子ども達も保護者も、コロナ禍で心無い言葉をかけられたり辛い思いをしてきた。
だからこそ私は「マスクが苦手です」「マスク練習中」というお助けマークの発案をし、実際に商品化してもらい発売したことがある。

そういった子ども達のことを考えると、ただでさえ3歳児以上は肩身の狭い思いをしているのに2歳児にもそれが降りかかるのか…と暗澹たる思いがする。
政府の言う「推奨」の意味は重い。
そして、社会の目は厳しい。
着けられる=善、着けられない=悪、の二極化が進む。
人は自分の知らない世界の、自分と違う(と思い込んでいる)他人に優しくないのだ。
知事や大臣の想像力不足を叩くなら、社会全体だって想像力は全然足りていないと感じる。


結局、言語聴覚士として母として思うこと

よく「2歳児はマスクなんてできない。無理」という声も耳にするが、実際にはマスクができている子もいるし、できない子も、どちらもいる。
これはマスク着用に限らず、発達に関する歩みだってそうだ。
もうできるようになっている子と、これからできるようになるであろう子がいる。
そこには本来、善も悪もない。個人差である。

そもそも「2歳児」というのは主語が大きすぎるのではないか。
私としては「感染予防に効果的な着用が自力でし続けられる2歳児はいない」というのが適切な表現ではないかと思っている。

理想としては着けられたらいいけれど、現実は難しい。
保護者と一緒にいる時など効果的に使える場面では着けられる子どもは着けた方がいいが、効果を上回る弊害があるなら外す、というのが現実的な解な気がする。

一方で2歳児に限った話ではないが、言語発達としては口元・表情からの情報はなるべく減らしたくない。
しかし、感染対策はできる限りしていきたい。

そんな時、たとえばテレビやYouTubeではマスクをしない顔がはっきり見える幼児番組は良い刺激になりうる。
また、ZOOMなどオンラインでの交流も同様である。
感染対策がされた環境のなかで、家族と過ごすことに加えてメディアやオンラインを活用しながら刺激不足を補えることが望ましいと考える。

まだ科学的に根拠が示されていないことも多いため迷いもあるが、理想と現実の狭間で揺れ動きながらもできることを模索していくことが、今の私にできることかなと思っている。


※日本小児科学会・米国小児科学会・米国疾患予防管理センターは2歳未満ではマスク着用の危険が高いとの見解で一致している。WHOは5歳以下はマスク着用の必要なし。

日本小児科学会は2歳以上でも問題はないとは言えず、熱中症やかぶれ、健康管理の難しさがあり強要は望ましくないと回答あり。

米国小児科学会、米国疾患予防管理センターは2歳以上のマスク着用を強く推奨している。


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