ポトルの旅
独立工房20年目の夏は、制作の毎日。
去年末、大きな故障で大手術をした窯が泣きそうな顔をしていたので、20年前の夏を思い出して窯とふたりで語り合った。7月なのに「台風がくる」なんて陶芸ノートに書いてある。乳飲み子を抱っこしながら1.5トンはあると言われた窯がクレーンで吊り下がってくるのを、人ごとのようにみていた夏。
ああ、大変なことになりそうだぞと一瞬かすめた20年前の風は、空を飛ぶヘリコプターにも巻かれず吹き続けた。吸ってはいてをくりかえし、なんとか陶芸道を生きてきたなあ。
子育て本に興味を持たず、もっぱら陶芸研究書を読んでいたけれど、さいわい子どもは20キロの粘土をふたついっぺんに抱えて運ぶ成人になった。窯を設置して数ヶ月後には展覧会に参加していたので、1歳の誕生日も2歳の誕生日もしたことがない。風はいつも家族の頬を交代でなでた。
「ポトルの旅」
まだ湿った状態のポットを組みたてながら、ふと20年前の窯が入った日のことを考えていた。お待ちいただいている沢山のオーダー作品をつくっている。あの日吹いていた風は20年変わらない。
このあと半日以上かけて素焼き800℃
まる一日かけて本焼き1240℃
長い旅に出ます
コッチョリーノ
我妻珠美
20年目の夏に寄せて
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