自炊でやらかした

医療系の施設で働いている。しかし今は異動期間中だ。会社からもらった引越し休暇は5日間。土日を入れると9連休になる。

引越しは4日で片づいた。残りは遊ぶことにする。新天地での生活を充実させるためだ。はじめての独り暮らしは毎日が冒険でもある。自炊もはじめようと思った。まずは道具の買い出しからだ。

ホームセンターで買ったものは、フライパンと包丁。それとまな板。あとは菜箸と箸。電気炊飯器も買った。食器はある。前の職場でもらった餞別が食器セットだった。それを使わせてもらう。食器を洗う道具も必要だ。洗剤、スポンジ、食器置き。とりあえずこんなところだろう。

次はスーパーだ。1人で食材を買うのはすこし緊張する。BBQの買い出しのときは大勢で行ったが、今回は1人だ。気持ち的に不安なのである。とりあえず豚肉を買った。味付きの奴だ。『生姜焼き風』と書いてある。それと米を買った。買い出しは完了だ。多くは買わない。はじめてのときは慎重に事を進めたいのだ。

さっそく調理をはじめた。お米は軽く研いで炊飯器にセットする。炊ける時間を見計らって豚肉を焼いてみた。そして実食。ふつうに美味かった。いや、かなり美味しく感じる。店で調達する出来合いのものとは別物だ。これなら自炊を続けていける。もとい続けたいと思えた。

そう、僕は料理がすこしできるのだ。実家では母の手伝いで食材を切ったり炒めたりはしてたからだ。テーブルを拭いたり皿や箸を並べる手伝いは嫌だったから、積極的に調理を手伝っていたのである。それが功を奏したのだろう。はじめての自炊にもすんなりと入れたわけだ。

料理は科学だ。科学は実験の積み重ね。実験には失敗がある。けれども失敗に屈してはならない。失敗とは進歩だ。やらかしても前には進んでいる。大いに失敗するべきだ。料理とはそういうものだと思っている。

そう考えれば独り暮らしの自炊は最高のステージだ。誰にも迷惑をかけずに失敗できる。秘密裏に進めれば捗りもするだろう。他人に共感や称賛を求めてはいけない。あくまでも実験だ。練習でもある。仮に称賛がほしければ、今は地下に潜るのだ。陽の目に当たるときは必ずやってくる。その日のためにも今は失敗を繰り返すのだ。

スーパーの食材を片っ端から食べてみることにした。調理方法はシンプルに。基本は切って焼くだけ。味付けも塩のみ。そこで食材の切り方と火の通り具合、味などのデータを集めていった。

失敗も多かった。人参は硬いし、キャベツは焦げるし、豚ブロックは焼いても生だし。中でもピーマンは酷かった。味はよかった。切り方も種の外し方には課題が残るものの、とくに問題はなかった。

だがしかしだ、種の処理でやらかしてしまった。洗い物がめんどくさくて、ピーマンの種をシンクに放置してしまったのである。その数日は暖かかった。自炊も一旦休憩して、スーパーのお惣菜を分析する工程に入っていた。するとピーマンの種から虫が湧いたのである。

ちいさな飛ぶ蟲。無数にいる。気がついたのは夜だった。殺虫剤を買いに行くのはしんどい。代わりに洗剤をかけてみたが効果はない。このままでは寝れない。そこで窓を開けてみた。室内の電気はすべて消した。外には街灯がある。その光を追って外に出てくれることを願った。

暗闇で耐えること1時間。恐る恐る電気をつけてみると虫はいなくなっていた。勝利である。すぐさまシンクの掃除に取り掛かった。やはり後始末も料理のうち。道具を洗い終わるまでが料理なのだ。

この失敗も有意義なものとなった。でもこれからどれだけの失敗と対峙することになるのだろうか。不安だが同時に嬉しくもなる。のぞむところだ。

リスクはなにもない。地下には誰もいないのだから。迷わず行けよ。行けばわかるさ。僕の料理はこうしてはじまったのである。


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