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Landscape * Sports (Hive#22)

街と里山とスポーツの幸せな関係 -Live from Otsu Club-

書き起こし:豊原富栄(C-driven)

都市と郊外。過密から開疎へ。コロナ禍の影響で世の中のライフスタイルも急激に変容する中でスポーツのもたらす効能も大いに変わりつつある。都市開発と街づくりという文脈と、緑豊かな里山を守り、活かし、育むランドスケープという文脈での異なる時間軸と共に、空間とスポーツの幸せな関係について考える。
前原教久(⼩津倶楽部 | 代表理事)
保清⼈(ロスフィー | 取締役 | ランドスケープアーキテクト)
桜井雄⼀朗(hincha | 代表取締役)

―⾃⼰紹介―
桜井: 今⽇は⼋王⼦市の⼩津倶楽部というところからお送りしていきます。まずは⾃然の
⾵景をお⾒せしますね。⾥⼭なんです、周りの環境が。⾥⼭と古⺠家をみんなで守ろうという活動をしているNPOの拠点になっていて、古⺠家は今回の24時間の配信の拠点になっています。
皆さん週末集まって、うどんを打っていたり、ピザ窯があったり、薪を割りながらピザを焼いていたり、密ではないけど集まって、思い思いの活動をしている素敵な場所です。

こんなに素晴らしい環境ですが、東京都⼋王⼦市に位置しています。都⼼から⾞で1時間弱で着くところですかね。そういったところから配信しております。それでは改めて始めたいと思います。まずは⾃⼰紹介をしましょうか。
保: ランドスケープアーキテクトの保です。ランドスケープって聴き慣れない⾔葉だと思うけど、訳すと「⾵景」ということになる。⾵景を作るデザインをするっていうお仕事です。
おもに公園や広場など、みんなが集まってわいわいするような空間から、こういった森のデザインまでやるんですけど、スポーツに関することを挙げるとするとゴルフコースとかも設計したりします。
こういう⼤⾃然はいきなりぽーんとできるわけじゃないので、今⽇は⼩津倶楽部の前原さんと、どういう⾵に森がなってきたかとか、どういう⾵に営みが⾏われているかとかもお話ししながら、私の⽅ははまちづくりの視点でお話ししたいと思います。
前原: 今⽇の会場である⼩津倶楽部の代表理事、前原です。
⼩津倶楽部は、⽇本全国の縮図みたいなところで、過疎化し、⾼齢化しているまちではあるけど、ここを通して、なんとかそういう場所を元気にしたい、と思って取り組みを始めました。実際にはそんな難しいことではなくて、⾃分たちで楽しみながら⼈を巻き込んで、楽しいところにするっていうのを考えながら活動しています。⼤勢の⼈が⼩さい頃にやったことがあると思うけど、⼩津倶楽部は、隠れ家的な存在であり⼤⼈の秘密基地でもあります。そんな感じで取り組みを始めてからもう3年ほど経ちました。いろいろ今⽇紹介できればと思います。
桜井: あらためて、hinchaの桜井です。スポーツと建築の企画の仕事をしています。スポーツを基軸とした空間づくり、まちづくり、活動づくり、活動はスポンサーシップとかになりますけど、その3つの領域で企画の会社をやっています。もともと建築出⾝で、建築を作ることで場を豊かにしたり、地域に貢献するということを取り組んでまいりました。
今⽇は、3社に共通するのが「場をつくること」。場を作って運営することが3社に共通しているので、それについてお話できればと思っています。

桜井: 場づくりと⾔っても3社3様と⾔いますか、全然違うので、場づくりとひと⾔でいえば同じだけど3社で関わっているものが全然違うんですね。保さんはランドスケープ、前原さんは⾥⼭を舞台に活動されている、私は建物ですね。その3つだけで違うんですけど、⼀番何が違うかというと、時間軸が全然違っています。私は建築なので、どうしても建築を建てるとなると、都⼼部の開発に関わることが多いんですが、都⼼部の開発ですと、経済価値、資産価値的な観点で、30年〜40年で減価償却して、減価償却し終わったあとは建て直しをするかとか、⽼朽化の対策とか、そういった視点で考えがちです。そのため、次の世代に何かを残すことが、昔はなかなか考えられなかった側⾯があります。
⼀⽅で、保さんのランドスケープはまた違いますよね。
保: そうですね。明治神宮だと100年単位だったり、1000年の森をつくるといった時間軸で語ることが多いです。私たちの先輩⽅も含め、ランドスケープとしてもアーキテクトとしても、世界中で100年とか1000年ぐらいのスパンで企画設計なんかを当たり前にしていくような分野ではあります。
まちづくりの場合は、都市でどのように緑を残すかとか、増やすかとかは、課題になっていますので、そこらへんは桜井さんとまたご⼀緒できればいいなと思っています。

⼩津倶楽部さんは残っている森をまた皆さんで間伐したりとか、そういったことをおやりになっているので少し時間軸や視点が違いそうですね。
桜井: 前原さん、時間軸でいうと、この⾥⼭はどれぐらいの期間をかけて作られたものでしょうか?
前原: いつからかは分からないですが、こん辺りには杉や檜といった材⽊にするための⽊々も多いです。なぜそうした⽊々が多いのか? というと、40年〜50年前に遡っていくと、昔はそうした⽊々がかなり需要があったということなのだと思います。それにいくまでも、かなり年数がかかったということはありますけども、最近は林業という視点がほとんど⾒捨てられてしまっている、需要がないというのもあるけど、なかなか成⽴しづらくなって
います。ただそうはいっても、我々とすると、ずっと昔から続いてきたもの(環境や⽣活習慣など)を、このまま放っておいて、さらに⼿のうちようがなくなる様な状態にしたくない。⾥⼭は⼈の⼿が必要な部分もあるので、なんとかしたい。そうすると「今、この時期しかないかな」という思いもあって、⼩津倶楽部の取り組みを始めたんです。嬉しいことに、同じような志をもった仲間も集まっています。そういうのもあって、実際には活動をはじめて3年ほどなんですけど、かなり軌道には乗ってきたかなと、⼿応えを感じ
ています。問題もいろいろぶつかっていますけどね、そういうのも解決しながらね。


―⾥⼭と暮らす、コミュニティに関わる―
桜井: いま前原さんは「需要がない」と⾔うふうにおっしゃいましたけど、需要があるないっていうのは、⼀つの切り⼝では需要がある様に⾒えますし、別の切り⼝では需要がないように⾒えることもあるかと思います。今おっしゃった「需要がない」というのは、例えばここに住宅を建てるとか、都市化する場所ではないっていうことでしょうか?前原: そういうのもあるし、実際に⼭の⽊⾃体が、建築としてはなかなか使われない。林業の問題ですよね。昔でしたら、この地域で⽣業としていたことが、実際にはもうできない。だからしょうがないっていう悪循環があるんです。
桜井: 経済をまわすエコシステムが、まわらなくなってきている、ということですね。都市計画制度上の都市の範囲には、⼤きく⾔うと、市街化区域と市街化調整区域と区域区分⾮設定区域と、⼤きく3つに分かれるんですよね。この⼩津倶楽部がある地域っていうのは、その中でも「市街化調整区域」と⾔いまして、都市化しちゃいけないところに指定されてい
ます。だからいわゆる都市部に住んでいる⽅は、23区とかそれ以外の郊外の都市もそうですけど、鉄道が通っていて、駅を中⼼に街が発達している市街化区域とは違い、建物を勝⼿に建てることはできない地域とされています。そのため、このあたりは「この環境がすごく好きだから、じゃあ⾃分で⼟地を買って家を建てる」っていうのが、都市部に⽐べて⼿間がかかる。⼿間がかかることによって、建物を建てるとなると、⼟地開発のデベロッパーや建物を建てる事業主の⽅の需要が⽣まれにくい状況ではあったりしますよね。なので、すべて⽇本の国⼟を住宅で埋め尽くすっていうのは絶対無理な話なので、⾃然を守る地域と都市化する地域と、エリアとして分けているために、都市計画というのは成り⽴っているものです。ここの地域は、⾃然環境をちゃんと守っていこうという趣旨の地域ということなのだと思います。
前原: 今お話にあった、市街化調整区域というのは、新しく家を建てることはできないのですが、ではそういうところで、だんだん空き家が増えたり、⼈⼝が減ったりして、地域に元気がなくなったらどうしようか? と考える必要がありますね。他地域からの流⼊がなければ、増えてくる空き家をどうしようか、活⽤しようじゃないか、という議論も必要になってきます。でも空家⾃体はあっても、なかなかそれをスムーズに貸すことができないってことがあって、難しいところもあるんです。確かに、外部の⼈との付き合いのなかで、こういう地域に住みたいっていう⼈が少なくなくて、需要があるなとは思っていますが…。
桜井: 住んでみたい、という⼈はこの周辺の地域の⽅ですか?
前原:いや、⼋王⼦から市外も含めて、こんなところに住みたいんだけどどうですかっていうのはたまに相談が⼊ってきたりするんですね。ただこういう地域ですので、昔から⼈の出⼊りっていうのは少なく、まったく地縁のない⼈は⼊ってこないんですよね。そういうことで、いい⾔い⽅をするとまとまりがある、うがった⾒⽅をすると、保守的な地域だっていうことがあったりして…。
確かに取り組みとしては⼈を増やす、住む⼈⼝を増やしていきたいっていうのはあるけど、必ずしもそのために⾃然を壊したらいいかっていうと、今は制度上もできないんですけど、それがなかったとしても求められていない、と。⼀度調べたことがあるんですけど、新しく家を建てるとか、⼯場を建てるとかっていうのは、決してみんな望んでいないとわかっています。
ですから我々⼩津倶楽部としても、「いまある⾃然は何ものにも代えがたいので、守りましょう」ということと、住まいが住んでいて気持ちいいぐらいに離れているので、「そうした住環境も壊さないでおきましょう」と。⾃然環境、住環境をそのまま残しながら、地域にある資源を活⽤して、活性化していこうという考えではあるんです。⽭盾しているかもしれませんけれどもね。
桜井: ひと⾔で⾔うと、便利とか機能的であることを追求しないないと⾔うことですね。前原: 我々はそういうことを感じるんです。
この地域の悪いことを挙げようとすると、すぐあがるんです。じゃあいいとこは? って聞くと、「うーん。⾃然があるところはいいかもね」くらいで、なかなか具体的に挙がってこないんです。でも、よその⼈に聞くと、「⼩津ってこんなにいいところがあるじゃないか!」って⾔われるんですよ。ずっと住んでいる⼈間は、⾃分のところの良さがわからないところがあって、
よその⼈に教えられて改めて気がついたってことはずいぶんあります。
桜井: はじめて来て、気づいたことがいろいろある、と。会社のなかでも、中にいるとわからないけど、外からみたら⾒えるとか、よくある話ですよね。外の⼈から⾔ってもらうことで、よさがわかるっていうのがあると思います。

ただ、最初に外の⼈から⾔ってもらうとか、こっちに来てもらうとかって、ハードルがあったことだと思うのですが、前原さんから何か始めたのか? もともと交流があったのか?どちらでしょうか?
前原: ⼈的な交流はもともとあまりなかったと思います。たまたまこういうのを始めたのは、この地域で、私が町会⻑になったときに、「なんとかしよう」って始めた経緯があります。取り組みはいろいろあるけど、取り組みをやっていくうちに、外部の⼈との接触も増えて来て、逆にこっちからPRをする前に、広報誌とかに載ると、それをもって「こんなことをやっているなら仲間に⼊れてください」と、集まってくるんです。いまそういうことに興味を持っている⼈がだいぶいるので、声がかかって来て、仲間が増え
たと⾔うことが多い様な感じがします。

桜井: ⼝コミで広がっていった、と。なるほど、おもしろいですね。
保: 私も前原さんに最初にお会いしたのが、3〜4年前に⼋王⼦市で企画があって、裏⾼尾と⼩津を町歩きしようというのがきっかけです。その時には私も含め、いろんな分野の⽅が街歩きをして、そのなかに前原さんがいて、ご案内いただいて。その時の記憶が印象に残っています。
この空間も草がたくさん⽣えていたし、バックにある桜もなくて、っていう状況だったけど、何かおもしろいっていう若者たちや、⾏政の⽅もそうですけど、何かしようって⾔うことを前原さんにご相談をして、どんどん切り開いたっていうのが⼩津倶楽部とあゆみとしてあります。
私はそれからあまり積極的に活動のお⼿伝いをしてこなかったのですが、みなさんそれぞれが⾃分なりにできる役割を考えて、ここで活躍されて、それを受け⽌めていらっしゃる前原さんだ、というわけです。もちろん去る⽅もいらっしゃるし、出戻りの⼈もいたし、そうしたことをすべて受け⼊れてくださっているんですよ。


―負担感、義務感があっては続かない―
前原: ⼩津倶楽部の考えや活動そのものが、いまのこの雰囲気でわかると思うのですが、あまりピタッと決めないところがいいところだと思っています。「まあいいか」っていうのが好きなですよ。いろんなことをやるときに、いい加減っていうのはやっちゃだめだよ、みんなちょうどいい感じっていうのがあるから、ちょうどいい感じにやろう、と。
そうすると、得意の分野で、私は⽇曜⼤⼯得意ですよ、畑得意ですよ、っていうのをのびのびできるようになります。それが⼩津倶楽部の1つの魅⼒でもあると考えています。
倶楽部の規則みたいなのを10ヶ条作っているんですけど、そのなかでも、「思いついたらすぐやっていいよ」というものがあります。また、「やったことに対して、⼈が批判しちゃいけません」とも決めています。このくらいすごくゆるいルールがあって、「私、こういうことがやりたいんだけど!」とか、「こういう技能があるんだけど」っていうのが来たら、
それがすぐできるっていうのが魅⼒だと思います。
桜井: コミュニティにはいろんな形があるのでどれが正しいわけではないけど、そうした発想はコミュニティで本当に⼤事なことですよね。
⼩津倶楽部は、⽬指すべき⽬標があるわけじゃないし、時間的な⽬的っていうのは特に定めていないと思います。なので、活動し続けていることが価値になるし、年に1回とか2年に1回とかかもしれないけど、戻るところがここにある、というのは、参加する⼈にとってすごく⼤きいことだと思います。

都市部にもいろんなコミュニティが出て来ているけど、⽬的型であることが⼀般的だと思います。例えば、「スポーツイベントに向けて⼀緒に頑張ろう!」というのは、熱量がガッと⾼まるけど、そのスポーツイベントが終わったら、⼀気に落ち着いてしまう。それはそれで⽬的を達成しているからいいと思うけど、⼩津倶楽部のようなコミュニティは「盛り上がりすぎない」というのがすごく⼤事なような気がしています。
今の話は僕の経験則だけど、都市部でも場所を構えて、そこをずっと運営して⾏かなくちゃいけないとなると、適度にイベントは打ちつつも、⽬的を設定しすぎると“燃え尽き症候群”になっちゃうので、あまり盛り上げすぎない様に僕はよくしているんです。前原さんは、コミュニティ運営で⼤事にしていることはありますか?
前原: 基本的にみんなボランティアだから、負担感や義務感があったらいけない、と思っています。気楽に、時間がとれるときに来て、⾃分の好きなことができるくらいの気軽さがいいとも⾔い換えられるでしょう。もちろん、⼩津倶楽部の全体としての⽬標というかははっきりしているんですけど、それをやるために、いつまでに何をしないといけないっていう縛りはないんです。
桜井: 時間通りにうまく進むとか、タスク表通りにうまく進むとか、そこはある程度すればいい、という感覚ですか?
前原: 年間の計画も、⼤きな⼤⽬標はたてるけど、それを達成するための⼩さい⽬標もいくつかありますよね、でも⼩さいものまでの全部の細かい⽬標設定はやらないんですよ。

例えば、畑を使った何かをやりましょうっていうと、年間を通してやると、地産地消も⼼がけながら、種まきから収穫して、それを売るのか⾃分たちで⾷べるのか、という⼤枠はあるのですが、いろんな野菜だから気候とかによってもこちらの思惑通りに進みません。だから、「何⽉頃収穫体験しよう」と計画しても予定がズレてしまうんです。畑の様⼦をみながら、になるんですよ。


桜井: ⾃然を相⼿に共存するってそういうことですよね。いろんなことをコントロールできないのは当たり前といいましょうか…。「⾃然が気持ちいいから、⾃分たちの気持ちいように環境をつくろう」なんて、おこがましい話だと思いました。
前原: まさしく、居⼼地のいい場所づくりって⼤事だと思っています。⼤勢の⼈が集まってくるのは、それぞれの⼈に居⼼地がいいからくると思うんですよ。そうじゃなくて、あなた何やってくださいねっていう義務ばかり先⾏してしまうと、⻑続きしない。


桜井: 縛りすぎないし、近づきすぎないし、程よい距離感をとって。それはわかるというか、ここに初めて私もきたけど、居⼼地のよさが、五感でわかる気がしています。それはもちろん前原さんのようにあたたかく迎えてくださる⽅もいらっしゃれば、料理がおいしいっていう味覚かもしれないし、⿃のさえずりやセミの声といった聴覚からもありますし、嗅覚もありますし、いろんな意味で、気持ちいいなっていうのは感じています。新型コロナの影響が⼤きくなっている状況のなかで、私たちはほとんど視覚で「それが気持
ちいいかどうか」を判断せざるを得なくなっています。でもそれって、この地球上の環境の中では誤差の範囲くらいなことですよね。帯域としてはすごく狭い中で僕たちは、気持ちいいとか楽しいとか⾔っているんだろうな、と思って…。だから、このような五感を通して響いてくる感覚というのは、この状況になったからこそ、こういう場所が価値になるんだろうなと思います。


前原: 拠点にしている建物の⼊り⼝に、「おもむろ」って⽂字があるじゃないですか。あれにこの場の考え⽅や意識なんかが集約されているんです。
普通の⼈は「おもむろ」って聞くと、「突然に」といった意味を思い浮かべると思うのですが、あれにはいくつもの⾔葉が詰まっています。まず、ここに来た⼈が、「おもしろく」楽しんでもらいたい、という気持ち。そして、お客さんが来ると「おもてなし」するという意味。それに、古⺠家らしい「おもむき」という⾔葉も隠れていますね。

「おもむろ」の「むろ」は、昔の地主さんの名前でもあるんですが、古⺠家らしく「むろ(室)」でもあります。
桜井: それは「おも」しろいですね。
前原: みなさんに「おもむろ」を感じてもらえると、我々の活動は半分成功みたいなものなんです。
―civic pride(シビックプライド)や和のチカラ―

桜井: それはすごく⼤事なことというか、場への関わり⽅は⼈それぞれで、主体的にかかわるっていうのもありますけど、それって結構⾯倒くさいことだったりするので、⼤変なことが結構多いじゃないですか。でも、その⼤変さを乗り越えて関わることで、幸福を感じられたりすることってあると思いますし、それはすごく⼤事なことだと思いますね。
今聞いていて、ぱっと思い出したのは、まちづくりの分野で近年よく挙げられるようになった、「civic pride(シビックプライド)」という⾔葉です。
主にヨーロッパの概念というか慣習で、ヨーロッパの⼈が街に関わることっていうのは、単に住むとか学校にいくとかっていうことじゃなく、まちづくりの活動に関わるとか、社会貢献に関わることによって、そこのコミュニティに⼊っていって、そこのコミュニティにいることによって⾃分が幸福感を得たり、住んでいる満⾜度を得るというふうに捉えられています。
⾃分から主体的に関わるからこそcivic pride(シビックプライド)が⽣まれる、「このまちが好きだ」とか「このまちが⼼の拠り所だ」って⾔えるのだというわけです。
ただその場所に住んでいるだけだったり、他者から⼊ってくる情報を聞いているだけだと、そうした感覚は得にくいものだと思うんです。
他⽅、よくcivic pride(シビックプライド)は⽇本語に訳すとどうなるのか? と議論され、「郷⼟愛」と⾔われることが多いのですが、これは僕は違うと思っているんです。どちらかというと、郷⼟愛はそこで⽣まれ育ったから⽣まれるのであって、⾃分で選択してそこに⾏ったかどうかではない、という感覚があります。そうしたことから、civic prideは郷⼟愛とは少し違うんだろうな、と⾒ているのですが、⼩津倶楽部はcivic prideを育む場なのかもしれませんね。前原: そういう意味では、私はここの⽣まれではないんです。よそから来て40年以上経っているんですけど、郷⼟愛だと思っています。私はここがとにかく好きなんですよ。
⾃分がそうなので、郷⼟を愛するのがいいのか、この⾃然を愛するのがいいのか、いろいろあると思うんですけど、まず好きになってもらいたい。そういう気持ちを持って欲しいっていうのがある。
桜井: この⼤⾃然を⽬の前にすると、⽇本⼈的感覚ではこれを愛でるとか、これを愛する気持ちが⽣まれてくるとか、そういったものに近いんですかね?前原:私の⽣まれた場所もこういうところなんです。だからこういうところも⼤好きで…。

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保: civic pride(シビックプライド)について、お話聞いていて、「和」という⾔葉が浮かんできました。前原さんに会っちゃうと和んじゃうんですよね(笑)。なごみというか、皆さんが集まって何かをする、というイメージでしょうか。⼀⼈がある場所を愛していて、⼀⽣懸命するっていうのは愛に溢れていると思うけど、⼀⼈だけででもやるっていうのは、難しいことなのだと思います。それより、「俺はちょっとやりたいと思っている、あなたはどう?」って、それが伝播していって、⼤きな和になっている状態が、⼩津倶楽部のみなさんの和やかな雰囲気になっているのではないでしょうか。
この和やかな雰囲気に、関わってみようかなっていうひとが現れたら、またその和が広がっていく、と。で、その和⾃体が好きっていう。そういう姿は⽇本っぽいっていうか、和で向き合うっていうライフスタイルの⽅が、皆さんの表現にはいいのかなと思いました。桜井: 個⼈的な感覚では、⼤⾃然のなかに⼀⼈ポツンといると、⼤⾃然に圧倒されてしまいそうだと思ってしまいますね。

保: 私もデンマークやスウェーデンにいたことがあるけど、⻄洋の感じだと、⼀⼈でも戦うんですよね。狩⼈というかそういう感じなんですけど。
桜井: そういう⼈は⼀⼈でも⽣活が完結しちゃっているという感じなんですか?
保: そうですね。または、単体のコミュニティというかファミリーで、だだっぴろいところにポツンと暮らす、という感じです。でも、パーティーのときや私が遊びに⾏ったら出てきてくれるんです。そういう感じで、少し⻄洋のcivic pride(シビックプライド)と⽇本的な和は違いがあるのかな、と思っています。今⽇も⼩津倶楽部のみなさんは、草を刈ったり、みなさんそれぞれで役割を果たしていて、それが⼀気に同時進⾏しているんですよね。⼀⼈が管理しているというより、それぞれができることをしている、という。だから、うどんはあるし、天ぷらはあるし、カレーはあったし…。野菜をつんで集めてかきあげができるような、いいところが集まってひとつの料理が
できるような感じだよなって思いました。


桜井: 和みがキーワードっておもしろいですね。
いま話にあったように、なごみ的なコミュニティというか、みんなで何かを成し遂げるために、コミュニティを形成して、みんなで活動をする、それがスポーツのファンコミュニティとどうつながるのかな? といままさに考えているところです。スポーツのファンコミュニティに限らないですが、都市部のいわゆるまちづくりのコミュニティも似ていると思うけど、ゆるやかにつながるのが⽇本のファンコミュニティの特徴なのかなとか、あまり海外の事例は知らないのですが、そのあたり保さんから…コミュ⼆ティ形成の違いみたいなところを少し教えてもらえますか?

保: まちの中⼼にチームがあって、という話が別のセッションでも出ていましたね。私はオーストラリアに住んでいたこともあったので、ニュージーランドにも頻繁にいく機会があったのですが、彼らの環境は「本当にうらやましいな」と思いました。すごくいい環境で⼦どもたちが⾛り回ってラグビーをしているわけですよ。それは強くなるわ、と。ニュージーランドのオールブラックスの強さの背景には、⺠族的な和みたいなものをたぶんあると思うんです。そこにまたいい環境がある、と。クライストチャーチでは⼤地震がありましたけど、それをcivic prideで⽴ち上がって、また復興を遂げている最中だと思います。そういったなかでも「和」をすごく感じますね。
―コミュニティに集まる⼈、去る⼈―
桜井: 和のつながりは利他の精神で成り⽴っているとも⾔えると思いますが、「この敷地を全部⾃分ものにする」というような⾃分の利益を追求するにする⼈がこういうコミュニティに⼊ってくることだって考えられると思います。そういう時、逆に前原さんはどうされているのでしょうか?
前原: ⼩津倶楽部の活動は3年ほど続いていますが、その間、運が良かったのか、「この⼈はもう離れて欲しいな」と感じるような⼈はいませんでした。保さんも⾔ってくれましたが、来る⼈は拒まない、去る⼈は追わない、という精神でやっているから、うまく溶け込まない⼈は⾃然と抜けていくのかもしれません。

みんなバラバラでやっている様で、結束するところは結束しているので、そこへ⾃分の考えを押し付ける⼈はハマらないし来なくなるんですよね。
桜井: この居⼼地のいい空気感は場の価値になっていくと思います。
この場で⼤事にしていること、これは絶対譲れないようなことって前原さんありますか?
前原: そういうの、苦⼿なんです…。さっき10カ条なんていいましたけど、あれは「こんなことでひとつの団体がやっていけるのか?」と⼼配されるくらいユルいものなんです。例えば、「⼈との繋がりは⼤事だから、それだけは⼤事にしましょう」とか、「思いついたことがあったら、アイディアはなんでも実現してみましょう」とか、「⼈のやることに悪⼝をいうのはやめましょう」と。だいたいこのレベルのことが書いてあるだけです。これを⾒たら、居⼼地良さそうだなって思うと思います。
桜井: そこに合理的なこととか経済的なこととかは書いていないんですね。
前原: 普通の企業とかだと、サラリーとかもらっているから当然、⾃分に合わないことでも、やれって⾔われたら、やるわけです。
しかし、⼩津倶楽部にはそういうしがらみがないから、嫌なことならやらないようにするし、だからといって報酬がないから何もやらない、というわけでもないし…。⾃分からやりたいしできるからやる、という感じなんですよね。

桜井:それは、前のセッションでもありましたけど、機能価値を追求するものじゃなくて、完成価値を重視することだと思います。五感で何かを感じて、ここで過ごす時間が気持ちいいって思えれば、多分それが価値になるんだろうな、と。それが⼀⼈じゃなくていろんな⼈と共有したことによって、さらに満⾜度が増すってことなんでしょうね。全体としての満⾜度があがることになる、という循環が⼤事なことだと思います。前原: その満⾜度っていうのが⼤事で、⾃分ばっかりじゃいけないので、倶楽部のみんなが⼀⼈ひとりで⾃分なりの想いがあって、よかったなって感じて、そういう満⾜度が倶楽部全体としての満⾜度があがることにな、という循環が⼤事なことだと思います。


―コミュニティをいかに持続させるか?―
桜井: 最初の時間軸の話に戻すと、僕はまちづくりで、今は30年40年で終わるんじゃなくて、次の世代に何かを残すんだっていうので、都⼼部に森を作る取り組みをしたりしたんですけど、建物は建物でなくなっても、記憶を継承するために何かが必要なんじゃないかっていうのは、いろんなところで出てきている話です。逆にこの⼩津倶楽部が、次の世代に何を残すのかとか、次の世代をどういれるのかとか、残したいものってありますか?
前原: ⾃然環境や住環境を残すのはもちろんですが、たまたまいま⼈的にも活動がしやすい状態ですが、それができなくなったときに「じゃあ終わりにしましょう」っていうのは嫌なんですよ。やっぱり継続性がないと。
⼀番⼤事なのは、ものをつくったからそれを管理するために云々っていうよりも、⼈の繋がりっていうことになってくると思うんです。⼩津倶楽部の課題としてはそのへんはあるかもしれないですね。


―いつの間にか、⼼が健康になり体が強くなる空間とは?―
保: 私は⼋王⼦の中⼼街、駅前にいるんですけど、そこから20分ぐらい⾞を⾛らせないとここには来られないんですね。けれど、週1回以上ここに来ている⼈が私の周りにも何⼈もいるんです。
その⽅に「なんで⾏くんですか?」と話を聞くと、「⼩津倶楽部のみなさんがかっこいいんだ。みなさん、⽣きる知恵を持っている。僕はそれを知りたいんだ」と⾔うんです。どうやって⽊を切るのかとか、そういったことですね。それを覚えたい、だから通うんだと。

ただ、⽇常⽣活もあるので、ここに暮らしたり、知識を体得することは難しいとは思うんですよ。それでも、それをすることで⼼も健康になっているし、体も強くなった、といったことをおっしゃっていて、それがまた僕はかっこいいなと…。それでいろんなお⼿伝いできないかなと思っているんです。
桜井: こういう⾥⼭も、⼿⼊れしないとやっぱり⼈間は共存できないし、植物というか⽣態系は放って置いたらそれはそれで変わっちゃうんですよね。だから、それと共存するために戦うっていう…。
保: まさにアスリートそのものみたいなものだと思うんです。
私のバイブル的な本『社会園芸学のすすめ―環境・教育・福祉・まちづくり(松尾英輔、農⼭漁村⽂化協会)』というのがあるのですが、これにスポーツと皆さんの畑仕事の⼒の加減のグラフがあるんです。
例えば、鋤で⼟を掘る、これがジョギングと同じ運動強度だと⾔われているし、薪割りはジョギング以上かもしれません。パソコンのタイピングは種まきと同じくらいの運動強度だとか。こうしてみると、⼟を耕したり薪を割ったりという運動を毎⽇されていたりすると、ものすごい運動量なんですよね。
桜井: たしかに、健康的ですよね。都市部の⼈はどうしても体を動かす機会がないから、ジョギングをすることによって健康を戻している。それでコミュニティに⼊って楽しいっていう⽅に持っていくんですけど、ここでは、暮らしていくためとか、過ごしていくためにはそれが必要だと。⼒がない⼈はなかなか⽣きていけないというか。
前原: 保さんが⾔う「かっこいい」っていうのが、こっちにとってみると当たり前の姿なんですよね。今でこそそんなにやらなくても、昔は⽣活の⼀部だったりもしたんです。スポーツアスリートっていうより健康っていう⾯でいうと、ものすごくいいことだなと思いますよね。関わっている⼈がほとんど60代以上だから、市街地の⼈に⽐べると、何歳かぐらいかは若いと思います。
保: いま、都⼼部はバリアフリーじゃないですか。ここはバリア“アリー”すぎるんですよ。だから、歩いていることでさえも運動になる。そういうデザインっていうのをランドスケープデザインでは、いまから都⼼部でできないかな、⼟を多く増やせないかな、ちょっと不便な場所をつくれないかなって、チャレンジしている最中です。そうした意味で、ここから学ぶことはすごく多いです。

桜井: ⾝体的な機能は環境に依るところがすごいあって、それを都市部では⾝体的に機能を⾼めるためのプログラムがあるから、みんなそこに寄って⾏って、やる⼈はマッチョになるし、そうじゃない⼈はならないという差が⽣じるんですよね。しかし、こういうところは平均レベルが⾼いですよね。ナチュラルに⾃然に⾝につく環境って、数値化するの⼤変だと思うけど、⼦どもたちがこういうところで活動することで、⽣命⼒は間違いなく⾼まるでしょうね。
保: よくクロスカントリーとか、トレイルランニングをしているじゃないですか。

桜井: そうですね。海⾏けばサーフィンもそうですよね。どちらかというと競技というかライフスタイル系の競技の⽅が「和」の考え⽅やまちづくりのコンセプトには合っているかもしれないですね。順位は競うけど、みんなで楽しむものだという感じです。
いずれにしても、⾝体的進化にはこういう環境は必要になってくるのでしょう。いままで便利を追求してきましたが、そのゆる戻しがくるかもしれないですね。
保: 私も街中で市役所と銀⾏と⼀緒にコミュニティスペースを作っていて、そこにいらっしゃる⾼齢の⽅とか若い⽅とかに健康チェックしたりしているんです。そうすると、街中のおじいさんやおばあさんは歩く機会があるので、すごい元気なんです。
⼀⽅で、郊外のひとは⾞で意外と動けていないとかもわかっています。そういうひとに健康のため、移住まではいかなくてもね、⽉に⼀回でもいいからこういうところで過ごすと、かなりの運動量になるでしょうね。
前原: たしかにここにいる⼈は90歳を超えても、平気でひとりで散歩するという⽅が何⼈もいますからね。やっぱり環境は⼤事ですね。
桜井: ⼈⽣100年時代だから、そうしたことも考えちゃいますよね。
今回、スポーツとランドスケープというテーマでしたが、⼩津倶楽部の取り組みがおもしろくて前原さんに根掘り葉掘り聞く時間が多くなってしまいました。こういう取り組みがこれから価値を持ってくるっていうのが多く出てくると思いますし、都市部でも地域でもいいですけど、何かひとつのことを⼤切にする、そこに皆さんが思いを寄せることによって、暮らしが豊かになるっていうことが少しでも広がれば、と思います。

ここでは⾃然や暮らし、⾷⽣活の取り組みでしょうし、都市部だったら、学校やスポーツチームだったりするのだと想像します。そうした中でスポーツが⽂化として広がっていくチャンスが出てくるのかな、という気がしています。ありがとうございました。

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