ボンゴレロッソなペスカトーレ

医療系の研究施設で働いている。通勤は車。今の事業所へは異動で赴任したが、引越はしていない。通勤圏内だったからだ。とはいえ車に乗っている時間は増えた。だがドライブが趣味の僕にとっては苦にならない。むしろ喜ばしい。通勤経路が変わるだけで楽しいのだ。

帰宅時に立ち寄るスーパーも変わった。そこは魚介類に力を入れている。魚より肉派な僕だが、それもそれで喜ばしいことだった。

そう、僕は料理も好きだ。初心者ではない。かといって上級者でもない。さしずめ中級者だろう。スーパーで特売されている食材から献立を考えることぐらいはできる。

その日は烏賊が安かった。刺身用だが生食は怖い。アニサキスがいる可能性があるからだ。捌かれていない生烏賊を調理して、生食できる程の腕前は僕にない。パスタにするくらいが丁度いいのである。

烏賊を捌く。魚に比べれば簡単だ。適当な動画で覚えたから、細かいところは我流だと思う。肝と軟骨、それと目玉辺りを取り除いておけばいいだろう。クチバシもだ。

にんにくとオリーブオイルの組み合わせは最強だ。トマト缶も加えれば、立派にイタリアンな香りもする。そこに烏賊も加えてみた。いい具合である。パスタを追加すれば『ペスカトーレ』なんてお洒落な名前もつくのだ。

イタリアンはいい。失敗が少ない。和食に比べれば楽なのである。料理で大失敗した翌日はイタリアンな日が多い。自信の回復に最適だからだ。

お洒落な料理名も気に入っている。意味は分からないが音の響きがいい。ついつい口にしたくなる。『ペスカトーレ』。美味しかった。調べてみたが『烏賊とトマトのパスタ』ではないらしい。正しくは『魚介とトマトのパスタ』だそうだ。

つまり烏賊でなくてもいいらしい。かといって魚を入れるのは難易度が高そうだ。ぐちゃぐちゃになる未来が容易に想像できる。烏賊に加えて貝と海老で作るのがペスカトーレの基本らしい。

ここでふと疑問がよぎる。浅利で作るパスタはボンゴレなのではなかろうか。

ボンゴレもよく作る。洋風な浅利の酒蒸しにパスタをぶち込むだけだ。塩味も旨味も浅利由来のものが強いので簡単。パスタと浅利の比率と塩味だけ気を付ければいいからだ。

そこにトマトを入れたこともある。ノーマルが『ボンゴレ・ビアンコ』に対して、それは『ボンゴレ・ロッソ』だ。こちらも美味い。

そう、『ボンゴレ・ロッソ』はペスカトーレではないのだろうか。浅利だけではなく、烏賊や海老が入ると『ペスカトーレ』になるのだろうか。よくわからない。

その後も考え続けた結果、どうでもよくなった。答え合わせに検索してみたが、そもそもペスカトーレは『漁師』という意味で、ボンゴレは『二枚貝』という意味らしい。つまりはそういうことだ。そして厳密に言えば『ペスカトーラ』であり『ヴォンゴレ』と言うそうだ。

だが僕のペスカトーレはペスカトーラではない。微妙にオリジナル料理にもなっている。拘っているからではない。手を抜いているからだ。その意味ではペスカトーレでもないのであろう。だがそれが自炊の醍醐味でもある。

家で食べるパスタは箸で頂いている。圧倒的に食べやすいからだ。なんなら蕎麦のように音を立てて食べている。もちろんマナー違反なことは分かっている。けれどもそこは家だ。だれにも迷惑はかけていない。それも自炊の醍醐味であろう。

自炊は自由だ。最高レベルの娯楽がそこにあると思っている。



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