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見える景色の違いで自分を知る

これほど、色鮮やかだったとは。

以前、三峯神社(みつみねじんじゃ)へ来たときは、手水舎の水が凍っていた。冬の灰色な空、くすんだ緑。その中で見た建物たちも、確かに色鮮やかではあったけれど、ここまでだとは思わなかった。

秋の日差しの中で見る、極彩色の建築彫刻達は、木々の緑のなかにあっても浮かびあがるように見えてくる。

昔はここまで、下からずっと急な斜面を上がってきた。修行をしていた人たちは、尾根沿いにここへたどりついたという。このくっきりとした建物や、色とりどりの神獣達をみて、その人たちは、きっと神様のいる場所を思い浮かべたに違いない。

今の時代にいる私は、ほとんど歩くことなくここまできたが、それでもこの建物たちを見て目を奪われる。神様のような何か大きなものがいても不思議ではないと思えてしまう。

同じ場所であっても、季節や自分のようすが違っていると、感じ取るものが違う。その違いがあるから、おもしろいくらいに見えてくる景色が変わる。

冬、身の引き締まる寒さの中で上がってきたときには、自分の中にある思いを反省してばかりの、内側へと丸くなっている自分だった。今回は、色の鮮やかさをはっきりと感じた。これからのことを前向きにみつめている自分のまま、建物を見上げていたように思う。

季節がまた巡ってくるように、ひとつの場所へ何度も行ってみる。感じ方の違いをあじわう。
それも、おもしろそうだ。

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