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西加奈子「おまじない」

全体を通して

 自分の弱さを認めたくないし抗いたくなる。抗って理想の自分に近づきたいと思ってしまう。
 理想を目指すことは聞こえもいい。努力すること・がんばることって美しいことのように思える。

 でもたまに目指している理想が本当になりたい自分なのか分からなくなるときがある。近づこうとするたびに今の自分を否定して大事な何かを失っているような感覚もある。

 そんな不安定な自分に「そもそも理想ってなんやろうね」「あんたは充分がんばってるやん」「もっと自由に考えてみたら?ほら、たとえばこんなんとかどう?」とやさしく寄り添ってもらった気がしました。

「燃やす」

「まるで自分が透明なガラスのケースに入っているような気持ちになった。……水の中にいるときみたいに、……」(19頁)
 本心に気付いてもらえずに表層的な気遣いを受けていることをこんな風に例えられるのすんげえ。 

「いちご」

「相変わらず私の世界は拡散し続けていたけれど、それがどこに向かっているのかは分からなかった。」(55頁)
 周りの評価をまったく気にしない浮ちゃんとそれを気にする私の対比が深く濃く鮮やかに描かれていた。

「孫係」

  一番笑った。でもとても実用的で素敵な考えだった。

 よそ行きの自分をそういう係になったつもりで演じる。「思いやりの範囲」(83頁)で。この限定によって罪悪感(自分に嘘をついている感覚や相手を騙している感覚)が薄まるからそこが魅力的。

 あとがきを読んで思ったのは演じる側よりも受け手がこれを意識すべきなんだろうなと思った。「きっとこの人は私のために(他のみんなのために)こういうキャラを演じているんだな」と素直に受け取ってあげることも役割の一つだと思いました。

  係としての振る舞いによって抱えてしまったストレスは「本当に信じられる人にだけ」(84頁)に吐いてもいい、悪態をついてしまっても自分を嫌いになる必要はない、なぜならその振る舞いは「涙ぐましい努力」(同頁)だから、というのに救われましたね。

「あねご」

 自分の居場所を見つけるためにイタイほど精一杯がんばっている人がいる。この人に対して乗っかる人、心配する人、同情を超えて存在そのものを嫌味なく肯定できる人には、それぞれ紙一重だけど大きな差がある。
 酒を飲んでいたのは飲まずにはいられなかったからっていうのが切なかったけれど温かみがあった。

「オーロラ」

 前向きなトーラと後ろ向きな私の考え方が浮き彫りになったところで、オーロラに対する解釈の違いを諭していた。私が前を向けるきっかけになっていてよかった。

「マタニティ」

 センシティブな内容にも臆せずツッコんでいけるこの鋭さがすき。

 自分の中にある矛盾する気持ちに翻弄され整理がつかなくなるとき、都合のいい理由を必死に探しちゃう。身を粉にしても惜しまず努力をして安心を得ようとしちゃう。
 でもこんなふうに自分の弱さを抱きしめることができたらいいな。

「ドブロブニク」

「私の想いを見透かしたように、梨木はそう付け足した。こういう男なのだ。私の不安や危惧に聡く、先回りをする。だから私は何も言えなくなる。いつも。」(186頁)
 首がもげるほどうなずいたね。

 自分の思いを伝えたいと積極的に思っているわけではない。だけどその余地を善意で消されることの虚しさ・行き場のない思いがここに詰まっている。
 この点は「燃やす」と通ずる部分があるかもしれない。
 
「おめでとう」という言葉の美しさは色褪せることはない、常に鮮やかに存在し続けているっていうところに元気もらえる。

「ドラゴン・スープレックス」

「おまじないなんやから。自分が幸せになる解釈をしたらええのや。」(227頁)
 これに尽きる。


西加奈子「おまじない」(筑摩書房、2021年)
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