0.0000000003%のリスク
【小説】
北川ミナの再生には思いのほか時を費やした。
当初の計画では1年で"完成"する予定だった。それは闇に変態した複数の検体により実証された再生期間だった。実際に北川ミナの1号目は約10ヵ月で再生に成功した、はずだった。再生率99.99983%で"完成"とした第1号は、再生後、言葉を発することもなくわずか6時間で細胞が変異し、闇と化した。
2体目は再生率をさらに高めたが、24時間を超えることなく、やはり闇に変態した。上からは同時に複数の再生を試みて確率を上げろ、という指令が下ったが、私はこれに対し進退をかけて反対した。もし、複数の再生に成功してしまったら・・・。
あの北川ミナは一人でなければならない。これは倫理的な判断ではない。理屈などではない。ただ私がそうあってほしいのだ。複数の北川ミナが存在する、その状況に私が堪えられないだけなのだ。それにーー。
それにあの男が許さないだろう。私を、そして政府を。
スカイツリーを仰ぎ見る冷たいコンクリートの上に横たわる北川ミナの遺体を引き上げ、その細胞を保存して、再生を行ったこと自体、あの男は許さないだろう。
この3年間、あの男は一人で闘い続けてきた。我々政府の対策本部から離れ、h因子を持たない"ただの人間"として、覚醒することもなく仕込みのヌンチャクだけを武器に、孤独な闘いを続けてきた。
我々はあの男の闘いを、防犯カメラを介してつぶさに観察してきた。
身の回りに出現する闇、〈ヒトの形をしたココロを持たぬモノ〉にすべて対峙し、危険にさらされた人々を守り、時に傷を負いながらも闘い続けてきた。それが宿命のように。
3体目の北川ミナが再生に成功して4週間が経過した。この間、あらゆる検査とテストを彼女は受け、すべての項目で完璧な回答を出している。実証実験の結果も加えた上での理論値では、再生率は99.9999999997%とほぼ完全体に等しいと判断された。
ただ、あの事件に至る数日間の記憶がいまだ混濁している。これはあの男との合体や闇との合体により、当時の意識に激しい"揺れ"が生じて、記憶が本来保存されるべきところとは異なる場所に仮置きされてしまったことに原因がある、と考えられた。
彼女は自分が細胞片から培養され、再生されたという事実を知らない。覚醒中の闘いで負った致命的な傷を部分再生させるために、3年間の時を必要とし、その間コールドスリープ状態にさせていた、と本人には説明した。
再生させたことは嘘ではない。それが"一部"か"すべて"かという違いだけだ。
"時が止まった"3年前の17歳のまま、北川ミナはいま、私の前でトレーニングに汗を流している。
できれば違う人生を歩ませてあげたい。だが、それは叶わない。彼女は闘うために再生されたのだから。
光る汗が身体の回転で弾け飛ぶ。一撃必殺のハイキックは健在だ。舞うような美しい技を私は目を細めて眺める。
彼女は本当に完全体として再生できたのだろうか。0.0000000003%のリスクは、この先、彼女を苦しめることはないだろうか。
「怜子さん、どう? かなりキレが戻ったかな?」
北川ミナが弾むような声で私に聞く。
「大丈夫だ、北川。お前は完全だ」
私は、私自身の問いに答えた。
(終)
※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。
『真昼の決闘』
『3分間の決闘』
『決闘!ヒーローショー』(全3回連載)
『ハイキックの少女(仮)』(全7回連載)
『再生』
『啓蟄』
『憐れみ』
tamito
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