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あつまれどうぶつの森で100人くらいと通信したら女装するようになった

3月に本体と一緒に買った「あつまれどうぶつの森」をずっと続けている。何もしない島に移り住んで、虫を捕まえたり魚を釣ったりしながら少しずつ島を発展させてきた。ある程度進めたところでツイッターで少しこのゲームについて検索してみると、ものすごい勢いで知らない人同士が通信して“取引”を行っている。とても興味深い世界だった。

ある日のこと、私は狼狽えていた。エアコンを22度にしても汗が止まらない。日曜日に大金を投じて仕入れたカブの価格が暴落を続けていたのだ。週に一度購入できるカブは毎日価格が変動する。カブが腐ってしまう一週間以内に買った値段より高ければ売り抜けて利益を得られるし、もっと上がるだろうと踏んでスルーした翌日に値下がりして悔しい思いをすることもある。

しかしこの時はそんな一喜一憂すら私には起こらなかった。月曜からいきなり安い金額でスタートしたカブ価は、あたかも夏休みの終わりが目前に迫ってきた小学生のメンタルのように右肩下がりで落ち込み続けた。このままでは破滅してしまう。どうにか現状を打開する一手はないだろうか。そう考えた私は、ツイッターの検索窓に「カブ価」と打ち込んだ。

一度もお目にかかったことがないような金額に高騰したカブ価を載せた人たちが「島でカブを売らせてあげる権利」と引き換えに貴重なアイテムなどを要求していた。人によっては無償でいいですよとパスワードを公開していたが、私と似た状況の人たちが飛びついたのか通信が混雑していて一向に繋がらなかった。背に腹はかえられないので有償でカブを売らせてくれる人にDMを送ることにした。気が引ける。普段知らない人から「FF外から失礼します」から始まるリプライが飛んできたらFF外から失礼します「だけ」言ってこっちが「どうぞ」と返事をしたらそこで初めて用件を喋り出せよ絶対しないけど、と思うくらいには排他的に生きている。

そんな人間が「ゲーム内の通貨を増やしたい」という一心で「初めまして。検索から失礼いたします」から始まるDMを送っている。DMなんて女性に卑猥な画像を送りつける最悪な匿名アカウントとウエストランドの井口しかやらないものだと思っていた。相手の顔が見えないので少し緊張したが、無事返事がきて訪問させてもらい、相手プレイヤーのかわいらしいワンピースを着た女性キャラクターにお辞儀のリアクションをして挨拶を済ませ、持ってきたカブを売り払って大金を手にすることができホッと胸を撫で下ろす。この一件で知らない人との取引は最初で最後になるかと思っていた。しかし一週間後、状況は逆転する。私の島のカブ価が暴騰したのだ。

思えば「募る」という行為をした記憶がほとんどない。SNSをしていると「急募」とか「ゆる募」なんて文字を見かけることもあるが、自分の半生で何かを募ってきただろうか?だって募ったら集うじゃん、集わないでよと思うくらいには排他的に生きている。そんな人間が「ゲーム内の通貨を増やす権利を与える代わりに貴重な素材をいただきたい」という一心で使っていなかったアカウントの画像をたぬきちに変更してツイートにカブ価を載せている。

少し目を離してからDM欄を確認して驚いた。20人以上から申し込みがきている。こんなにいたらウエストランドの井口も混じっているかもしれない。みな一様に丁寧な文章で島を訪問したい旨を連絡してくれていた。中にはこっちの要求よりもさらに高い条件を提示して優先的に案内してほしいと持ちかけてきたダイナミックプライシンガーも数人いた。ダイナミックプライシングを利用する人をダイナミックブライシンガーと呼ぶのかは知らないけど。

到底捌き切れる量ではないので時間がかかってもよい方だけを順番に少しずつ案内して、ぎこちないながらも何とかワンオペをうまく回すことができた。訪問者のほとんど全てが女性と思しきアカウントだった。集まれどうぶつの森をたくさんの女性が遊んでいるのは承知しているが、いざ取引となるとここまで極端に男女比が偏るとは思っていなかったので少し驚いた。メルカリとかもそうなのだろうか?私はメルカリもヤフオクもやっていないのでわからないが、考えてみれば男性アイドルのグッズやチケットなどを譲)とか求)みたいなワードをつけて募集している人をたまに見かける気がする。一人で勝手になるほどと納得してこの日は床についた。

「星に願いを」はピノキオの曲だがこの日の私は鼻をへし折られていた。せっかくこれを作ってみたい!と思えるような家具のレシピを手に入れたのに、必要な素材である「星のかけら」というものを一つも持っていない。お目にかかったこともなかった。カブで得た大金で贅の限りを尽くしていた私は、まるで自分がお札を燃やして灯りにする幕末の豪商と同じ力を持っているような錯覚に陥っていたが、このゲームにはまだまだ自分の知らない世界があることを井の中で思い知らされたのだった。

入手条件を調べた結果一つの結論にたどり着いた。通信である。星がたくさん流れる島に訪問してお祈りをし、翌日自分の島で星のかけらを回収するというやり方が良さそうだった。前回のワンオペでかなり知らない人とやり取りをするハードルが下がっている。募っている人がいるので集うことにした。他のプレイヤーも同じようにやってきて、瞬く間に6〜7人くらいが一つの島に集まった。自分以外は全員女性の格好をしていた。そうだった。どうぶつの森の取引とAAAのライブビューイングはほとんど女性しかいないのだ。

私は少し申し訳ないような気持ちになった。この人たちはほぼ毎回女性同士でやり取りしているであろうところに男性のキャラクターが一人で入ってきたら嫌ではないだろうか?そんな風に考えながらその日はすぐに用件を済ませて自分の島へ戻った。後日また星のかけらが欲しくなった時、私はクローゼットの中身とにらめっこをしていた。女装しようと思ったのだ。また同じように自分以外が女性キャラクターだけになるなら、いっそ見た目だけでも女性っぽくしてできるだけ余計な不安や気まずさを与えないようにしようと考えた。

しかしこれまで服屋で売っていた女性物の服は職業服くらいしか買っておらず、やむなく半そでのセーラー服にスカート、ポップな色合いのスニーカーに赤いめがねをして髪型を金髪のおだんごに変えた。いないだろこんな女子高生。プレイヤー名がギリギリ女性のあだ名でも通用しそうな感じだったので、今回はパッと見女性キャラクターだけの集まりになり、気兼ねなく星に願いを繰り返した。その度に鼻が伸びていくような気がした。

あつまれどうぶつの森に出てくる家具や小物は自力で収集するのは難しい。一つの家具にいくつかのカラーバリエーションがあり、基本的には自分の島ではそのうちの一つしか売られていないのだ。いくらお金があってもそもそも店頭に並んでいないので、マイケルジャクソンの顔でthis this thisとあちこち指を差しても同じ色のポリタンクを3つ買うだけになってしまう。そこで登場するのがやはり通信なのである。このゲームでは一度手に入れたものはカタログに登録されて、何度でも通販で買えるようになる。そこで他のプレイヤーと通信し、お互いが持っていない家具を出し合う。

ここでそのまま交換して帰るのではなく、一度拾った相手の家具を再び相手に返すのだ。これにより所持品の中身は変わらないが、相手が持ってきたものを「一度拾っている」ので次から自分で注文できるようになる。この「おさわり交換」を繰り返すことで、自分の好きな色の家具や、数パターンある家具を全色集めるといったことができるようになる。遅まきながら私もそれに乗り出した。基本的に1:1で会ってすぐ用を済ませて帰るだけなのでもう金髪赤めがね女装をする必要もないと思うのだが、念には念をで取引時はその「正装」をし続けていた。

しかしコミュニケーションはといえばろくにチャットもせずにお辞儀のリアクションだけして自分のを置く、相手のを拾う、相手のを置く、自分のを拾って帰るを繰り返すだけ。相手はDMでも星やハートなど絵文字をたくさん使ってくれるが私はびっくりマークの一本槍で戦場を駆け抜けた。金髪赤めがね足軽。しかしいつの間にか少しずつ武功を重ねていたらしい。

何度も通信しているとたまにお褒めに預かることがある。多かったのは「こんなに迅速なお取引ができたのは初めてです!感激しました!」という、下手したら嫌味か?と考えなくもないフレーズ。確かに「少々お待ちください」と言って2時間くらい連絡が来ない人もいたりするので、時間がかかるのが面倒だから自分が今すぐ行ける時しかやり取りしない私は、相手からしたら「速こいつ」という印象があったのかもしれない。

もっと謎だったのは「この中から選んでください」と提示してきた相手にその中から選んで返答したら、取引後に「あたしが選んでくださいって言った中から選んでくださって本当神でした」というものだった。いや当たり前では??と思ったが「直前の人にリストにないものを30個要求されて荒んでいた」と、どんな治安なんだと思わずにはいられない心境を吐露していた。

YouTuberが不祥事を起こす度に相対的に評価が上がっていくヒカキンにでもなったような気分だった。その人は最終的に「マジで何かあったら駆けつけます!」と、元ヤンの主人公が初出勤する日にいかついバイクで見送りに来るかつての子分みたいなセリフを残して去っていった。いつか家具を全て収集する時、最後のおさわり交換の場に突然現れるかもしれない。

カブ、お祈り、住民の引っ越し、おさわり交換など通信を使ってできることは多岐に渡る。すでに100回くらいは通信しただろう。うち93人くらいは(おそらく)女性だった。これからも取引の際は正装するだろう。金髪赤めがね女子高生を見かけたらそっとしておいてほしい。お辞儀のリアクションだけして速やかに帰るので。

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