給料が上がった

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。今の現場は5ヶ所目。ここでの任務は上級資格を取ること。勉強は自宅に帰ってから。テニスを始めていたが、それも一旦お休みすることにした。

僕は30歳だ。勉強からは遠のいている。おそらく脳も老化しているだろう。おまけに資格にエントリーするだけでも高い経費が掛かっている。絶対に落とせない。故に本腰を入れて勉強することとなった。

おそらく合格したら何かと聞かれることも多いだろう。勉強方法も然りだ。それを見越してテキストを簡略にまとめることにした。本社へ提出できるようにまとめるのだ。結果から言うと2ページ目で挫折した。思えばそんな勉強方法はしたことがなかった。慣れないことは失敗する。いつも通りが一番いい。結局テキストを読むだけにしておいた。

実技の練習も完璧だ。以前の事業所では業務として行っていたので、忘れた感を取り戻すのにさほどの時間は掛からなかった。それでも油断は禁物。試験当日まではルーチンワークのように取り組んだのである。

試験は総論と各論に分かれている。どちらにも筆記と実技の試験があるので、4つのセクションがあるわけだ。故に試験日は分割されている。

第一関門は総論の筆記と実技だ。5日間の泊まり込み研修を修了すると両試験は免除になるのだが、研修の最終日に行われる修了試験に合格する必要がある。つまり研修という名の本試験なのである。それでも若干の有利性があるので、この研修を受けることがセオリーとなっているのだ。

研修の合格率はおよそ80%。最初この数字を見て簡単だと思ったが、騙されてはいけないのである。この研修は人気だ。故に会社を通しての参加の場合は『1企業1人』となっている。そして参加する者の会社は製薬会社がほとんどだ。企業偏差値は高い。参加する者は社内選抜の勝者達だろう。つまり参加者のレベルが高いのだ。それでも20%は落ちる。僕のような個人参加者の合格率は極めて低いと推測できた。

そう、僕は個人参加だ。研修費の20万も自腹で賄っている。おまけに研修期間は有給休暇での参加だ。研修に参加の件、会社の総務には事務的に伝えてはいるが、営業部の部長には伝えてはいない。そこに僕の目的はある。手の込んだドッキリという名のいたずらなのだ。

そして研修ははじまった。前半の3日間は座学。スケジュールは朝から夜までみっちり。だが僕はすこし楽しみにしていた。好きな科目があるからだ。日頃の業務に使えそうな講義もある。試験のために用意された座学だが『話を聞ける』ということで楽しみにしていたのだ。

だが期待は裏切られた。楽しみにしていた講義は『免疫学』。「君たちは専門のプロになる必要はないから基本だけマスターしてくれればいい」。講師は僕らにそう告げた。その言葉から始まった講義は詰まらなかった。端折り過ぎて間違いと思える箇所も多かった。これならよっぽど僕の通っていた専門学校レベルの授業の方が上なのである。

日頃の業務に使えそうな講義はおもしろかったが、受講生は寝ている者が多かった。

正直がっかりした。大金をはたいたのに肩透かしを食らった気がする。他の講義も試験対策が9割だった。つまらないのである。夜の自由時間は自習に充てようと思っていたが、そんな気も起らなくなってしまった。個室なので分からないが、おそらく就寝時間は僕が一番早かったと思う。車の雑誌を読んで早々に床に就くことが基本となってしまった。

そのかわり朝は一番早起きだったと思う。6時起床。廊下の洗面所で身支度をするが、誰一人起きてこなかったからだ。その時間を利用して試験勉強はしておいたのである。

そして最終日。修了試験は余裕だった。「僕が落ちるのであれば誰も受からないであろう」という中二病的な自信もあった。実技も問題なかったと思う。結果発表までに時間はあるが、そわそわする必要もなさそうだった。

それから1ヶ月後。案の定、修了試験は合格していた。この時点で営業部の部長にバレた。たまたま電話でその話になったのである。びっくりを通り越して引いていた。いつも僕のいたずらはこうだ。なかなかびっくりはしてくれない。ドッキリは難しいのである。

その後、各論の筆記試験も合格し、最後の各論実技試験にも合格できた。無事に上級資格を取ることができたのだ。だがしかし、そこにお世話になったテニ主任と丸部長はいない。そう、試験期間中に異動があったのだ。2人への報告とお礼は、部長に伝言をお願いすることで済ました。できれば直接伝えたかったが、物理的に無理なのである。ありがとうございました。

異動の理由は契約期間の満了。派遣社員は同じ職場で3年以上働けないのだ。そして次の職場は隣の県なので引越しも行った。現場の人員は2人。リーダーは僕だ。つまり出世したのである。加えて上級資格の手当ても付いた。給料の大幅アップだ。これで今まで以上に写真にお金を使える。

これもそれも資格試験に挑戦したおかげ。この決断をした少し前の僕には感謝を伝えたい。ほんとうにありがとう。これからも少し未来の僕のために、可能な限り挑戦は続けていこうと思う。



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