バレた

医療系の研究施設で働いている。僕は派遣社員だ。以前は委託業者として施設のお掃除系の仕事をさせてもらっていたが、今は出向して幅広く仕事をさせてもらっている。

僕の出向を周りは心配していた。なぜなら僕は喋らない奴だからだ。出向先の職場に馴染めないのではないか。その不安も半分は当たったが、半分は外れた。あいかわらず言葉数は少なかったが、仕事に支障が出ないように頑張ったのである。

オーナー会社のイベントにも参加した。部署対抗のソフトボール大会。派遣社員での参加は僕だけである。ポジションはライト。ゲスト枠だ。おそらく運動音痴だと思われているのだろう。そこにボールが飛んでくることは稀。立っているだけでいい。

けれども僕は草野球チームに所属している。現役選手だ。ポジションはベンチだが、キャプテンという名の雑用係の一面も持ち合わせている。休んだ選手の穴を埋めるのもキャプテンの務め。もちろんライトも経験済みだ。

案の定、そこにボールが飛んでくることはなかった。緊張感を保ってはいたが、回が進むにつれて気は緩んでしまう。けれどもそのときは突然やってきた。

ランナー3塁でバッターは流し打ち。ライトにボールが飛んでくる。野球を知ってる人だった。僕の上役であるカツオ兄さん、その人である。僕は助走をつけてキャッチング。そのままの勢いでバックホーム。3塁ランナーはホームを踏んだが、会場はざわついた。

「あいつ肩つよくね?」。その後ベンチに戻るといろいろと聞かれた。だがしかし、うまい嘘をつけるほどのテクニックは持ち合わせていない。僕の野球のあれこれが職場にバレたのである。

喋らない奴+やらかす奴+草野球部のキャプテン。それが職場での僕のキャラとなった。とはいってもそんなに興味を持たれることはない。そもそも僕は目立たないキャラでもあるので、数日後には誰もそのことについて語らなくなった。

唯一カツオ兄さんだけは違った。喋らない僕の上役であり保護者的な存在である。雑談のネタには持ってこいだった。しかもカツオ兄さんも草野球チームに所属していた。これは僕にとっても好都合。それまでキャプテンの仕事を相談できる人はいなかったのだが、カツオ兄さんはそこら辺の話も聞いてくれる人だった。

おかげで僕のチーム運営力は上がったと思う。職場でのコミュニケーションも良好。カツオ兄さんだけではなくワカメ姉さんとの信頼関係も上がったと思う。それまで以上に仕事はスムーズになったわけだ。

話の流れでカツオ兄さんのチームと練習試合をすることになった。これはさすがに緊張する。いままでに味わったことのない緊張感だ。会社の僕とプライベートな僕、どっちが現れるのだろう。

不思議とバレることへの恐れはなかった。むしろすべてバレてしまいたい。そんな気持ちもあったが、同時に周りからのリアクションを考えればめんどくさいのでバレずに済ましたい気持ちもあった。

試合には大敗した。カツオ兄さんのチームは強かった。レベルが違う。僕はサードを守っていたがエラーの連発だった。最後はエール交換で〆る。いつもと変わらず僕は大声で相手チームにエールを送った。

「タモツ君がオーナー側の人と野球をしたらしい」。噂はすぐに広まった。前の職場の方達にもだ。不安がよぎる。怒られるのではなかろうか。はたまた呆れられて構ってはくれなくなるのでは。今まで面倒を見てきた喋らない奴が、実は猫を被ってたわけだから。

言い訳をしておくと猫を被ってたわけではない。単に喋れないのだ。だからプライベートの僕がバレたとしてもそこは変わらない。仮にそれで喋れるようになるのなら、とっくにそれを実行してただろう。正直なところ喋れない理由はわからないのである。

前の職場の方達は変わらず接してくれた。野球のことも聞かれたが、だからと言って僕のキャラに疑問を持つこともなかった。

考えてもみればそれはそうだろう。職場の喋らない奴が実は草野球チームを率いていても、だからどうしたということだ。そこまで僕には影響力はない。その他大勢のモブキャラなのだ。他人の物語を左右するような重要キャラではないのである。自意識過剰。まさにそれだった。

不思議と心は軽くなった。同時に嬉しくもなった。すこし目立つ振る舞いをしても、そんなに注目されないことが分かったからだ。今までは注目されることを嫌って我慢してたところもあったが、これからはそんなことを気にする必要はない。僕のいたずら心は踊りだす。より一層、明日が楽しみになった。

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