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第八走目:殿のご乱心と高台家走り

2023/08/24
7.0km
20分

この間とんでもない名言を聞いた。曰く、

スポーツは、人格を作り上げるのではない。
スポーツは、人格をさらけ出すのだ。

と。ドキーンっとした。
確かに思い当たる節がある。普段穏やかな人が部活の練習試合で相手を薙ぎ倒す魔物と化したり、飄々とした我が道をいく人が急に従順になったり、逆に真面目な人がとことん真面目になったりするのを目の当たりにして「おや」と思ったことがある。
ドキンとしたのは自分が負けず嫌いで調子乗ってバカしかしてないからだ。さらけ出しまくっとるがな。走っていない時の方がまともなフリが出来る。

なぜかと考える。いつもなら優遇されるはずの脳という殿様への血中の酸素という名の年貢が、隣国攻めをする兵糧に回る。殿はめざし一本しかない皿に「あなやー」と言った後、部下13人くらいとどうするか考えなければいけない。余裕がなくなったほど本性が出る条件はない。イライラした殿は「あからさまにわろし。すなはち敵将の首を持って参れ。いざ、いざ、さあ、いざ!」とかなんとか言うのだ。要は余裕がないから本性が出るに違いない。最後の二文いらないじゃん。
かつ私は走るのが嫌いなのでより一層バカなことを考えて気を紛らわしている。

今日は大変に大変を重ねた1日だった。
なんだか公私共に目まぐるしく頭が疲弊したので走るのを止めようとも考えたが、私の負けず嫌いがそれを許さなかった。他の事象を理由に諦めるなら一生全部諦めちまえ。それが嫌なら足がついてるんだから走れ。これも私の人格のさらけ出し方の一つといえる。ただ、私は走るのが嫌いだ。
今日はテーピング全くなしでゆっくり7.0kmのテンポをキープし、痛みなく完走を目標にした。

走りながら考える。人の頭の回転やテンポというのに合わせるのはとても難しい。自分のテンポさえままならぬのに人のベルトで走ろうとするなんて無謀がすぎる。昨日より痛みもないのに足が上がらない。感情的になる。こういう時はもっと辛いことを考えてそれより安心な状況だと思おう。最近読んだ「高台家の人々」から学んだ技だ。

一生飲み物がマヨネーズ。辛い。夏中ずっと顔の周りに小蝿がまとわりつく。辛い。朝パソコンをつけたら読めないアラビア語設定になっている。辛い。嫌いな奴と一週間旅行。辛い。一生時計がずっとランダムに遅れている。辛い。ずっと鼻を蠍が挟んでいる。辛い。毎回履く靴の左右が違う。辛い。

ならない、ぜんぜん楽にならない。むしろ陰険なイジメみたいなことばかり思いつく。辛い。気がつくと足が止まっていたようで、ベルトのヘリに足が差し掛かる。危ない。どきりとする。足を上げろ、テンポを守れ、今日は左右に動かすだけでもいいから頑張れ。

完走。
どこも怪我をしていないのが、心に傷を負った気がする。でも、大丈夫だ。逆に今日ほどメンタルが辛い走りはないはずだ。よしよし。いい経験をした!明日は今日より楽しく走れる!

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