読ませる文章を書くということは「職能」であると改めて知った話
このnoteを読んでいるあなたは、自分でもnoteに沢山文章を書いているから、文章を書くなんて誰でもできる簡単なことだと思っているかも知れない。
僕もそう思っている節があった。でも本当にそうなのだろうか。
文章を書くことは職能なのか?
スキルは仕事を通して身についていくものだ。
仕事を経験する中で、徐々にその仕事のスキルが身に付き、以前よりも早く質の高い仕事が出来るようになる。
コトバンクには、「職能」とは、「職務遂行能力」「特定の専門的な能力を持つ職種、階層、職業」「ある職業についていてその役割を果たすことのできる能力」などと書かれている。
では、文章を書くことは、経験する中で磨かれていく「職能」なのか?それとも、誰でも思いつけば書けるから、大したことないものなのだろうか?
そんなことをこれまで考えていたが、ある本を読んで、改めて「文章を書くことは職能である」と実感した。
とある本を読んで
その本とは、「新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング」である。
まだ、冒頭の4~50Pまで読んだばかりなのだが、主な内容を箇条書きすると以下の通りだ。
・ライターの目標は文章を最後まで読者に読んでもらう(完読)ことにある。
・ライターを職業にしている人は、1日に10~15本完読される文章を仕上げている。
・主眼と骨子を整理すると70点の文章を書くことが出来るが、残りの3割の完成度は言葉使いを磨かないとたどり着けない。
以上の内容から、ライターはやっぱりきちんとした「職能」であり、まかりなりにも仕事にしたいと思うなら、基礎的なところから修行しなければいけないのだ。
文章を書くのが上手いと思っていた私
私自身の話をすると、これまでパートタイムやアルバイトも含めて文章を書く経験は多かった。
例えば、医療関係の専門的なテーマから、私が好きな卓球にまつわるディープな話まで、主にWebメディア向けに文章を書いてきた。
また、前職では採用担当をしていたので、求人票をWeb上に公開する際に、自社のことを魅力的に紹介する文章を書こうと努力してきた。
実際、私は自分が文章が人より上手いと思うのではと思う経験があった。「君の文章は非常に面白いから、一緒に医療をテーマにしたWebメディアを作ってみたい」と誘われたこともあったし、自分が書いた卓球関係の記事にSNSのいいねが200以上付いていることもあった。
ところが、どうしたら、「文章を書くこと」を生業と出来るのかが分からなかったのだ。何故なら、ずっと本業ではなかったから、必要な基礎スキルを知る機会が無かったのだ。
ライターを「職能」にする為には
もしかしたら、これまで書いた私の文章を面白いと思う人がもしいたとしても、万人受けしなかったり、実は文章自体は下手くそだったのかも知れない。
私は、6月末に前職(IoTベンチャーでの採用業務+カスタマーサポート)を退職して、次にどんな仕事をするか、色々考えている段階なのだが、「ライター」も自分に向いているかも知れないとうすうす思っていた。
しかし、信頼して仕事を任されるライターになる為には、上の本に書かれているような、もっともっと色々な経験を積まなければ、きっと「職能」にはならないだろうな、と思い、まずは文章を書いてみることにした。
最後まで読んでもらえただろうか。
↑画像は、この文章を書く為にざっとまとめてみた主眼と骨子。
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