まぼろしの卒業式
卒業式だった朝。ついに中学校を卒業する子どもとおはなしをした。
高校生になったなら、自転車通学するだろうな。
通学途中で、素敵な友人たちとの出会いもあるかもしれない。
そんなときは、家に連絡をちょうだい。そうすれば少し安心して、あなたのことを見守ってあげられる。今このときの高校生活を楽しんでもらいたいから。
もしね。大切な友人ができたり。大人みたいにつきあいたい気持ちができたら、わたしにも聞かせてね。親に話すのは恥ずかしいかもしれないけれど、それでも一緒にきゃあきゃあ、やってみたいの。
あ、これ。おかあさんの願望ね。娘と恋バナするのが夢だった。
だっておかあさんは、1人だけのことが好きって感覚がよくわかんないまま大人になったから(大丈夫。複数の人を好きになってしまうってことは、おとうさんも知ってることだから。そう思うとおとうさんって実はおかあさんのこと大好きなのね。いいでしょう?)。好きになる相手の性別もお構いなしだったの。女の子を好きになったときは、しんどかったな。だって、誰にも言えないと思ったから。
だから、もし。あなたが好きになる人ができたなら。たくさん、おはなし聞いていきたい。好きになる相手は、男の子でも女の子でも。どっちでもいいよ。あなたが、その人を「好き」と思う気持ちがいちばん、大事。
あ、早まってるね、ごめんごめん。中学校の卒業式が先だった。それに、高校生でのおつきあいなんて、まだ想像つかないか。うん。4月からだものね、高校生になるの。
高校生としての毎日も。勉強も、日常も、恋愛とかも。テレビとか本とかでみるより、もっと。不思議な感覚するよ、多分。
苦しく感じるものも、たのしい気持ちも。今だけの気持ち、高校生だから感じられるものを、たくさんあじわってね。
卒業式では、おばあちゃんに写真を送ろう。門のとこで撮るといいかな。
あ、教室に父兄も入れてくれるの? やったー。だったら、教室からがいいかな。動画で電話したら驚いてくれるよ、きっと。街の中学校はどんな教室になっているか、気になってたらしいから喜んでくれるはず。
え、恥ずかしいって?
いいじゃない。一回しか中学校の卒業式はないのだから。
おじいちゃんは大丈夫、幽霊だから。そのへんで笑ってみてくれてる。そこにいるかもよ。ほら。(振り返ってみるけど、誰もいない。笑う)
大きくなったね、娘ちゃん。ここまで育てば、何があっても大丈夫。
おかあさんはこっそり、願ってる。いつか、笑って。おとうさんとおかあさんのところから、いなくなる日が来ることを。
「わたし、この人と生きるから、じゃあね」って家を出て行ってしまうことを、たのしみにしてる。
***
ほんとは、遠いところへいってしまって。もう、会えない。顔も見ることができなかった。大きく育った姿も見られなかった。
娘ちゃん。名前もあげられず、お腹に来てくれたことにも気づかなかった娘ちゃん。
今も、まぼろしの中であなたは育ってる。あと、4年もすれば成人式。
生まれなかった娘ちゃんだけれど、あなたのことは。おかあさんがおぼえているよ。
外で生きてゆけるほど育ってしまう前に、慌ただしく出てきて。
命、消えた娘ちゃんへ。
そろそろ、あわてんぼうはなおりましたか?
そろそろ、違うところで生まれ直してるかな。
つぎの時に会えるのを、楽しみにしてるね。
またね。
ありがとう。
ほんのちょっぴりの真実を入れて。届け。
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