カレーが強すぎた

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。半年前から5ヶ所目となる事業所でお世話になっている。身分は派遣社員。そのため上長はオーナー会社の部長となっている。部長は丸顔で人としても丸かった。そんな丸部長とは話す機会も多かった。

僕は喋るのが苦手だ。故に聞き役にまわる方が多い。だが丸部長との会話では話し役になることの方が多かった。いろいろと情報を得たいのであろう。

オーナー会社は親会社の研究をサポートする子会社だった。そのため利益を過度に追い求めない社風にも見える。つまり仕事に余裕があるのだ。

現場の居室には30名ほどが在籍している。事業所の規模感で言えば20人程度でもまわせると思った。だが丸部長はそうしなかった。規模拡大を見越しての数だとも言っている。社員の研修も兼ねているそう。なにより長く続けるための意味合いが強いらしい。

仕事の余裕は心の余裕。そこにやり甲斐や生き甲斐は生まれる。それは長く続けるために必要なこと。丸部長はそう語っていた。

デメリットはある。向上心が薄まるのだ。ハングリー精神は生まれにくい。現状維持で満足してしまう。業務であるサービスの質も上がりにくいだろう。この問題を解決するための派遣社員だった。

僕を含めて3人が派遣社員として働いている。条件は「経験が豊富な人」。マンパワーを提供しながらアドバイザー的な役割も求められるのだ。

居室には僕の席がある。一番端だ。丸部長の席とも近い。話す機会も多くなるわけだ。大半は雑談。料理の話が多い。共通の趣味があるので上長との会話だが楽しかった。

そう、僕は料理が好きだ。自炊もしている。中級者レベルではなかろうか。もちろん昼のお弁当も自作だ。食事は居室でとらない。ミーティングルームを開放してもらっている。

そこでは同じ派遣社員の先輩とご一緒させてもらっている。40歳過ぎの先輩だ。アラサーの僕とでは会話の中でもジェネレーションギャップも感じる。四十路兄さんは車が好きだ。僕もドライブが好きなので話は合う。そして僕のお弁当を見ていつも驚いてくれる。20代男子のお弁当としてはクオリティが良かったのだろう。

僕は四十路兄さんを驚かせるのが好きだ。そのためにお弁当のクオリティも上げていった。ある日はカレーを持って行ったのである。僕の弁当箱は3段だ。密閉式なので汁ものもOK。レッドカレーは冷めても美味しい。案の定、四十路兄さんは驚いてくれた。僕のいたずら心は止まらないのである。

だが、やらかしていた。レッドカレーは香りが強いのである。ミーティングルームに留まる香り。昼休みが終わっても無くなることはなかった。運悪く、その日は午後にミーティングの予定。この部屋に6人ほどがやってくる。どうにかしたいが、どうすることもできなかった。

「だれだカレー食ったの」。部屋に入るなり丸部長はそう言った。良い匂いだなとも言ってくれた。僕は謝った。丸部長は笑っていたが、あきらかに匂いがミーティングの邪魔をしていた。

本当に申し訳ない。普通のカレーならまだしも、レッドカレーは香りが強すぎた。職場には持ってきては駄目なのである。その後、丸部長との会話はカレーになることが多かった。もちろん、この日の夕飯はカレーにしたらしい。

カレーは伝播する。おそらくミーティングに出席した者も、カレーを食べたくなったに違いない。ちなみに僕の作ったレッドカレーは、市販のペーストを使ったので調理は簡単だ。鶏モモと玉ねぎを缶入りのココナッツミルクで煮て、最後にペーストを加えれば出来上がり。忙しい朝でも問題ないわけだ。

次は何を持っていこうか。香りの強いものは遠慮したい。さすがに懲りた。けれどもネタ的には最高だった。僕のいたずら心は止まらないのである。



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