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徒然なるままに

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徒然なるままにメモ
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決めつけることへの嫌悪

少しの情報からあらゆること推測してそれを正解と決めつけることに、嫌悪感を抱く。いわゆる「レッテル貼り」「ラベリング」というやつだ。 ある一面を取り上げて、その人のことをカテゴライズする行為自体は、ときに必要なことだと思うし、当人にとってもある一面がアイデンティティを形成したり、属するコミュニティを選択する基準になったりするので、決して悪いことではないと思う。 またある程度、属性や年齢、性別などによって、人間は身体機能や思考方法、価値観が異なる傾向があると思うので、それをも

“幸せのある関係性”をつくる挑戦

東畑開人さんの『野の医者は笑う』を買おうと思って調べていたら、文春オンラインの記事が出てきた。 読んでいたら、ここの部分でなぜだか涙腺が弱くなって涙が出そうだった。 親密な関係とは特定の相手と深いコミットメントを行うことであり、それは時間をかけるなかで、その相手のいいところとわるいところの両方が見えてくることだ。そこには不快がある。だから、自由を重視するのであれば、不快が増したところで、コミットメントを撤回して、次なる相手にコミットメントを行うことが快を増す。ビジネス的な

人、人、人、すべてが人との出逢いにある

これは、少林寺拳法の開祖の言葉、「人、人、人、すべては人の質にある」のパロディータイトルです。 今日のnoteで言いたいことは、ひとりでも素敵な人との出逢いがあれば、そのきっかけとなるコミュニティや場所を選んだことに意味がある、ということ。 人生の中で、誰しもどの学校へ行こうか、どの部活に入ろうか、どのコミュニティに入ろうか考えて選択してきたはずです。 そもそも、自分の言動ひとつひとつが、選択の結果でもあります。 「過去の選択に一切後悔ありません」という人もいますが、

私のすきな人たち、自然体な人たち

最近、いままで私が「すきだ」と強く思った人たちの特徴がなんとなく掴めてきた。 人を構成する要素はたくさんあるので、特徴はひとつではないのだけど、その中でも、今まで言語化できていなかったものについて今回は書きたいと思う。 自分の欲にも、他者の欲にも誠実な人9月22日、23日と立て続けに、友人(尊敬する先生的な存在の人)のファシリテーション講座と、哲学者の國分功一郎さん、精神科医の斎藤環さん、高木俊介さん、東大教授の石原孝二さんによる「ODNJPシンポジウム:オープンダイアロ