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台所で海をつくる

2年ほど前、「銀河のおうち」とみんなが呼ぶ、
愛媛県東部の小さな古民家に住んでいたときのはなし。

ご縁あって1年だけ間借りしていたそこは
棚田のうつくしい、山の中腹にぽつんとありました。
愛媛に住んでみたくて家をさがしていたわたしには
友人やご近所さんとのおつきあいもふくめてとてもありがたく、
やさしい居場所でした。

ただひとつ、とても辛かったのは
「海がない」こと。

それまで福岡の海沿いの山間集落に住んでいたわたしは
コンビニに行く途中にも海が見えるような、
とても贅沢なくらしをしていました。

朝頭をからっぽにしたいときも
畑のあとシェアメイトと汗を流すときも
夕暮れ誰かに会いたいときも、
いつも海にいました。

西の海特有のエメラルドグリーンのグラデーションや、
夕日がおちるころの橙と紫の海が、ほんとうに好きでした。

銀河のおうちから海までは、車で片道1時間半。
海がみたい、とよくため息をついていました。


でもある日台所で水を飲もうとしたとき、ふと思いました。
(あれ、海って、作れるんじゃないのかな)

海の成分は、すごーくおおまかに言ってしまえば
水と、塩と、にがりです。

全部家にありました。

思い返すとおままごとみたいですが、
そのときのわたしにとっては大きな発見で
いそいそとグラスに水をくみ、塩とにがりを落としました。

(これはね、海ですよ)

そう自分におまじないをかけるようなつもりで
グラスの水を口にふくんだら、

なんだかちょっと、元気になったような気がしたのです。


考えてみれば水も塩もにがりも、
海からめぐりめぐってきてくれたもの。
わたしが見たかったあの海と、ちゃんと繋がっていました。

そしてまたあるとき、
いつも飲んでいるお味噌汁だって
ナトリウムとマグネシウムとお水なのだから
つまり海だよね、と思いました。

(海、毎日作って飲んでたじゃん…!)

そう思えるようになって、海が見られない辛さは
いつの間にか消えていました。


今も元気がなくなると、
お塩とにがりをいれたお白湯や、丁寧に作ったお味噌汁を

(これはね、海ですよ)

とおまじないをかけて、いただくようにしています。

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