ふらふらした記憶の帰る場所は

「こちらは地域防災センターです。地区の防災に関するお知らせをいたします」

毎朝6時に始まる地域防災センターからの放送は、11時と16時半にも放送される。そして、18時にはサイレンの音と「お帰り放送」。

その放送は、ぽつぽつとあったスピーカーから聞こえる。田んぼの途中や、集落の上、地区の公民館、学校と役場。それぞれの場所から、盛大な音量でお知らせが流れ出る。

カラスがねぐらに帰る鳴き声、どこからかやってくるゴイサギの叫び。その量と、夕暮れに見える雲のかたちや空気のにおいで明日の天気を占う。占った天気のたしかさを強くするのは、夕方のサイレンの聞こえ方。

雨が降る前は、遠くの音がよく聞こえてくる。いつもなら、聞こえてこない隣の谷のスピーカーからもサイレンが聞こえてきて、ごわんわんと不思議なハウリングをおこす。当然、そのあとに続くお帰り放送も、声が重なり合うように届く。そのようすは、宇宙からの交信に聞こえる。宇宙人から「これから迎えに行くから、おうちで待っていなさい」と言われた気分になる。

お帰り放送を聞いて大急ぎで家に戻り、母屋のうしろから奥山を見あげる。奥山にはUFOの着陸場がある。地域の子どもたちは、そう信じている。

迎えに来たUFOを見逃さまい。風呂を焚きながら、山を見あげる。

暗くなってくるずつ、車が集落へと戻ってくる。朝、外に働きに出た人たちが帰ってくる。谷の中は、夜に向けて人の数を増やす。エンジンの音、窓を開け閉めする音、台所のはなし声。風にのってぽそぽそと谷の中を降りてくる。

星が見える。人の気配が満ちる。風呂ができる。
UFOからの迎えをあきらめる。

そして、大人になって家を出た。

今、わたしは街の真ん中に住んでいる。あの谷は、ずっとずっと遠い場所。飛行機にのらないと帰れない。

いつものように、自宅の机の前で仕事をしていた。17時になり、近くの小学校のスピーカーをとおして「区役所からのお知らせ」が聞こえてきた。

そうしたら、どうにも、妙なここちがする。今を生きているはずなのに、やたらと古い記憶が重なり合う。記憶があの谷の集落へ戻ってしまう。

あるはずがないのに、風呂を焚く薪がはぜる音が聞こえる気がする。木が燃えるにおいがしてくる。田んぼと畑を挟んだ上の家で、おばちゃんが鍋をかき回している音が聞こえる。

もう、谷には誰も残っていない。谷の記憶が、行き先を探して、わたしの中に戻ってくる。落ち着かないような、懐かしいような。もぞもぞと、心うごく変な感覚。

今、集落は奥山の上にある。大きな道路がその近くまでつながって、新しい団地になった。そこは、UFOの着陸基地があると子どもたちが信じていた場所。

UFOは今も降りてきているのだろうか。奥山の上に住んでいる人たちは、宇宙から迎えが来るのを待つことにしたのだろうか。

次、帰省した時に、あの谷の集落へ行ってみよう。細くて見逃しそうな道路に入って、谷を降りてみよう。

そうできたなら、谷の記憶も今と重なるかもしれない。行き先さだまり、落ち着くかもしれない。

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タイトル上の写真は、三浦えりさんの作品。そういえば、以前。恋について考えてた話を書いたときにも、三浦さんの作品をお借りしていた。

ちょっぴり色味おだやかな写真の雰囲気が、わたしの記憶の景色と重なりやすいからかもしれない。ほのっと好きな色合いの写真。素敵な写真をお借り出来て、嬉しいです。ありがとうございました。

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