見出し画像

売れるためのクオリティの高い本を作る。その逆はない。

数年前に編集者の先輩が何の気なしに言っていた。

「編集者ってのはありがたい職業だと思うよ。だって他の民間企業に比べたら、自分の好きなものを作って、それで給料をもらっているんだもん。趣味の延長線でできているありがたい仕事だよ」

本当にそうだなぁと思う。
そして、編集者は色んなすごい人たちと関われるチャンスの多い職業だ。
一つのジャンルを極めた知識人である著者、そしてデザイナー、イラストレーター、フォトグラファーなどのクリエイティブなスタッフたち。そんな日常生活ではまず会うことができない、有識者や有名人たちと関わることができる。

これが編集者が憧れられる所以だと思っている。肩書としてはなんと華々しく、自由で、楽しそうな仕事なのだろうか。いくら残業しても、やりがいでペイできるような気さえする。

私もその憧れから入った人間ではあるので、他の民間企業ではもう働けないだろうなと思っている。裁量も大きいが、属人的にもなりやすい。尊い仕事なのである。

ただ何でも好きなものを作っていいわけではない。
私が最近よく思うのは、「売れるためのクオリティの高い本を作る」のが編集者の仕事であって、「クオリティの高い本を作って売る」のとは違うということ。

私にとってのクオリティとは、例えば、文章、デザイン、イラスト、写真などの本が具体的に作られる構成要素だけではない。最も大事なのは、ターゲット、コンセプト、構成、見せ方・売り方だと思っている。

本のクオリティ=企画のクオリティ

話は脱線するが、晩御飯を作る時あなたは何から考えるだろうか。

仮に夫、子どもが3人の、5人家族の主婦だとしよう。子どもたちは幼稚園生から小学生で、一番上がそろそろ中学生になるころ。みんな男の子で食べ盛り。夫も体力仕事をしているのでよく食べる。
こうなってくると、献立はコスパ良く大量なものを作る必要が出てくるだろうか。
でも、子どもなので、スパイシーだったりエスニックなものは作れない。
かといって味が薄いものを子どもは好まない。

じゃあ、今日はカレーにしようかな?
材料は、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉のほかに、少しマイルドになるようにトマトを入れてみようかな。家族はみんなお肉が好きだから、豚肉は多めで。そういえばあのスーパーで買うと安いんだったっけ。ブロッコリーも安売りしていた気がするな。彩りで添えたらみんな食べたくなるかしら。



話を戻すと、ここでいう、

晩御飯が本。
5人家族、男性ばかり、よく食べるがターゲット。
味は薄すぎず濃すぎず、コスパ良く大量に作れるレシピがコンセプト。
カレーは構成の一つ。
彩りを添えたブロッコリーは見せ方・売り方。

なのである。

にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉、トマトというのは、構成要素であって、もちろんこれらの品質がカギを握っている。

でも、材料の品質から晩御飯を考えることがあるだろうか。
私はないと思う。

まあ、冷蔵庫の賞味期限が切れかけの材料を消費するために何とか晩御飯をこしらえるということはあるかもしれないが、そうやって作られた本は、大抵の場合売れない。品質が担保されていないので。

中身から作ろうとして読者が置いてけぼりになる本というのは、編集したと言えるのだろうか。
コンセプトはよかったから、あとは書店に並んでみてどうなるか次第、とか、
この著者に頼んだら、中身はどうにかしてくれる、とか、
何かが完璧だからあとはどうとでもなるというのは、何とも試合放棄感が否めない。

そもそも売れるというのはお金だけの話じゃない。
売れるというのは読者に読まれるという指標なのである。
売れる編集者というのは、読者を獲得できている編集者と同義だ。

なので、私が思うのは、ターゲット、コンセプト、構成、見せ方・売り方をこだわり抜くことが編集者の仕事だということだ。
構成要素はその後に追いついてくる。なぜなら、この4つをこだわり抜いていれば、軸をブラさずに作り続けられるから。
依頼するときに、ちゃんと旗を振って正しいゴールを示すことができるのだ。

本当に面白いもので、ここが一つでもダメだと本は売れない。特にここ最近は、見せ方・売り方の面で(まぁ出版不況なので手を替え品を替えをしても、売れないときは売れないんだけれども…)。

きっと歴が長ければ長いほど、この見せ方・売り方に苦しむんだろうなと思う。ターゲット・コンセプト・構成は何となくだけれど経験で極めることができる要素な気がする。この見せ方・売り方だけは、かなり流動的だし、SNSの効果も今やマーケティング利用のアカウントが増えていく一方で情報の取捨選択が難しいものになってきているから。どうやればこの出版不況下で、出版社のマーケティングで売れるのかは、どこもわからないんだろうなと思う。

色々と界隈の話を聞いていると、編集部と営業部と宣伝部の連携が上手くいっている企画は売れている印象。相当計画的に販売戦略を練っているんだろうと思う。

まぁそういうマーケティング的な話は別記事で書くとして、私は売れるためのクオリティの高い本を作りたい。まだまだ編集者の端くれの私だけれども、やっぱりこの熱意は消えないんだろうなと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?