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本当の哲学をはじめよう

「哲学」って何だろう。

「古代ギリシャで始まり、ソクラテスに師事したプラトンがいて、アリストテレスがいて、神学と合わさった時代があったり、近代になって「われ思うゆえにわれあり」と「心身二元論」を唱えたデカルトがいて、カントがさらに理性を極めて、ニーチェがぶっ壊して…」

と仕入れた知識の断片を、見本市みたいに並べて披歴するのが「哲学」ではない。

哲学はもっとシンプルで、かんたんな問いから始まる。

「あなたはどう思うの?」

これに尽きる。

『ロバート・ツルッパゲとの対話』は、哲学の本である。

これを書いたのはワタナベアニさんという方であり、以下「アニさん」と勝手に親しみを込めて書く。

一度だけしかお会いしたことがない方だけど、「ワタナベさん」だとなんとなく違和感があるので、下の名前で呼ばせていただく。

アニさんは写真家であり、哲学者ではない。

ここに書かれていることは「ロバート・ツルッパゲ」という洒脱なおじさんが、アニさんに語っていた内容をまとめたものである。プラトンがソクラテスの人となりを本にして後世に伝えたように。

何より、この本は学問的な哲学の研究書ではない。「ソクラテスかプラトンか、ニーチェかサルトルか」といった知識としての哲学を学びたい方は、この本を手に取らなくてもいい。それは野坂昭如のCMソングくらいで十分である。おれもおまえも大物だあ。

野坂昭如の「サントリーゴールド」CM

ロバートは読者に何を語りかけているか。それは「田舎者の了見を捨てよ」である。「了見」とは、八っつあん熊さんがよく言うあれである。

「田舎者」の「了見」とはなにか。今は亡き立川談志師匠によると「田舎者は出身地関係なく存在する」つまり「東京だろうがどこであろうが、田舎者はいる」ということである。

田舎者とは何か。自分の選択に根拠をもたない。誰かが良いと言ったものを妄信する人たちのことである。

哲学とは、「私の目には、世界がこう存在して見える」という表明です。だから自分がやっている写真家という仕事はかなり哲学的だと感じています。一輪の薔薇が咲いている。これを撮る人が100人いれば、100通りの薔薇の写真が生まれます。

ワタナベアニ『ロバート・ツルッパゲとの対話』107ページ

ロバートは、自分の哲学がない人たちを憐れんでいる。

自分の感性を信じられず、誰かが良いと言ったものに飛びつく人たち。

自分の判断や価値基準を自分で守ることができないから、どこか他人事のような言葉でごまかそうとしてしまう人たち。

当然ですが、気づいた、学んだ、という言葉には「誰が」という主語が必要になってきます。私は気づいた、と言えば発言の主体が明確になるのにそう言わず、「気づきを得ました」「学びがありました」とわざわざ言う。

同162ページ

ロバートの言葉は時に辛辣だ。辛辣を漢字で書けと言われたら100%書けないくらい辛辣だ。

この本を読んでいると、正真正銘の田舎者である私はドキッとする。

「おらこんな村やだ」と、地方から薄っぺらのボストンバッグには収まらない荷物を複数抱えて、三代続いた江戸っ子が住む粋でいなせでべらめえな東京にやってきた私には、まるで自分のことが書かれているように思いながらこれを読んだ。

辛辣だが、決して特定のだれかへの悪口が書かれている本ではない。

これは「もっと肩の力を抜いて生きていいんだよ」という、今を生きる人たちへのロバートなりの励ましなのだと思う。どこの誰かがつくった基準に乗っかって生きているだけのお前はいったい誰なんだ?という優しい警句なのである。

「あなたはどう思うの?」

それがまさに「哲学」の出発点であり、人間が言葉を駆使して生み出す創造物の源泉なのである。

ロバートに会ったことはないけど、たぶん不愛想で一見冷たい人なんだと思う。だけど、たぶん不器用で優しい心の持ち主には、心を開いてくれるおじさんなのではないか。

私は干支2.5周分しか生きていないけど、世の中には愛想を振りまく卑しい人間がいるということも、なんとなく分かってはいる。なんなら自分がそうかもしれないが。

ロバートが見ている人間世界は冷徹であり、血の通った温かさも本当はあるのだと思う。希望を捨てないこと。自分の感性を自分で守ること。ちょっとした勇気と想像力を持つこと。

ロバートは、いつもこの本の中にいる。ページをめくれば。彼との知を愛する人間同士の対話が始まるのである。私はロバートを私淑しつづけたい。

アニさん、すてきな本を書いてくれてありがとうございます。


誰かが決めたルールに縛られて、本当に自分がやりたいことを後回しにするな、というのがロバートの口癖だ。つまり、この本を読んだ人がロバートが理想とする「知を愛する人」になってくれればいいと思っている。

同225ページ





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