ハイキックの少女(仮)④
【小説】
僕と北川ミナはスカイツリーの高速エレベーターのなかにいた。
地上350メートルの展望デッキまで最大分速600メートル、わずか50秒で運んでくれる。
そこで待っているのは〈ヒトの形をしたココロを持たぬモノ〉。
いったい何体いるのか。先ほど見た監視カメラの映像は20体以上を捉えていたが…。
一斉に変態した理由は風だという。風速30メートル級の強風が墨田区上空を突如襲い、タワーがゆっくりと大きく揺れた。
その揺れが地上350メートルにいる観光客の恐怖心を限界まで引き上げ、それぞれの心の闇が感応して表に出てきたらしい。
変態しなかった人たちが逃れた後、展望デッキは閉鎖されたが、満員状態だったためそれでも数多くの犠牲者を出した。
「捕まったら終わりだね」
北川ミナが少し緊張した面持ちでいう。
「まだ、僕らと合体しようとするかわからないし、そもそも合体できるのかどうかもわからないから」
意味のない気休めの言葉。背筋に冷たい汗が流れるような、その恐怖は経験した僕自身がいちばんわかっている。
〈着くわよ〉
左耳に装置したレシーバーから、保安室で映像を見ている榊さんの声が届く。こちらが返事を返すマイクなどない。指示は一方通行でいい、と言いたいのだ。
ドア横のモニターに表示される到着残り時間が0に近づいてゆく。あと5秒。
僕らは互いに身構えた。
ポーン、と心地のよい到着音がエレベーター内に響き、ドアが左右にゆっくりと開いた。
いた。目の前の二体がこちらを振り向く。
北川ミナが小動物のように素早く展望デッキに飛び出し、いきなり高く跳躍して左側の牛のようなヤツに回しげりを決め首をへし折った。続いて右側のヤツの背後に回りこみながら仕込みのヨーヨーを取り出すと、首に巻きつけアッという間に胴体から切り落とした。
顔に返り血を浴びながら、桜の代紋が刻印されたヨーヨーを僕に向かって突き出し、彼女が得意げに笑う。
やってくれる。さあ、戦闘開始だ!
僕と北川ミナは背中合わせに構え、状況を把握した。
床や壁ぎわにヤツらの犠牲となった人たちが無惨な姿で倒れている。僕のなかで怒りが沸々とわき起こる。僕の闘う原動力は怒りだ。では。では北川ミナの原動力は何なのだろう。
「こっちは見える範囲で9体だ!」
「こっちは…わからない。10匹以上はいるよ!」
僕は後ろ手に彼女の右腕を掴み、身体の向きを入れ替えた。
「あまり離れないように気をつけて!」
僕は目の前に迫るレスラーみたいにでかいヤツ、元は西洋人が変態して膨れきったヤツの横っ面をヌンチャクで思いっきり叩いた。
これは国際問題になるかもと思いながらも、次の南アジア系の蛇のようなヤツのやたらと長い腕をかい潜って、背後から後頭部を一撃した。
北川ミナを見ると、ボクサーのような小気味良いステップでヤツらの攻撃をかわし、目にも止まらぬ速さでハイキックを繰り出してはヤツらを倒してゆく。
〈北川はこの前の闘いからまだ完全に回復できてないから。体力落ちるの早いわよ。フォローしてね〉
榊さんが僕に指示を出す。そんなことはわかってる。黙ってろ。
僕は彼女の姿を目の端に捉えながら、向かってくるヤツらにヌンチャクの鋼鉄棒を喰らわせてゆく。
「うっ」北川ミナが一体に腕を掴まれ呻いた。小さい。まだ子供が変態したというのか、伸びた爪が彼女の腕に食い込んだ。
彼女はそれを抱きかかえるようにして窓側の強化ガラスに体当たりし、振りほどいてニーキックで眉間を潰した。
その時、熊のように太く毛深い腕が背後から僕の首に巻きついた。僕はとっさにヌンチャクの鞘を抜き、白刃でその腕を縦に長く切り裂いた。
ヤツが怯んだ隙に腰を落として振り向きざまに両脚の腱を切り、転がるように背後にまわり、そこにいた鬼面のようなヤツの首を裂いた。
〈危なかったな。北川も肩で息をしている。もっと集中して効率良く闘え!〉
勝手なことを!僕は左耳からレシーバーを外して、犬みたいな顔をしたヤツの口に押し込み、そのまま首を落とした。
振り返ると北川ミナが強化ガラスを背にヤツらに囲まれ、防戦にまわっている。ガラスの向こうには薄暮に東京タワーが浮きあがる。
雑魚みたいなヤツらを倒しながら北川ミナのもとへ進もうとすると、突然、目の前に壁が現れた。見あげると天井に届きそうなくらいにでかい。
仏像のような顔をしたソレは、じっと僕を見おろし、攻撃を仕掛けて来ない。
コイツ、合体タイプか?
ほかのヤツらはそいつと僕を遠巻きにしている。
バサッと何かが落ちる音がして、仏像の脇から覗き見ると、北川ミナがぐったりと横たわっている。そのまわりに一体また一体とヤツらが群がり始めた。
「北川!」叫びながら近づこうとすると仏像の巨大な手に阻まれた。
そのまま僕はそいつに抱きかかえられた。腕の隙間から見える北川ミナは、ヤツらの餌食になろうとしている。
ダメだ。このままでは二人ともやられる。
僕は静かに目をつむり体の力をすべて抜いて、仏像の腕に抱かれながら意識を無意識に切り替えた。
感じるんだ…。自分のなかから沸き立つものを。
感じるんだ…。ヤツの脊髄がくだす動作への指令を。
僕は脳から意識を消し、毛細血管に神経を集中した。徐々にsenseが研ぎ澄まされてくるのを身体の奥底で感じる。
すると、ヤツの右腕の力がわずかにゆるみ、僕の左腕への圧迫が弱まった。
僕は拘束から左腕を引き抜き、胸ポケットから赤ペンを取り出して、そのまま逆手でそいつの首に突き刺した。
呻き声とともに僕は拘束から解かれ、腰を落としてヌンチャクの白刃をそいつの右脚に当て、そのまま輪切りにするように素早く背後にまわりこんだ。
北川ミナはヤツらに折り重なるように覆われ、隙間から見える左脚だけがピクピクと痙攣している。
喰われてる。
僕は全身の血が沸騰し、総毛立った。
そして自分でもわけのわからない奇声を発しながらヤツらに体当たりしていった。
その時、目の前が青い光に包まれ、彼女を襲っていたヤツらが弾け飛んだ。
僕は駆け寄って北川ミナの左手に触れた。薬指と小指が欠損している。僕は彼女の放つ青い光に包まれて、徐々に意識が遠のいていった。
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※全7回、週一回更新予定です。
※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。
『真昼の決闘』
『3分間の決闘』
『決闘!ヒーローショー』(全3回連載)
tamito
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