故あって引っ越し

　故あって引っ越すことになった。その一連が色々と面倒くさい。今住んでいるところには、この年末で丸6年になる。小学生なら入学してから卒業までの時間を過ごした場所だが、気に入っているかと言われると微妙なところだ。小学校に愛着を覚えないタイプもいる。ぼくはそのタイプだ。
　根が面倒くさがりなので、このまま契約更新する気ではあった。ところがとんと便りの絶えていた知人から、猫を引き取らないかという話が舞い込んできた。猫は好きだが、あいにく今住んでいるところがペット不可である。もともと、いずれは越して猫を飼おうとは思っていた。お互いに渡りに船だと思い、契約の切れ目でペット可の物件に引っ越すことにした。

　内見もせずに物件を決めた。通勤時間はどうやら短くなるらしい。実家へも多少は帰りやすくなるようだ。
　もっとも空港へは出にくくなる。ほぼ使わないにも関わらず、出にくくなった途端に文句をつけたくなる。人間というのは勝手なものだ。そしてこちらのほうが一大事だが、映画館も近くにないようだ。だが猫が家にいるとそうそう気軽に外出もしないだろう。
　ウン十万の出費になった。まあ引っ越しというのはそういうものだろう。
　根がケチなので、不動産屋のあれこれの名目をつけての請求はあまり納得のいくものではない。だが猫が家にくると思えばまあ良いだろう。猫用品を調べ、なんなら少しそろえ、引っ越し会社にも、これこれこの日でとお願いをした。

　ところが猫を引き取る話が無くなった。あちらの家で愛着が湧いたというのも否定はできまいが、ずいぶんと暴れん坊に育ったようだ。犬にも威張りちらし、朝から晩まで運動会をしているようだ。見た目可愛さに騙されたとかあちらは言っていやがる。ずいぶんと身勝手なことだと思った。
　もともと引き取るのどうのというのが、猫からしたら身勝手な話ではある。だがそれにしても実際に飼ってみたら騒ぐし暴れるしで想像と違ったらしい。引き取って欲しいと言ってきたときの、動物愛護の精神がなんのかんの言っていた奴と同一人物とは思えぬほど、手前勝手な話である。
　もっともたまに様子を見に可愛がりに来たいとか言っていたが、体よく世話をこちらに押しつけるという、ムシの良い話ではある。徹頭徹尾手前勝手な話ではあり、一貫はしていたのだろう。

　こちとら生活環境が一変する。かかりつけ医も変えねばならない。だがそうしたことも一切合切想像もできぬらしい。そんなだから見た目だけで判断するのだろう。そういえば結婚相手も見た目だけで決め、うまくいっていない奴ではある。なんだかそいつと話しているのが馬鹿馬鹿しくなった。そんなやつの話をまともに取り合った自分も馬鹿馬鹿しくなった。

　前提条件が崩れてしまった今、真面目に荷造りをするのもまた馬鹿馬鹿しい。いっそ引っ越しも無しにしてやろうかとも思ったが、物件の契約金を振り込んでしまってもいる。これから諸々の機関へ住所変更の届も出さねばなるまいが、根が面倒くさがりなので、想像するだけでも具合が悪くなってくる。仕方なしに現実逃避がてら、こうして文章で八つ当たりをしている。

　根がケチなので、猫を金で買おうとは思わない。独身男性なので、里親にもなれまい。保健所から引き取ろうかとは思わないでもないが、何はともあれ我が身を動かすことが先になる。堂々巡りだが、故あって引っ越しの「故」の部分が無くなった今、我が身を動かすのも馬鹿馬鹿しい。

　仕方なしに新たな故をひねり出すことにする。本棚の容量はもはや限界を迎え、整理をせねばいけない。6年分の埃を見ると、ロボット掃除機の導入を考えたほうが良さそうである。それには模様替えと物を減らさねばなるまい。どうやら荷造りというよりも、大掃除のために引っ越さざるをえないようだ。それにしても引っ越しの一連とは面倒であるものよ。