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カフェで見た「夢」

品の良いおばあさまと友人になった。近所のカフェの窓際で、ひとり、ゆっくりと。窓の外を見ていた人。買い物袋を下げて道を歩くわたしと、ふと目が合った。にっこりと手招きされて、ふらふらと店の中へ。数分後には、隣の席でコーヒーを飲んでいた。

しゅっと整えられた爪には、薄くピンク色をしたマニュキア。指にとまっている大きく透明な紫いろした石は、外の風をうけたみたいに、光きらきらとする。

「このあたり、昔は。なあんにもなかったの」

おっとりと、空を見るようにおばあさまは話す。

この年になると話し相手が欲しくてね。外の景色を見ながら、ここまで来たの。そうしたら、あなたと目があったじゃない?

ほほほ、と。ふふふ、の。間みたいな笑い声。カフェのなかにある音楽のすきまに、隠れてしまいそうなほど、かわいらしい。ぼんやりと、カップを握りこんで、石が反射する光を見ながら、話を続ける。

最近の天気は落ち着かない、とか。
寒い日には、動くのが面倒だから家で音楽を聴いている、とか。
女学生の頃は○○の君と呼ばれていた、とか。
昨日食べたシチュウ(彼女がいうと、そう聞こえた)のこととか。

とりとめもなく、まとまらず。思い付きのまま、言葉が出てくる。彼女と私と、ふたりだけが。カフェの中で別の空間に住んでいるみたい。

コーヒーの香りはする。いつもどおりカフェの音楽は聞こえていて。ちらほらと他の客も入っている。それなのに。この窓際の席だけが、ぽかりと別次元。

……気づいたら、コーヒーがカップの底で、薄茶のしみになっていた。彼女の話を、1時間くらい聞いてたみたい。

そろそろ、おいとましましょうか。また、おめにかかれると嬉しいわね。お気をつけてね。

見送られる、わたし。ポケットの中におちて眠っていたようで。目を開けたままで、夢を見ていたようで。どこか、そわそわした。ゆっくりと、カフェを出る。

店を出るとき、彼女を振り返った。ほほほ、と。笑いながら、そっと手を挙げてくれた。指にあった石が、ちかっと光った。

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